7.とある記録と落下 (7)
7.猿ではなかったな。
おれは気がついた。
俺を見るあの血走った目、口からは、
あふれんばかりのよだれ。
あれは食欲をそそられているのではないか。
こいつらはチンパンジーなんて可愛らしいものではない。
そう。食人癖のある猿たちだということに。
ようやくカレンを見つけると、その体にのしかかるようにカレンを組み敷いていたひときわ大きな猿が俺を見た。
おれは容赦なくグロックの引き金を引くが、周りの別の猿どもが壁を作り弾丸を飲み込んでいく。
恐怖すらないかのように。
そして不気味な声をスマートリンガーが翻訳する。
「こレからぉたノしみつテ時に邪マしゃガつて」
「そ・で見てぃ・ロ、軟弱なニんげn」
組み敷かれるカレンは恐怖のあまり硬直している。
俺はそれを見て逆上する。
頭の中の安全装置が弾ける音がした。
「プチン」
感覚が一瞬で極限まで研ぎ澄まされ、頭脳は冷たく冷え切っていくその勝利への欲求が腹の底から湧き上がってくる。
シガレットケースから焼夷弾をそのボスザルへ投げつける。
カレンがいるのもお構いなしだ。
それを猿どもが阻もうとすることですら計算済み。
グロックでそれを撃ち抜いた。
周囲、4m高さ5mの火柱が上がる。
猿どもは急な光に目を背け炎の熱に怯んだその隙にその炎めがけて猛チャージをかける。
ボスザルの顔めがけてグロックの引き金を何度も引いた、スライドがホールドオープンする振動が伝わってくる、弾切れ。
グロックをホルスターに戻してナイフを引き抜きながらボスザルめがけて蹴りお見舞いする。
ボスザルは弾丸を分厚い腕の肉ですべて受け止め、咆哮とともに襲いかかってきた。
俺はその顔面へ、体重のすべてを乗せた蹴りをめり込ませてやる。
だが――少しは堪えたかと思ったのは俺の甘さだった。
奴は血走った目で俺を睨みつけると、顔面にめり込んだ足首を強靭な爪で掴み、そのまま飛行機投げの要領で大空へ投擲しようとする。
視界が急速に回転するが残るバッテリーのリストバンドをボス猿めがけて発射、飛ばされるのを防いだ。
そのままの姿勢で右手のナイフを奴の顔面へ投擲。
視界を削ぐ。
同時に腰の仕込みベルトから『蛇腹刀』を引き抜いて、そして振り下ろした。
敵を巻き付けて拘束するためではない。肉を解体するためだ。
引き抜きざま、柄のスイッチを親指で押し込む。
帯状に連なる平べったい板のつらなり、それは振る方向によって鞭のようにしなり、刀のように肉を断つ。
俺は剣士じゃない。だからそこにスパイスをさらに一つ。
そのスイッチは超微細振動(高周波バイブレーション)の電源だ。
秒間3万回の微細振動。人間の耳には聞こえない超音波の励起音が刃を包み込み、触れた物質の分子結合を直接崩壊させようと空気を震わせる。
交錯は一瞬。
刃が触れた途端手応えすらなく肉と骨が摩擦で蒸発し、ボスザルの太い腕、その肘から先が綺麗に切り飛ばされた。
その衝撃と喪失感で猿は一瞬呆然としたその隙を狙い焼夷弾をボスザルの口にねじ込むと、蛇腹刀の柄で顎を突き上げた。
そしてカレンを担ぎ上げると、リストウィンチで木を狙い、急いで引き上げる。
間一髪、ボンという音とともにボスザルの頭が熱で膨張したかと思うと炎をまき散らせ、爆散する。
そして地面に降り立った。
「ぜぇぜぇ、やれやれ・・・最近はぁはぁ 年かな・・」
息も絶え絶えとはこのことだ。
「うぅ」とうめきながらうっすら目を開けるカレン。
「お、おぃ、起きて、ひぃふぅ、立て、お前の貞操は守られたぞ。」
「ぱっちぃん」
という音とともに俺を睨みながら平手打ちを放っていた。
ふむ唐揚げバージン・・商品化したら売れるかなというくだらないことを想像するくらいには余裕が戻ってきた。
カレンは我を取り戻したがはだけた胸元や、破れたジーンズを隠そうともせず奥を指さす。
「あっちに洞窟があるの」
カレンと目が合い、俺はあわててそっぽを向く。
そうすると急に赤くなり、平手打ちをかましたがおれはそれをヒョイッと避ける。
生き残った食人猿どもがちりじりになって逃げていくのが見えた。
そして「ふむ?ふむ」といって立ち上がると、カレンを置いて洞窟へ歩き出した。
覗き込んだその奥は真っ暗で何も見えない。
ただ微かな潮の香りが鼻をくすぐる。
俺はこれ以上は明日だなぁと思い踵を返して集落へと向かう。
「ちょっと、私をこのままにしておくの?待ってよー!」といつもの調子を取り戻したのか大事なところを隠しながら駆け寄ってくる。
そして改めて「あなたほんとに一体何者なの?」と俺に聞いた。
「なに、単なる探し屋さ」
振り向きもせず、そう吐き捨てると、俺はカレンとともに焚き火の揺らめく集落へと戻ったのだった。
<了>




