2.とある記憶と終わり(4)
4.記憶を物語になるのか?
帰路につくといってもここから約二時間ちょいの道程はちょっとした旅だ。
同じ県内だが山間部の街は意外に近くて存外に遠い。
ドアの端に立ってその窓から見える鮮やかな朱、その光がビルの谷間から差し込んでは遮られる。
その存在をアピールするように。
それは、夏の夕暮れの色だった。
押さえつけるような圧力のある夏の光から、全てを染め上げてしまおうという力に変わったような。
少し目を細めるだけで直視できるほどに今日の俺にはやさしかった。
と思い自重する。
そこに優しさなんかない、単なる光の屈折に過ぎないのだと。
だがその思い違いの優しさが、その眩しさが俺の思い出に課した枷を包み込むように消してしまいそうに思った。
そうして夕日から目をそらしまぶたを閉じた。
そうしたところで呼び覚まされた感情の記憶は容赦なく襲いかかってくる。
これまで突き放し、叩き落とし、騙し続けて殺してきたはずの感情―。
今日再会した「此花友実」という思い出の武器を取り、光の屈折を優しさと誤認した援軍を引き連れて、朱く染め上げようと一斉に襲いかかってくる。
俺の忘却という武器を跳ね返し、俺の屁理屈の壁を乗り越え、俺の無自覚という城に侵入を図っている。
忘れるために覚えている。忘れようとするから忘れられない、忘れようと思うから思い出す。
思い出のループ、感情の罠、俺は俺から精神攻撃を受けているのだと思った。
目を閉じることをやめ外を見ることをやめ携帯に目を落とす。
20XX.07.28[Tue]18:34.37
デジタルの無機質な数字とアルファベットの羅列、その画面に少し安堵した。
今という時間は俺に味方したようだ。
車内放送が聞こえる。
乗り継ぎ駅に到着すると隣のホームに停車中の列車に足早に滑り込んだ。
ラッシュ時の人混みは思考を停止させるのに十分だった。
気がつけば地平のかなたに去りゆき大気の屈折に敗北した夏の魔法は減衰され、闇の魔法である夜の帳で天と地を蒼く染めていく。
俺の心と同じように、さらば青春の光よ、といったところだ。
程なく自宅の最寄駅に到着すると何事もなかったようにコンビニに向かう。
タバコを補充するのだ。
駅ビル近くのコンビニは昔ながらのタバコ屋の居住スペースを無理やり店舗化したためかやたらと狭い。
店の中は数名の客と女の店員が一人、精算になぜか夢中で、どうやらバーコードに光を当てていたがどうしても読み取れないらしくバーコードリーダーを振り回していたのが少し滑稽だった。
食料を補充するのか年配の女性は買い物かごに大量の食材を突っ込んでいる。
なぜスーパーで買わないのかと疑問に思った。
栄養ドリンクを手に持った男子学生は今時珍しい丸坊主だった。
どうやら近くに女学生がいてどうにもそちらが気になっているようで若干挙動不審に見える。
その女学生はと言うとコスメの棚から日焼け止めクリームを物色していて男子学生なんか気にもとめない様子だった。
世は全くもって、こともなしとはこのことだろう。
平和なのだ。
俺は100円ライター(もう100円ではなかったが)を手にとってタバコの番号(このコンビニはレジの位置から目当てのタバコの番号が見えない)を確認すると、女学生やら男子学生で通れなくなった通路を迂回してレジにならんだ。
眼の前に並ぶ年配の女性を見て、選ぶのに1分、移動するのに30秒、支払いするのはきっと5分以上かかると心のなかでため息を付いた。
大人しく、いや仕方なく集団的社会活動に屈服することにして携帯を取り出し時刻を確認する。
19:47 ディスプレイに大きめに映し出された時刻に満足すると、こんな時間にここにいるのは何年ぶりだろうかと感慨にふけった。
耽ってはいても視覚的情報は情報として摂取し脳で処理されている、寝ると夢を見るのと同じ。
今日はなぜかそんな思考に囚われやすいようた。
コンビニの入口に昔なじみの顔が覗く。
一瞬で目を逸らそうとしたが間に合わずそして目が合った。
その男は少し嬉しそうに近寄って来て俺にこう言った。
「今日は、どうしたんですか? 早いじゃないですか」
「いつも、こちらも見ないで歩いてたのは見てたんすよ。いや思ったより元気そうでなによりです。」
「もう帰っちゃうんですか?、たまには遊んでいきませんか、折角だし?ちょっとだけでも?」
と立て続けにべらべらと喋った。
この近くの飲み屋の店員で出会った当時はボーイだったこの男は、俺より幾ばくか年上で酒は好きだがタバコは吸わない、ただしもっぱらの女好き。
ということを思い出した。感情の伴わない思い出というのは忘れる必要がない。
だから思い出したというよりは知っていた、それは知識というやつで思い出ではない。
いつもなら少しうっとおしいと感じるだろうそれも、今日はありがたかった。
理由はわからんということにしておこう。
すこしの感謝の気持で俺は無言でその誘いに頷いたのだった。




