2.とある記憶と終わり(5)
5.終わりの始まり
通された店はそこそこ広く座席数もそこそこある、少し明るい照明は開店直後だからなのか。
数年前に来たときと何も変わってないフロアに少し安心する。
そのままの流れで入口から離れた席に案内された。
硬めのソファに低いガラスのテーブル。
水差しと安物の焼酎のボトル、グラスと灰皿がならんでいる。
俺は出入り口が見えるようにソファに深く腰を下ろし灰皿を手元に引き寄せた。
さっき買ったタバコにさっき買った100円ライターで火を付ける。
タバコを吸い始めると少し汗ばんだ体の熱が覚まされていく、冷房がよく効いている。
こういった店は、金の無駄だと思うやつもいるかも知れないが、そんなこと言ったら衣食住以外で使うお金はすべて金の無駄だと思うがね、要は程度問題と価値観の問題なのだよ。
タバコをもみ消そうかと思ったあたりで、さっきとは別の黒服に女の子がつれられてやってくる。
※〇〇さんです。と紹介して、そそくさとその場からいなくなった。
何さんか聞き取れなかった。
まぁいい、名前なんかなくとも会話はできるというものだ。
俺はやってきた少女を見て、背が高いなと、第一印象でそう思った。
視線を顔に移動する時にちらりと見えた胸元の黒い石。
そして俺は少しだけ驚いたかもしれない、位には驚いた。
似てる。
顔立ちが、雰囲気が、だが明るい茶色に染めた髪だけがその勘違いを断ちきった。
人は見たい世界を見たいのだ。
だから感情は押し殺す。
俺は無言で突っ立ったままの少女に、眼の前の座席に手を差しのべ座るように促すと、ようやく少女はそこに腰をおろした。
「水割りでいい?」
と気さくな感じで空いたグラスを手に取る。
俺は無言で頷いた。
安物の焼酎のキャップを開け注ごうしながら上目遣い。
「濃かったら言ってね」と俺の顔を見ながら水割りを作り始める。
からからとマドラーでかき混ぜるとその沈黙に耐えられなかったのか
「なに?どうしたの?、誰かに似てた?ふふふ」
と軽く笑いながらそう言うと、作った水割りを俺のコースターにおいてすっと差し出す。
俺が目を合わせられないことをごまかすためまたタバコに火をつけ背もたれに大きくのけぞって天井を見る。
昔見た天井とシャンデリアに少し安心する。
俺は気分を入れ替ようと、そしてなにかを誤魔化すように口を開いた。
「まぁ、何か飲みなよ、酒でもなんでも、いらないなら別にいいが……」
「え、いいの?」なんていう反応はしない。
俺も気が変わるかもしれない。
「やたっ、うれし」といって何やら紙に書いてボーイを呼ぶ。
俺の経験上人を相手にする商売はそれなりに骨が折れる。
初対面で話をするのはそこはかとなく難しいと俺は思うのだが、この少女はその辺りにプロらしい意識が見える。
まぁこういう一杯で態度も変わるというものだ。
その少女は自分のグラスが到着すると俺に乾杯するようにグラスを持ち上げた、俺もグラスを軽く持ち上げ応戦する。
少女はすこしとまどって俺のグラスに自分のグラスをぶつけるとカランと音がした。
グラスとグラス、氷と氷がぶつかり合う音が聞こえたような気がする。
こういう店の客とこういう店で働く女との心の壁、グラスの壁。
決してグラスは超えられないグラスの中の氷が共鳴して聞こえない音がなった気がした。
「で、誰に似てたの?」
と獲物を見つけたような挑戦的な瞳で俺を見つめる。
「どうしてそう思う?」
テーブルの反対側にいる獰猛な少女はまだプライベートエリアの外なので余裕をもって答えた。
「え、なんとなく?、女の勘ってやつよ。」
やはりまた少しいたずらっぽくそう言ってまっすぐ俺を見た。
その視線に耐えられなくなって「そうか」俺は手に持ったままのグラスに視線を逃した。
一口、水か酒かわからない程度につくられた水割りを飲む。
冷えてて……まずい。
「濃かった?」
しかめっ面をした俺にそういうと、心配そうな顔をしていた。
「私を見る目がね、誰かに似てたんだ、でも誰かは……わかんないの」
変よね、ふふふ と続く。
俺が否の意思表示をすると少女はおもむろにそういった。
当たり障りのない言葉が口から漏れる。
「お父さん?とかじゃないか、結構俺、年だし」
