10.とある記録のおかわり(2)
2.二人静
時刻は夕暮れ時。
車のエンジンをかけると車内オーディオから流れるしっとりしたメロディ、そして少し枯れたハスキーな歌声はもの悲しくも切なく車内に響く。
「波音が響けば、雨雲が近づく~」
夏が終わる。そんな気分にさせる歌だった。
ちらりとカレンを見ると、曲に聞き入ってるのか、いつもの軽口はなく、夕日に照らされ、泣きそうな、うれしそうな、そんな表情をしていた。
しばらくの無言のドライブは、やがて夜の帳に支配されていく。
車内のインストルメントパネルのスイッチに手を触れ、オレンジ色の明かりを灯した。
夜間の道路は貨物用が多く流れがやや早い。
やがて、街灯の明かりが顔を横切り始めた。
何かに追いかけられるわけでもなく、静かに湾岸沿いの道路を駆け抜けていく。
ゴールが近い、それは終わりを告げるのも近いということだった。
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車内オーディオは、「夏をあきらめて」、「ラブストーリーは突然に」などの数々のラブソングを数曲を経て、「負けないで」という曲が流れている。
それまでずっと無言だったカレンはおもむろに口を開いた。
「ねぇ、九十九君、このまま二人で遠くに行かない?」
「………………」
俺は少し押し黙って、「そうだな」と小さくうなずいた。
カレンは目を見開きうなずいた俺の顔をじっと見つめていた。
「だが、片はつけねばならん」
俺はそんな妄想を打ち破るようにそう言った。
「じゃ……じゃぁ片がついたら、絶対に、きっと、約束よ。」
とそう言ってまたうつむいたのだった。
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カレンはすぅすぅと寝息を立て始めること久しく、俺は休憩を兼ねて街灯もほとんどない埠頭に侵入して車を止めた。
その破棄された埠頭は誰も近寄ることがないのか、ひっそりとしていて逃避行のようなドライブに向いているような気がした。
ざぁ、ざぁと波音が聞こえる中、車から降り一つ大きく伸びをした。
対岸の向こうの方では、都会の街の明かりが水面を照らし、幻想的に輝いて見える。
あれが俺達のゴール。
俺はしばらく何も考えすその輝きを見つめた。
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腕時計の振動とともに、海から何か近づく気配。
その静かで情緒あふれる、うち捨てられた埠頭の雰囲気を壊しにかかっているような気がして急いで車を発進させた。
すでに捕捉されている。その気配から逃げ切るのは無理と判断する。
そいつはGT-Rを何度もハッキングを試みたが、成功せず。
走る車に手出しできないでいたのだろう、ここぞとばかりに襲いかかる方向にしたのだろう。
車を倉庫の影に移動させて停車させるとトランクからステルス用の小箱、通称ステルスカメレオンを取り出し、車の天頂部に設置。
それからトランクから改めて武器を取り出して装備を整えると。
ステルスカメレオンを起動させた。
そいつは起動時に隠そうとする物の信号やら重量などをダミー化して信号を放つドローンを射出する。
車がカメレオンのように周囲に溶け込んで目視では視認できなくなるのを確認したら、念のため車が移動してる信号をチェックする。
問題なかろうと判断した。
電子網膜やレーダーにに車が道路側に移動したと判断されるだろう。
1機はその欺瞞信号につられ遠くにはなれていく気配。
用心深いのかさらにもう1機は、周辺の探索を始めた。
音も光も何もかも吸収して無音で近づくそれはまさに気配だけしかわからない。
マルチ迷彩、どうしてそんなもんがあるかといわれると、俺は苦笑せざるを得ない。
東クラレの2321式音響・光学迷彩は俺の装備部がライセンスを所持していて、かなりの儲けを上げている。
AIによる監視・管理社会の緩衝材としてあちこちで売れているんだ。
そしてステルスカメレオンもその恩恵を受けているのだった。
海からの出現により滴るその水滴を月明かりで反射させてその不気味なシルエットがかろうじて確認できる。
それは思考パワードアーマー、通常土木作業用のそれを、宇宙開拓用に、さらに軍事転用・進化したそれは、その見えない姿すら威圧感に変えてこちらに近づいてくる。
