9.とある記録の帰還(1)
1.黄金郷と黒い石
集落を出て、そろそろ六時間が経つ。
その間に変わったこと、あるにはあるがまぁとりあえず、状況に変化はなかった。
つまりひたすらマーカーされた場所に移動するだけだった。
その頃には熱帯雨林の濃密な空気が薄れ、代わりに山岳部の乾いた風が肌を撫で始めた。
さっきまで互いに押し合っていた木々や草花が、いつの間にか距離を置き始めている。
まるで、譲り合いの精神にでも目覚めたみたいだ――そんなふうに俺には見えた。
木々の隙間の向こうから、みずみずしく清涼な空気が流れてきた。
滝か?
「はぁ、はぁ。本当にこの方向なの?」
背後から、カレンの不安げな、息を切らせた声が届く。
「俺も少し不安になってきた」
なにせ、うちのAIどもだからなと内心苦笑する。
そういえば一つも休憩を入れずの強行軍だったがへこたれずよくついてこれたなと感心した。
ちょうどいい岩場を見つけ少し休憩することにした。
そして気分転換に少し話す。
「あの洞窟のことを覚えてるか?」
「あぁ、静ちゃんのことでしょ?」
あっさり認めやがった。静ちゃん……だと?
猫型ロボットがでてくる漫画に登場するヒロインのような気軽さでそう言った。
「ありゃいったいなんだ?」
殺されかけたんだが…と俺は心のなかで軽く愚痴った。
「お前、二重人格かなんかか?」
別に何重人格だったっていいのだが世界は多様性という言葉によって大概のことには寛容だ。
少し考え、カレンはぼそっと言った。
「半年前にバイトでね、黒い石を拾ったの」
「それから事あるごとに身の危険を感じると……」
「あれが出るのか」
「そうなの……」
俺は気になって肝心なことを恐る恐る聞く。
「何人、……その殺したんだ?」
「何言ってるの?誰も殺しちゃいないわよ、人を殺人鬼みたいに言わないでよね」
「なんでも静ちゃん、自分より強いやつを探しているそうよ?」
ストリートファイターかよ。
「突然喧嘩をふっかけるのをやめるように言っておいてくれ、危うく死ぬかと思った」
「あはは、九十九君も大概強いから大丈夫よ」
なにがあははだ。
「他にその黒い石?か関係で変わったことはないか?」
「えーっとね」
言いにくそうにしていた。
「ここにきた理由っていうか、いる理由っていうか?、多分これ」
そういってカバンから指輪を取り出した。
「あの雑居ビルのリングスタンドのやつか?」
「うん、指輪に触れようとしたら、甲冑?っていうの?その鎧にいきなり襲われて、静ちゃんが助けてくれたんだけど、気がついたらあの洞窟にいたのよね」
「わけわかんないでしょ、わたしもわかんない!、うふふ」
それはなぜか楽しそうだった。
そしてカレンは語り始めた。
バイトについて、最近の自分について。
バイト先は、血盟連合が管理する『血統保証管理局・血統証明課』。
そこは血統を証明するための家系図や、由来にまつわる聖遺物を管理している部署らしい。
もっとも「聖遺物」とは名ばかりで、ほぼおとぎ話のような品ばかり。
その存否を調査・捜索するのが、彼女の仕事なのだという。
それは血盟連合内には頼めめない、不正、虚偽も交じるから、外部組織に依頼することでその正当性などを担保する事が必要なのだという。
ちなみに今までこんな事になったことはないそうだ。
静の石を見つけたのは今から二百年前に誰もたどり着くことができなくなった人類発祥の地である「地球」の伝説にまつわる資料。
源平伝説や、平家落人の墓を証明する古書を回収した時だったという。
そこでやたらきれいな丸く黒い石を見つけて拾ったんだそうな。
スケールが大きいんだか歴史ロマンなんだかよく分からない話だが、カレンは真面目な顔でそう語った。
源平伝説や、平家落人の墓っていやぁ、年代的には一千八百年ほど昔にまで遡る話だ。
そんな眉唾な代物が存在するだけでも怪しいが、かくいう俺の愛車やこの拳銃だって地球以外の場所で発見されたものだ。
いったいこの世界はどうなっているのか。
元の世界もそうだが、目の前の山岳も、クチルの集落すらも謎だらけだ。
まるで、過去の想いや記録がそのままこの世界に写し込まれているような——そんな奇妙な感覚が拭えない。
「そういえば、九十九君って『九重』だっけ? なんか聞き覚えあるなって思ってたんだけど……血統管理局の要注意リストに載ってたわ」
俺は苦笑した。
まぁ、俺の家業も似たようなもんだからな。
すべてのめぐり合わせ、俺とカレンのかぶる仕事内容。
それらが何故か誰かの仕業のように感じる。
俺はその疑念は一旦棚に上げて今回の仕事のことを話し始めた。
「お前の親父に頼まれた事は言ったな」
「うん、あの親父がね」
「ニノマガタマ」
俺がそう言うと、ビクッと肩を震わせて胸元のネックレスと握りしめた。
「報酬がそれだ」
