9.とある記録の帰還(2)
2.祠、そして静再び。
10分ほど、木から木へ飛ぶようにし移動し、岩肌にぽっかり空いた穴、だが自然にできたと思えない、石で装飾された入口を見つける。
距離にして、おおよそ20キロメートル。くらいだろうか。
また穴かよとうんざりはしたが、穴をひょいと覗き込むと、青い人工の光が中を照らしていた。
俺は久しぶりに、文明の光を見た気がして少しホッとする。
そのまま元の世界に戻ろうかと考えたが、ポケットのカレンのネックレスの感触を手で確認すると
腕時計でその場所を撮影して、元来たルートを戻った。
もう少しでカレンのもとに辿り着こうというところで、血の匂いが漂い始める。
それと生臭い匂い。
食人猿の生き残り、のその残骸があちこちに転がっていた。
俺に気が付かれぬよう追いかけてきたのか、並外れた感覚でつけてきたのかわからない。
そして綺麗に首と胴は切り離されていた。
見開いた瞳のない目、おびただしいヨダレ。
紛れもない、あの猿どもの生き残りだ。
俺は急いでカレンのもとへ戻る。
森の中にひっそりと佇むその姿にゴクリと息を呑んだ。
長さ50センチほどの細い小枝を右手に持ち、うっすら笑みさえ浮かべて立ち尽くすその姿よ。
おれはその美しさもさることながら、その全身からまとわりつく鬼気が薄っすらと霧のように彼女にまとわりついて見えた気がした。
そして、勝てないという根源的な確信が俺の声を絞り出す。
「静か。」
――リーンと鳴る鈴の音が聞こえる
そして響く声
「戻ってきよったか?、義理深いのか、甘ちゃんなのかよくわからんやつじゃの」
――リーン
「なに、この娘は戻ってくると信じておったが、わっちはそんなもの信じておらなんだがな」
――リーン
「会いたかったぞよ、九重九十九よ」
動けばそれが技になる、そんな戦士にどうやって対抗しようか。
俺は目を閉じる。
気配だけ感じることにした。
ただ純粋に勝利だけ求める存在に、やれやれと言った問いかけを始めた。
「なに、仕事だからな。その娘を連れていかねばならない」
カレン(静)の上体が沈むのがわかる。
脳内の白い霧の形が、たわんだように見えた。
それは気配、そしてカレンの薄っすらと漂う化粧の匂いだ!。
俺は飛び込むカレン(静)右腕を交わして抱え込む。
そこに渾身の体重を乗せ、足を払い、地べたに抑え込んだ。
「俺がいなければカレンは元の世界に戻れないぞ」
抑え込んだ耳元でそう言うと、カレン(静)の力が抜けるのがわかる。
さらに追い打ちのように「都合悪くなると引っ込むのはよせ」と告げた。
「お、お離しっ」上ずるカレン(静)
「いいや、確約をもらうまでは離せない」
「俺に手を出せばカレンはここにおいていく」
カレン(静)は大人しく頷いたのを確認して「忘れるな」といってあっさり解放して立ち上がる。
抱え込む瞬間、ただの小枝の切っ先が、虹糸を裂き脇腹を掠ったらしく、そこから流れる血を止めるために、ポーチから薄いシートを取り出して傷に貼り付けた。
「もう、もどっていいぞ、血にあまり酔いすぎるなよ」
そういって造血剤と抗生物質が一緒になったカプセルを飲み込んだ。
それをカレン(静)はそれを心配そうに、不安げに眺めていた。
「いくぞ、出口は近い。多分な」
そう言ってカレンに手を差しのべ立ち上がらせる。
薄暗がりの森の中をさっき見つけた祠の洞窟を目指し歩き出した。
猿もどきの死骸に群がる狼が見える。
カレンの怯えた空気が伝わるが、猿もどきのおかげで今回は見逃してくれそうだ。
俺はいそいそと、その脇をすり抜け、途中で見つけた小川にたどり着くと。
カレンに付着した猿の血のその匂いを消すために身を清めさせて、着替えさせる。
今回ばかりは黙って従うようで、心なしか安心した。
そんなにのんびりとはしていられない。
腕時計でマーキングを頼りに、奥へ奥へと進む。
薄っすらと見える青い光を見つけるとカレンの不安そうな雰囲気を少しでも晴らしてやろうと 「あそこだ」と伝える。
「うん」とかすかに聞こえる声。
そして入口近くに到着して俺は愕然とする。
青い光に群がる入口を埋め尽くさんばかりの虫。
夜の帷が落ちたことで、そこに集まってきたようだ。
あの群れの中を突っ切るのは俺でも嫌だ。
俺はちらりとカレンを見ると、首をこれでもかというくらい横に振っていた。