「えー お父さんって、お客さん……あっと、名前なんて呼べばいい?」
「やまもとけんたろうで、略して呼ぶなよ、フルネームで呼んでくれたまえ」
一瞬もためらわず嘘をついた。
「あはは、かしこまりました、やましたたろうえもんさん、ってそんな年じゃないでしょ?」
「いやいや、これがけっこうわりとそこそこにいきつくところまではいきついてるんだなこれが」
「なにそれ、いきつくとこなんかあるの?おかし……」
それから、他愛もない話をだらだらと、あっという間に時間が過ぎ入れ替えの時間がやってくる。
コンビニで再会したあの男がやってくるとニヤけた顔を引き締めて接客モードでその少女を連れて行こうとする。
俺は別にこの男に恨みもないし嫌いでもないが、顔を引き締めてもニヤついてるような顔は殴りたくなる、いやそんな顔だからではないが、多分この男だからだろう。
「ね、このままここに座ってていい?」
と少し上目遣い、右手で髪を少しかき上げる仕草が妙に色っぽく目についたその右手の手首にブレスレット黒い石に俺は気づいたかどうか。
「そう望むならそうしなよ、ただつまらないと代わってもらうからな。」
周囲を見渡すと客は俺一人、他に行くところもなかろうに。
「まかせて、私は大丈夫、ていうか、私がつまらなくても やまもとけん……しろうは面白いわ」といってなぜか座ったままファイティングポーズを取った。
多分百回殴るのだろう。
「お手洗いいってくる、やまけんもいく?」
といって親指をたてComeOnのポーズを決めた。
きっともうやまとけんしか覚えてなさそうだった。
無言で頷くと少女と連れ、いやトイレに向かう。
いやもちろん利用するトイレは別なのは言うまでもないことだが。
用を足してそそくさと席に戻るとまだ少女は戻っておらず俺はタバコを1本咥えると火をつけずに、減ったグラスにお酒を足した。
アイスペールに氷はほとんどなく、水もほとんどない。
グラスの半分をまずい焼酎で満たして人差し指で混ぜると満足してゴクリと飲む。
いつの間にやら戻ってきた少女は立ったまま俺を上から覗き見て、お酒やっぱり強いんだねといって俺の横に座り込んだ。
「なぜ横に座る?正面に座れよ、狭いし、目が悪くてよく見えないんだよ」
あと首を曲げて喋ると疲れる。
「え?なんで?いいじゃない。」
理由をちゃんと告げたのにあっさり理由を聞いてくる辺り、そして有無を問わずに座る。
若さゆえかと思った。
すっかり馴染んでしまっている。
それにしても距離が近い、実はそれが何よりの問題だった。
俺は仕方なく、更に奥に進むとそこには出っ張った壁があった。
軽く既視感を覚えて愕然とする。逃げ場なし。
それからなんともなく、色んな話をした、昔のこと今のこと、好きなもの嫌いなもの、家族、兄弟、恋人、アニメ、ドラマやスポーツ、なんでこの仕事をしてるかなどetc。
尽きることなくかわされるどうでもいい話。
決して踏み込まず踏み込ませず、当たり障りのない会話。
それはとても楽だった。
そろそろまずい酒に飲み飽き、喋り疲れて帰ろうかと思った時。
「すごい、すごい、なんか無限に喋ることがあるみたい。」
「ねぇ、なんだか今日初めて会ったとかじゃないみたいなんだけど!」
と少女はお酒のせいか、少し頬を上気させてそういった。
「そうかい?」
と俺はそれだけいって、終わりを告げるボーイがやってくるのが見えて飲みかけの水割りを飲み干した。
釣り銭を待っている間
「で、結局誰に似てたの?」
「あー、いや他人の空似さ」
俺は気の迷いを断ち切るようにそういった。
「ねぇ、また会える?」
「どうかな、縁があれば…」
「…………私楽しかったよ?」
「それは良かった、仕事して楽しいのはとても羨ましい」
楽しいときはいいがな。と心のなかで呟いた。
そう言って立ち上がり、出口に向かって歩き出した。
扉の前までくるとコンビニ再会おっさんが扉を開き、少女とならんで深々と頭を下げた。
別れとはいつだって誰とだって今生の別れである、少しの縁もそうでない縁も。
いつだって誰にだって明日は来るなんて保証はどこにもないのだから。
俺は常にそう思うことにしている。