「親父……お父さんね」
カレンは少し言い淀みながら続けた。
「お父さんも何故かこの石を執拗に求めてくるの」
それは相馬家に伝わる石で大切に保管しなければならないって。
「でもこれ、お母さんにもらったというか、肌身離さず持っておきなさい」って。
「私が生まれた時、その一緒に私と一緒にでてきたっていうのよね。」
「あ、お母さんは元気よ?」
え?お母さんの旧姓?確か此花よ。
結婚システムは古来の地球、かつての日本の仕様を踏襲しているらしい。
俺はなぜそんなことを聞いたのか。
その名前に何故懐かしさを感じるのか。
自分ですらなにかのシステムの一部のような奇異な感覚を覚えた。
現時点で原因がわかったところで、何にも寄与しない。
とりあえずこの世界から脱出するための謎解きを始める。
この世界の謎、例の指輪がどう絡んでるのか。
「血統管理局の仕事なら由来はわかるよな?」
と俺は聞くと、
「えぇまぁ、自分で調べたわけじゃないから、信憑性のほどはわからないけど。」
そう言うとカレンは今回の仕事について語りだした
その指輪の持ち主は、西暦で言うと16世紀ごろの話ね、スペインだかなんだか血を引く貴族で、その指輪の伝説とともに貴族として登録したのはいいけど数年前に落ちぶれて。
その借金返済のため私財を売り払っていった、貴族って一度転げ落ちるとどんどん……ね。
そして貴族院の査問にかけられ血統剥奪。
資産整理の中でその指輪だけが見つからなかった。
「その指輪が、熱帯雨林の黄金郷の伝承にまつわる指輪だったってわけ」
「その指輪をなぜその貴族が持っていたかは血統管理局は極秘としていたけど」
「多分、当時の奴隷たちの中にその石を持つ者がいて、それを奪ったんだと思う」
「その黄金郷の伝承とともにね」
「その伝説を信じて、熱帯雨林のジャングルへ冒険隊を派遣して、いくつもの黄金でできたものを回収してすごい財を築いた……なんてよくある話よ」
その指輪は黒曜石の丸い石がはめ込まれた、結構大きめの指輪で、一見するとそんなに価値がないように見える。
だが、見る角度によって、中に白く光る渦のようなものがくるくると回っている。
それがどのような技術で作られたのかは見た目では分からない。
ただ、その模様を俺はよく知っている。
まるで宇宙空間を模しているように見えた。
その時の冒険家が、ちょっと珍しいだけの石に黄金郷の伝説をくっつけてスポンサーに説明したんだろう。
「で、前任の人が高齢でね、指輪のありかまで、あぁ例の雑居ビルね。までは探し出したんだけど」
「その後、病気にかかっちゃって、それで私がということで引き受けたの。」
そういえば、回収できないと大赤字だとか言ってたわ。
「それが、黄金郷伝説…」
「エルドラドのあれか?」ロマン以外の価値があまりない。
「流石によく知ってるわね、それとは違う、似てるけどね」
「えーっとちょっと待ってね」
例のシステム手帳をペラペラとめくり始める。
「あー、あったあった」
「原文はわからないけど、『ギアナ高地のエンジェルフォールが起こす蜃気楼が黄金郷に見えたのだろう』だそうよ」
また、地球の伝承。
「熱帯雨林に黄金郷?」
「そ、近来の現象に合わせると黄金郷のロマンも単なる光の屈折になってしまうのはすこし残念だけど」
そういうとカレンはぶるっとふるえて
「そういえば、なんだか寒くない?」
と言い出した。
そうかな?と思い、ちょっと汚れたジャケットをカレンに渡す。
「これブランド物のジャケットだけど、なんだか不思議な服よね?軽くて、温かい」
そりゃそうだ、そのブランドのライセンスを借りて、虹糸を編み込んで作られてるからな。
耐久性を含め、出回ってる市販品とは一味違う。
そして空を見上げた。
進行方向から少しズレたところに、霧なのか雲なのか、氷山が夕日に反射して、それがさらに雲に投影される、そこには黄金郷らしきものが立ち上がっていきそうな雰囲気を感じた。
「あぁ、あれか」
と思わず俺もつぶやいてしまう。
それと同時にその黄金郷の方向にアルファが残したマーカーの位置を示す、腕時計の振動が伝わってくる。
それは、その方向にこの理由のわからない世界の出口があるってことだ。
俺は立ち上がると、ここで待ってろとカレンに言う。
蜃気楼が消えたら出口まで消えるんじゃないかと考えたからだ、急いで確認する必要がある。
完全に日が落ちるまで1時間、いや40分しかない。
時間の流れについてはカレンはわかってないようだった。
カレンはそのネックレス(ニノマガタマ)をはずすと俺に投げてよこす。
「それ、報酬なんでしょ?」
「ここで待ってるから、迎えに来てよね」
「あぁ」
俺は浅く返事をして、左手のリストウィンチにタンクを取り付けると、森の中に飛び込んでだ。
<続>