全長3メートルで4本足、右手にはねらって撃つというより、その辺一帯を根こそぎ刈り取るための10ミリガトリングを装備、左手は汎用性をもたせるためにマニピュレーターになっており盾を持っていた。
完全軍用の自立兵器。
人を殺戮するためのマシーンだ。
一言付けくわえておくとセイカンカンリクミアイでは禁制品。
所持してるだけで、莫大な違約金を請求される。
あんなもんがやってくるなんて想定外だぞと心の中で悪態をつくと俺はスマートリンガーをつけてアルファを呼び出した。
「確認しております、10分ほど耐えてください」
俺は舌打ちをして、トランクから取り出したソフトボールくらいの玉、『STOP、縛り君』をやつに向けてボーリング玉のように転がした。
『STOP、縛り君』となずけられたそいつは、相手を捕捉すると20メートル近くまで自動で転がってぴたりと止まる。
今回は水に濡れていたため、すぐに補足できたようだ。
こういう自立AI用に設計されたそれは、第一段階として、光学迷彩を化かすための200種類もの光を1秒間に20回ほど、明滅させ光学迷彩のセンサーを狂わせにかかる。
なぜそれが一番先かというと、一番複雑なうえに、完璧な状態じゃないと効果を発揮できないからだ。
それと相手の位置が特定し次第、麻痺性のレーザーをそいつにたたき込む。
帯電した電子を絡めて発射するため、一応機械にも効果は見込めるが……。
こいつにはたぶん効果はないだろう。なにせ耐宇宙対策装甲があらゆる線を遮断するからだ。
だが、光学迷彩のセンサーを狂わせることには成功したようで、その巨体をあらわにした。
右手のガトリング、左手の鉄鋼シールを、6つの眼球をキュイキュイと回転させ、縛りくんを補足する。
3秒後くらい、第2段階、1回目で行動停止に追い込めない場合だ、ハリネズミのように針が球体の半分を埋め尽くしてからはじけた。
その針は極細のペンシルミサイル約100発、全弾一斉発射して一斉に着弾する。
それ以上搭載できないのもあるが、そもそも面制圧を目的とした武装だ。
一応の制御はできる、そのミサイルは、光学迷彩が数秒再起動する間に胸部装甲の1点に集中する。
どどどどどという地響きとともにもうもうと思考パワードアーマーにが煙を上げる。
爆音と煙が晴れると、胸部装甲をわずかにへこませて平然とつったっていた。
被弾前に破壊するとか回避するとかというより絶望感を与えるための挙動、損害率を計算しても問題ないと判断されたか、びくともしない。
そして第三段階、静かにころころと転がり始めた『STOP、縛り君』
はその思考パワードアーマーの足元でぴたりと止まる。
そこで軍事用AIにだけ影響するノイズを発信した。
思考パワードアーマーは何を思ったかそいつを踏みつけようとした。
それが、縛り君のそもそもの狙い。
踏みつけた瞬間に、超粘性をもつスライムのようなものが飛び散る。
そして空気と反応すると膨張し瞬時に固まって駆動部を固定しようとする。
思考パワードアーマー4本足の2本をスライムに固められ、バランスを崩すと、ガシャンと突っ伏した。
ギギギという、金属が軋む音。
だが、上半身は健在、右手のガトリングが俺を狙う。
シュイーンと回転し始める右手のガトリングは、ズガガガガガガガガガガと咆哮を上げ10ミリの、徹甲弾をまき散らした。
高威力の弱点、それは弾丸を発射するたびに、その反動で右腕が浮き始めることだ。
俺は全力でその場からダッシュして、奴の固まって動かせない脚部の作り出す死角に飛び込んでなんとかやり過ごす。
弾丸がコンクリの地面に穿つ穴は拳大。
あんなものにかすっただけでミンチだ。
バキバキと音を立てて、硬化スライムが剥がれ落ちていく。
俺はいよいよ打つ手がなかった。
そして俺はやれやれと天を仰いだ。
片手で銃を構え仁王立ちのカレンの姿。
「大丈夫?九十九君」という声が聞こえた。
「まぁ、なんとかな」と軽口がまだ言える。
思考パワードアーマーのガトリングは俺を狙ったままだ。
「そいつ、父の差し金なのよ」
『何度か襲われてね、そのたびに静ちゃんに助けてもらった』
その言葉を俺は思い出す。
アルファの「お待たせしました、この場はなんとかします、後始末はよろしくお願いします。」の声がスマートリンガーから聞こえた。
俺の頭に?が浮かぶ。
カレンは思考パワードアーマーに向けてこういった。
「いうことを聞くから、私を連れて行きなさい」
そう言って銃を捨てると、すたすたと俺の隣をすり抜ける。
そして
ーーーリーン
と鈴の音。
その音に、後始末に俺は気が遠くなりそうになった、だがこいつなら。
