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0/0=1 | Null Pointer Memory=” ”  作者: 久破空是


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10.とある記録のおかわり(1)

1.カレンと母とオメガと俺と

 廃ビルの裏口から出ると、2頭立ての馬車が俺達を待っていた。

 車では入り込みにくく、景観を損なわないように気を使ったとかで、オメガが連れきた馬車らしい。

 荷台にはちゃんと屋根があり、割としっかりした作りだった。


 御者台のおっさんと何やら話し込んでいたオメガはこちらに気づくとふいとそっぽを向く。「せっかくこの街に来たのだから、馬車くらいは乗っておくべきだ」と、ぼそぼそとつぶやいていた。


 ――俺達のこの格好を見てそれが言えるのか? 観光に来ているわけじゃないんだぞ。

 心の中で激しく呆れ返っていると、御者台から降りてきたおっさんが、俺達を見て難しい顔をした。


 それも無理はない。俺とカレンの格好は、まるでどこかの炭鉱夫か何かだ。

 服はあちこち破れて泥だらけ、俺の顔は煤だらけで髪の一部は少し焦げている。

 おまけに、脇腹のあたりは真っ赤な血で染まっていた。

 カレンも似たりよったりだが、やたら大きな男物のジャケットの下は下着のままだ。

 その姿はいかにも扇情的というより、むしろ破滅的な痛々しさを醸し出していた。


 御者のおやじは、オメガとカレンをなめるように見てから、最後に俺を見て言った。

「えっと、お客さん……事故にでも合ったべか?」

 その呑気すぎる意見に俺は苦笑した。


 オメガが「馬車ごと買い取る」と景気よく交渉し始めたものの、根が真面目な親父さんは「そったらこと言われても、そしたらおいら、あしたっからどうやって稼げばいいべ?」と困り果てている。

 世の中、まだこんなまともな奴が残っていやがると、俺は思わず天を仰いだ。そして、腹をくくって口を開く。


 「いやぁ、ボクタチ、新婚旅行の最中に変な御者にだまされちゃってさ」

 「身ぐるみ剥がされた挙句、命からがら逃げてきたんですよ。参っちゃいましたね、あはは」

 すらすらと、つきたくない嘘が口をついて出た。


「あぁぁ、そりゃ災難だったべなぁ。さぁ、乗った乗った」

 おやじは同情したように手を大きく振り、あっさりと俺達を馬車に乗せてくれた。

「命があっただけでもっけの幸いだわ、わっはっは!」

 がたがたと石畳を踏みしめる車輪の音が響く。

「新婚つーと、あれか? 初夜だっぺ? しっかりやんなよぉ」

「うちもおっかーとは……もう30年も前だっぺなぁ」

 その揺れに合わせて、俺達も上下に揺さぶられる。

「こんなべっぴんさん、ふたりも連れてうらやましか~」

「うんうん」


 ――なにが「うんうん」だ。俺はだんだん腹が立ってきた。


 この親父、べらべらと余計なことを喋りながら、時折カレンやオメガの方をチラチラと盗み見る。

 そのスケベ心丸出しの様子に、ただのエロ親父だと分かって逆に少し安心した。

 ようやく、自分の世界に帰ってきたという実感が湧いてくる。


 ふと隣のカレンを見ると、「新婚さんだの初夜だの」と言われたせいで顔を真っ赤に染めてうつむいていた。

 その姿に俺はあの「静」の剣呑な雰囲気もでず胸をなでおろしたのだった。

 俺はこれから行く先と、オメガのことを軽く説明しておく。

 ついでに既婚者であるというどうでもいい誤解も解いておく。

 

 がたごとと、石畳の道をゆく馬車はよく揺れる。

 その上、硬いクッションと味のある木製の座席。

 ま、マッサージかと思えばちょうどよかった。

 

 そして呑気にパカパカと町中を移動すること20分。

 えらく長い時間に感じたが、何事もなく白磁庵の裏門に到着する。

 流石にこの格好で堂々と正面からは入りづらかった。

 

 馬車から降りて尻をさすっていたオメガから、セイカンカンリクミアイの紙幣を受け取ると

 エロ親父に相場の10倍ほどのチップを含めて渡す。

 親父は目を剥いて、「はぁぁぁ ありがたや~」と感激して受け取った。

 そして領収書はいらねえべ?といいながらホクホク顔で去っていったのを見送る。

 

 ——————

 ホテルに入るとオメガが用意していたタブレットをカレンに渡して

「服とか必要なものを買え」と伝える。

 そして、オメガをボディガードに一番安い部屋に案内させた。


 俺はというと例の専用エレベータに乗り込んで地下のインペリアルスイートに帰還を果たす。

 身につけていたものは専用のランドリーボックスに突っ込み脇腹の止血シートをベリベリとめくる。

 脱着スイッチを押すと、虹糸のボディースーツがパラパラと剥がれ落ちフカフカの絨毯の上に散っていく。

 脇腹の傷はうっすら皮膚が再生してきており完全に血も止まっていることに満足する。

 傷にはあたらしいシートを貼り付けた。

 

 奥にはガラス張りで丸見えの風呂、でかいといっても3人も入ればいっぱいの湯船。

 そこは常時お湯の湧き出る温泉だとオーナは自慢げに言っていた。

 なみなみと溢れんばかりのお風呂に、躊躇せず飛び込んだ

 ざぶーん。

 全ての疲れが吹っ飛ぶようなダイナミックな入浴を果たす。

 お湯が溢れて排水口にどんどん流れ込んでいくがお風呂ってなぁこうでなくては。

 マナーにうるさい方々すまないね、ここはプライベート温泉ということで勘弁してくれ。

 と誰にともなく心のなかで謝る。


 湯船の端に備え付けの冷蔵庫を見つる。

 至れり尽くせりとはこのことだ、その中を覗き込むと

 よく冷えたBEERの缶が複数入っており、俺は1本取り出すとプルトップを弾いて一気にグビッとやった。

 ここのオーナーは気がきく。

 その評価がオーナーの給料に跳ねるのだから頑張りもするだろう。

 

 「はぁぁぁ、ひどい目に合ったっペなぁ」と馬車の業者のおっさんの口調がうつってしまったのか大きめの声で吐き出した。

 独り言が恥ずかしいだと?やってみなよなかなか気持ちいいもんだ。


 風呂を出て全裸だと何かと不都合があるかもと思い、ドレスルームでパンツを物色する。

 収まりよくとりあえず落ち着くとルームサービスを頼んで、しばらく放心する。

 

 壁一面の窓のようなスクリーンにはこのあたりで見れない摩天楼の夜景が広がっている。

 数日間不在だったため大量の業務連絡やら、決済書、確認書、同意書、予算の無心などAIに任せられない業務を決済するためタブレットとにらめっこしていると、

 ルームサービスで頼んだ大量の肉やら野菜、果物やらが運ばれてくる。

 ステーキ、ローストビーフ、シュニッツェル、ソーセージ

 大量の、生野菜に生果物、そしてフルーツジュースがこれでもかとやってきた。

 

 料理を運んできたウェイトレスは俺の姿を見て顔を赤らめると出て行こうとしない。

 あぁ、チップかと思い手渡そうとすると首を横に振って、何故か服を脱ごうとした。

 ふむ、オーナーの差金か。

 おれは苦笑いしながら、

「そういうのは間に合ってる、もし戻りにくいなら、そうだな、君も食え」

 そういって、ウェイトレスを席に座らせた。

「名前は?」からはじまり、アルバイトでお金欲しくってと説明され、16歳と聞いて胸をなでおろした」、妹と弟とお父さんを食べさせるために頑張っているそうだ。

 お父さんは病弱なのかと聞いたら、元貴族でなんにもできなくて、職に困っているそうな。

 俺は世の中なんかズレてるなぁと普通の思考が思い浮かび思わずニヤリとしてしまう。

 そんな、軽快な会話で食事を楽しんでいると、部屋の呼び出し音が鳴る。

 

 右手の指輪を閃かせて目の前の100インチのテレビのスクリーンをONにすると、オメガとカレンの姿がうつった。

 オメガはともかくカレンはバスローブ姿。

 カレンはやたら顔を赤くしてキョロキョロと挙動不審。

 オメガにほだされて無理やり連れてこられたのだろう。


 セイカンカンリクミアイが提供する通信ショッピングサービス『ラビット・ムーン』は衛星軌道上ポットを打ち下ろし、そこからドローンで手元まで荷物が送られてくる。

 それでも最速でも2時間はかかる。

 それくらいは待てよ、と思ったがとりあえずそんな恰好で壁にしか見えない専用エレベータの前に立たせておくわけにもいかない。

 後で何を言われるかわかったもんじゃない。


 大人しく専用エレベータのロックを外して二人を部屋に招き入れた。

 

 オメガは「何一人でこの豪勢な部屋でくつろいんでるんですか?」

 そして慌てて去っていくウエイトレスを見てから俺にジト目を向けると「えっち」と呟いた。


 いや君たちの部屋、一番安い部屋と言ってもベッドもドレッサーもついてるし…

 バイト学生には十分贅沢な部屋だと思うが……。

 ん?えっちとは心外だ。

 

 と言おうとしてやめる。不毛だ。

 よってオメガをとりあえず無視することにした。

 

 おれはバイト給仕に欲しいものは持っていっていいぞというと、スカートの裾を掴んで袋のようにしてパンや果物をそこに入れにっこり笑って部屋をでていったのだった。

 俺は持っていたタブレットでオーナーに給仕の娘を怒らないようにと連絡をしておく。

 

 カレンは周囲を見渡しながら、その光景に感嘆にと若干皮肉のスパイスを込めた声を漏らす。

 「はぁぁぁ、すごーい、親父の部屋より趣味が悪いかも、成り金趣味……」

 まぁ調度は最高級だが、なんでもかんでもおいてあるためそういうふうに見えなくもない。

 「俺が選んだんじゃない」

 といっておいた。

 オメガは クククと笑いをこらえきれず笑った。

 

「で、どうした?、何か用か?」とオメガをさらに無視して、しれっとカレンに問いただす。


「あ、うん、えーっと」

「私、お父さんに引き渡されるの?」


「あぁそうだな、まぁ自分で帰るなら手間は省けるが」

 

 カレンは少し思い悩むと、

「それはちょっと待ってほしいかも……」

 そして、とんでもないことを言い始めた。

「あ、あのね言いそびれてたんだけどぉ」

 もったいつける。

「あ、あのニノマガタマは2つでセットなの」


「はぁ?」

 おれは素っ頓狂な声を出してしまった。

 そんな記録はどこにもない、その話の真贋すらわからないほどに。

 

 そしてカレンはニノマガタマの話をしだした。

 「私のは黒い”1”という名前の石」

 首元のネックレスをつまみ上げて見せびらかす。

 「父のところに”0”という白い石が保管されてるわ」

 何じゃその名前は?と疑問に思ったがとりあえずそこは置いておいて

 知らないものは存在しないもの、知ってしまったらそうはいかない。

 と考え込んだ。


 俺が黙っているとカレンは上目遣いで俺を見て

 「報酬、回収しに行かないと……よね?」

 「だからまぁ、一緒に行きましょう」

 と、にっこり笑う。


 俺は顰めっ面をした。

「俺を体よく足代わりかボディガードにしようとしていないか?」

 

「や、やだなぁ、そんなわけ無いじゃない」

 と即答した、どうやら図星だったらしい。

 

 俺はうーむと悩みながらオメガを見るとかいがいしく部屋の掃除をしながら

 ちらちらこちらを見るオメガ。

 掃除は見返りを要求してこないで割と優秀な自走掃除機がやってくれてるんだが・・・

 人間味が増すとがめつくなるのだろうかと余計なことを考える。

 

 カレンは室内の美術品に興味があるのか言いたいことを言って満足したのか室内を探索し始めた。

 「鳳首扁壺」のレプリカの前で足を止めると「本物かしらこれ」とぶつぶつ言っていた。

 手にはちゃっかり皿に盛られたフルーツの山。

 「おい、触って汚したり、壊したりするなよ」と言ってけん制しておく。

 壊したら俺に請求書が届く、ここのオーナーのおやじは結構がめついのだ。

 

 一通り掃除がすんだのか、大量の料理の周りをうろうろし始めるオメガに、

「食ったら出て行けよ」といって食事の許可をする。

 目をキラキラと輝かせ、手を付け始めた。

 まるで犬のようだった。

 

 「あ、そうだ! お母さんにはとりあえず無事の連絡を入れておきたいの!」

 カレンがそう叫ぶが早いか、オメガは面白がってあっさりと通信回線を繋げてしまった。

「おい、ちょっと待て!」

 俺は慌てて制止しようとしたが、すでに遅かった。100インチの大型スクリーンに、カレンの母親の姿が映し出される。

 当然、こっちホテルの部屋の光景も、あちら側に丸見えのはずだ。


 俺たちの姿といえば、俺はパンツ一丁で、カレンはというとシャワー上がりのガウン姿。

 そして オメガは、映像をリアルタイムでハッキングし、自分の姿だけ室内の端っこに鎮座する「トーテムポール」の置物に差し替えていた。

 置物なのにヒョヒョコと移動するのはどうかと思うが。

 スクリーンには室内の豪華な家具とテーブルいっぱいの料理、そして俺とカレンがばっちりうつっているはずだ。

 

「……カレン。無事だったのね、本当に良かったわ」

母親は一瞬言葉を詰まらせると、娘の生存を喜びながらも、その画面の光景にすこし引いているようで顔が引きつりかけていた。

 おれはあわてて、手近なガウンを手に取るとそれを身に着けた。

 なんというか全くフォローになっていない。

 「うん、九十九君が迎えに……、助けに来てくれて」


「そう」

 そう言って俺に向き直ると、深々と頭を下げる。

「この度は娘が大変お世話になりました。」

「話は、主人から聞いております」

 この母親、基本的には普通の女なのだと俺はそう感じた。


「いやいや、仕事の一環ということで、あまり気にしないでください」

 という俺に驚くカレン。

 俺だって相手次第でたまには下手に出るのだ。

 

 それからちらりとカレンのほうを見ると、カレンはうなずいた。

 だが、俺が何か言おうとするのを静止してカレンの母は話しだした。

「お聞き及びのことと存じますが、その……報酬の件でございますが」

 

「きっちり、お支払いさせていただきますので、お手数ですがこちらまで受取りに来ていただければと存じます」

 俺はその迫力に「はぁ」と答えるしかなかった。

 気まずい沈黙。

「あと、こほん、カレンとはその」

「へっ?」

「な、何もないですよ、ないに決まってるじゃないですか」

 俺はなぜか慌てて弁明じみたことを言った。

 その格好はまったく説得力はないが。

 「な、なぁ」とカレンに同意を求めようとしたら、顔を赤らめうつむいてしまった。

 話がややこしくなるから勘弁してくれ。

 

「そうですか、この子にそんな甲斐性はないので……」

 といって、くすくすと上品に笑った。


「では引き続き、よろしくお願いしますね」

 と言って通信が終わる。


 俺はカレンを送り届けるという話を受けざるを得ない状況が出来上がってしまったことに唖然とした。

 

その後俺とカレンはそのままルームサービスの残りを黙々と片付けた、まさにその言葉に恥じぬようむさぼり食ったのだった。

 久しぶり?のまともな食事に味も見た目もへったくれもなかった。

 作った人に心から感謝と謝罪をしたのだった。


——————

 今後の予定だが、

 カレンを父のもとに届けて報酬を受け取るしかないわけだが。

 その前にカレンを部屋からたたき出した。

 次は今回の依頼主、カレンの父親に連絡するために。


 今度はしっかり服装を改め、装備まで更新する。

 チャコールグレーの丸首Tシャツは虹糸を編み込んだ特別仕様で少々のことでは破れない。

 デニム地のブルージンズも同じように、破れにくく伸縮に優れ動きやすい。

 ダークブラウンの使い込まれたレザージャケットと、黒いショートブーツ。

 ショルダーホルスターにいつも愛用しているSIG Sauer M17。

 最後に蛇腹刀を腰に巻き付ける。

 

 今度は自分の手で、宗次郎への通常の回線をオープンにする。

 やたら色気のある秘書とやらが出てきて、宗次郎は会議で忙しいだのなんだのと言われる。

 折り返しを待つ気にはならなかったので、言伝を頼んだ。

 カレンを送り届けること、そして報酬を取りに行くということ。

 その二つだ。

 

 移動の方法としては空輸が一番楽ではあるのだがここに空港はない。

 なんといっても襲われたらそれはそれで非常にめんどくさい。

 次に陸路となると自走車は、ハッキングやら襲われたときの対処にいろいろと問題があるた。

 やはりGT-Rに再度ご登場いただくことにした。

 

 着替えて降りてきたカレンを見るなり、薄いピンクのワンピースという恰好に少し辟易した。

 「おいおい、ピクニックにでも行くつもりなら一人で行け」

 「そんな照れなくても大丈夫ですよ、ボス」 はオメガ。

 そして

「オメガちゃんがこれがいいと選んでくれたのに」という寝言を言うカレン

 俺は二人に歯をむき出しにして威嚇する。

 「そんなんで飛んで走って飛び込んでなんかできない」といって

 ジーンズにTシャツというシンプルな格好に着替えさせた。

 「サービス精神が足りない」というオメガは無視することにした。

 

 そしてオメガは

 「あーアタクシ、まだここで後始末がありますのでここで失礼いたします」

 「あとはお若いお二人でどうぞ、ごゆっくり」

 などという捨てセリフとウィンクを残して部屋をでていった。


 地下のドックで車のチェックをやってると、着替えたカレンがやってきて、へぇーうわー、すごーいといって車をじろじろと観察しはじめる。

 GT-Rは俺のいない間に、きっちりと整備されていたようで、俺は満足する。

 

「したらば出発するか」

「うん!」

 

 そしてカレンを後部座席へ追いやろうとして、失敗する。

 「えー、人が運転する車なんて何年も載ってないんだから助手席に座らせてよ」

 とごね始める。

 ま、それくらいはいいかと俺は諦めの境地へとその気持ちを追いやった。

<続く>


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