「あんなの、静ちゃんでも無理って」
キリがないらしい。
俺はサイドホルスターからグロック抜きサイレンサーを付ける、そしてカレンに渡したグロックを受け取り、空砲アタッチメントを装着、3発しかない空砲を装填する。
あとは、生木の皮をナイフでむしり取り、シガレットケースから最後の焼夷弾をバラしてテルミットをビスケットみたいに手でぱきっと折る。
それらを愛用のブランドものの超高級ハンカチで1つにまとめ、大人の握りこぶし大のボール状にしたら、手製のスモークの完成だ。
あとはカレンに貸したジャケットを脱がせ、頭から被せる。
合図をしたら、息を止めて、目を瞑れ。
いいというまでな。
「わ、わかったわ」
準備はできた。
俺はオーバスローで、スモークをその入口に投擲した。
うまく入り口付近にそれがころがったことを確認すると、サイレンサー付きのグロックを向けて撃った。
手製スモークに数発弾丸があたるとスモークがその威力で跳ねる。
そしてポンっという音とともに炎と煙がもうもうと上がる。
今度は空砲アタッチメントを左手で構え入口で燃え盛る炎めがけて撃った。
この空砲アタッチメントは、内部に特殊な溝を掘り、渦を巻いた風に指向性をあたえて空気の塊を飛ばす。
射程は短いわ、すぐに拡散するわであまり威力はない。
が今回の用途としては効果は抜群だった。
炎と煙はその衝撃波で周囲に巻き散らかされる。
虫どもは熱と煙の衝撃波で、弾き飛ばされ、燃やされ、香ばしい匂いがただよってくる。
そこに空白が生まれた。
洞窟に入り込んだ虫どもは、熱で蒸し焼きになってることだろう。
「息を止めろ、目も瞑れ」と合図を伝えて、もう一発空砲を叩き込む。
まだ、手製スモークは燃え続けていた。
そして、カレンを抱えて洞窟にダッシュする。
燃え盛る炎を飛び越えるときは、さすがに俺の髪と顔の皮膚はチリチリと音を上げるが仕方ない。
俺は一気に奥まで走り抜けることにした。
けほけほ、ごほっと咳をしながら、カレンにもういいぞと伝える。
そしてこれも最後のケミカルライトを真ん中からぱきっと追って周囲を照らす。
岩肌の中に、場違いな3メートル四方の金属製の扉が忽然と埋め込まれている。
近寄ってそのエレベータを見て俺は押し黙った。
ここは一体なんだろう。
まぁ考えるのは後だ、後戻りは・・・したくない。
俺はエレベータのボタンを何も考えずに押す
正直これ以上何かあっても対応する気力はなかった。
暫くぼけーっとつったっているとチンッと言う音とともに、その扉が音を立てて開く。
中は無人で、天井の蛍光灯が、カチカチっと音を立て点滅していた。
その光景に、俺もカレンもぽかんとしたのだった。
いやまだ、帰れたわけじゃない、逆にこのエレベータにどこに連れて行かれるかの不安はあったが、とりあえず二人して乗った。
振り向くと ボタンが一つしか無い
これ以上の面倒は勘弁してほしいなぁと頭を掻いたら、焦げた髪の毛がパラパラと舞って、
おれは、さらにうんざりした。
その隙にあっさりとカレンがそのボタンを押す。
おれはちょっとだけ目を見開きカレンを視線だけで非難した
その扉が閉まり、カチカチと蛍光灯が明滅したと思うと
「えっ!?」といったのはカレン
「………………」俺は何も言えなかった。
急に足元の床が抜けるというより忽然となくなる。
上から降りてきた箱は、上に上がるものと思い込んでいたが。
二人して、その突っ立ったままの姿勢で真下に落ちていく。
「そんなのないよー」とカレンの叫び声が響く中、俺も心のなかで、「アルファめ、絶対とっちめてやる」と誓ったのだった。
そしてチンッとまた音が聞こえたと思ったら、足のうらの感覚が忽然と戻る。
そして乗ったときのままの格好でそのまま立っていた。
まるで夢でも見てたような気分だった。
眼の前の扉が開くと、例の雑居ビルの1Fに到着していたようで、そこにオメガがいた。
オメガは俺達の姿を見て笑いをこらえながら、
「おかえりなさい、アナタ」といって俺の首に抱きつく。
そしてこの追い打ちである。
「ご飯にする?お風呂にする、それとも、うふふ」
わざとカレンに聞かせるように。
それを聞いたカレンは俺をジト目で見ると、
「九十九君、既婚者だったのね。」
と冷静に言われ俺はさらに脱力したのだった。
「やれやれ」
<了>