俺はこっそり抜いた蛇腹刀をカレンに手渡たす。
カレンはその細い帯状のものを軽く振って刀状にして、スイッチを握り込んだ。
キーンと言う音がしてやがて収まる、超高周刃ブレード、切るというより振動により崩壊させる武器。
ーーーリーン
聞き覚えのある古風な声と鈴の音。
「任しや、九十九よ」
おれは、グロックのマガジンをドローンビーを跳ね飛ばした弾丸が入ったマガジンに取り替え、右腕、左足に撃ち込こむ。
思考パワードアーマーはそれをかわそうともしなかったのが、俺の狙い。
ガトリングがその力に弾かれ、俺への狙いがそれる。と同時に硬化スライムで駆動モーターが光熱になって煙を吐いていたところを打ち込んで
思考パワードアーマーの姿勢が崩れた直後、思考パワードアーマーの右腕が付け根から切り落とされる。
左腕の、シールドを叩きつけるようにカレンに迫るのをさらに、グロックで狙い撃ち弾く。
その腕も、肘から先が切り飛ばされていた。
俺はその姿を目に捉えることはできなかった、その静の技の冴え。
「おい、後頭部の筒を破壊しろ、そこが電脳だ」
そう叫ぶと、
「承知!」カレン(静)はそう言ってするりと背後に回り込むと、そこに蛇腹刀を突きたてた。
何の抵抗もなくまるで豆腐に針を刺すようにあっさりと。
思考パワードアーマーは断末魔のけいれんを何度か起こすと、そのまま動かなくなる。
「おい、早く戻れ」
俺はカレンにそう叫ぶと、カレンは俺めがけて飛び込んだ。
蛇腹刀は帯状になっておりカレンの腰に巻き付いていた。
器用な女だ。
その直後、閃光とともに、思考パワードアーマーが光熱を発し、溶解していく。
俺はカレンを抱き抱え伏せると、、自分のジャケットを頭から被り頭部を庇う。
ジジジジジ、という金属や電子基盤などが焼け焦げ溶けていく音がした。
電磁溶融。
爆発や、特殊な毒ガスが発生しなかったから自爆と言うより隠蔽用だったのは幸いだったが
強烈な光が周囲に広がったせいか近くを通りかかった偵察ドローンに発見されたかもしれない。
「おい、行けるか」と俺は腕の中のカレン(静)にいうと
「わ、わっちにあの黒い車をよこしや」そう照れ隠しのようのようにそう言ってにんまり笑うカレン(静)
なかなかそこから、離れようとしない。
「そのうちな」とそう言って立ち上がるとカレンの手を引っ張り立ち上がらせる。
「とりあえず、奴らが戻ってくる前にここから出るぞ」
そう言って二人であわてて車に戻った。
——————
車内で運転しながら買い込んでいた缶コーヒーを飲んで一息ついた。
車内オーディオから流れる曲はしっとりとしたバラード、「二人静」
俺の顔をじっと見るカレン(静)の何かの言葉を待っている雰囲気を感じる
後始末をする必要がある、無難な内容で話しかけてみた。
「……カレンはどうした?」
「気になるか?あの娘御が……」
「やめよというに、飛び出しおって難儀したんじゃ」
「じゃから、わっちは踏ん張った、故に褒美を所望する」
一気にそう言うと、静は窓の外に顔を向けた。
独り言のようにカレンは、
「切ろうとして切れず、殺そうとして殺せず、2度挑み、2度失敗した」
そうつぶやいた。
それは運だったのか、相性の問題か、俺にもわからない。
「もう次は狙わぬ、そういう約束じゃからな。」
『殺めたいくらい…………』
こちらに向き直ると、運転中の俺の顔にカレン(静)の顔がすーっと近寄ってくる。
運転中の俺にその表情を見る余裕はない。
いや逆にちらりともそちらに視線を向けることができなかった。
『…………運命に寄り添ってあげる…………』
「九十九よ、そなたの命、わっちに捧げてたも?」
「その一生をわっちによこしや」
それは、強烈な愛の告白なのだろうか。
『…………良い夢を見なさい、泡沫の夢を…………』
「おい、運転中だぞ」
「気にしやるな、短い逢瀬を楽しませや」
そう言って、俺の胸に手を押し当てる。
『…………冷え切った手のひらを…………』
カレンの口角がにやりと上がった気がした。
ゴチンッ。
「ご、ごめん」
静の気配が消えたカレンは、あわてて顔を遠ざけた勢いで頭を窓にぶつけたらしい。
ちらりとカレンを見ると、顔どころか耳まで真っ赤だった。
それはカレンのものなのか、静のものなのか暗がりの中で判別はできなかった。
そして海沿いの地平線のかなたから、恒星、イザナミが空を赤く染め始める頃、俺たちはユメノカケラ最大の宇宙港 天つ瀬に到着したのだった。
<了>




