7.とある記録と落下 (4)
4.確保
俺は慌てず手近な木に登ってやり過ごすことにする。
そしてこれはチャンスだ、カレンの周りには女子供しかいなくなる。
連中は思ったより統制が取れていた。
3人1チーム、索敵範囲の取り決めが決まっているようで、俺のところに1チームやってくる。
やり過ごすか、片付けるか。
注意すべきは、吹き矢のリーダーだ、少しの騒ぎでも駆けつけてきそうだ。
やつはまだリーダーとごにょごにょやっている。
500メートルは離れているのにこの距離でも見つかる不安。
俺は、木の幹にナイフで少し切れ目を入れてそこに葉巻型のフラッシュパンをねじ込んで固定、それを右手の腕時計のカメラで撮影。そんなもん撮ってどうするかはあとのお楽しみだ。
グロックにはサイレンサーを取り付ける。
おれんところに来たチームがたっぷり200メートルは離れたことを確認し飛び降りた。
着地の音すらさせずに地上に降り立つと、俺はカレン救出のために突入を開始する。
腰を低くし、草むらや木に隠れながら、さっきまでいたジャングルと違い足元は硬い土。
なんとかリーダーには見つからなかったようだ。
フラシュバンをくっつけた木から150メートルほど、ここらが限界だ。
さて、さっきの撮影の種を明かそう。
おれはサイレンサーのつけたグロックを右手で持ち、腕時計をいじくると
グロックの狙いをさっきの木に定める。
そんなに厳密である必要はない、腕時計から振動が伝わってくる。
腕時計とリンクしたグロックは撮影した対象の場所どころか位置をロックオンする。
振動がなくなった瞬間引き金を引けば、どんなに下手くそでも対象に当たる。
パスっというサイレンサーで抑えられた音とともに俺はリーダーめがけて全力疾走する。
それに気がついた吹き矢の男はこちらを向くがそこにフラッシュパンの強烈な光。
俺の全力疾走は50メートル4秒ジャスト。
吹き矢の男は光を背に走る俺を見失ったことだろう。
カレンの下までたどり着くと、縛られた手足の縄をナイフで手際よくで切断する。
吹き矢の男は何事かわめきながら、リーダーをかばい、俺の方へ向き直っていた。
脅威の察知能力、匂いか、温度か、視界はまだ真っ白になっているはずなのに、吹き矢狙いは正確に俺を狙っていた。
俺は驚きを噛み殺しながらポケットの小石を左手で顔面めがけて弾く。
予備動作なしなので威力はそんなにないが、吹き矢の筒を弾くことには成功した。
その一瞬の間、カレンを肩に担いでそこからまたダッシュして100メートルほど離れた茂みに飛び込んだ。
15秒の救出劇。
大きな瞳をさらに大きく見開いて俺を見るカレン。
声に出さないのは流石というべきか、空気を読んでいると言うべきか。
カレンを縛る縄をさらにナイフで切り裂き自由にする。
小さな声すら吹き矢の男は聞こえそうだが、とりあえず悩んでいられない、信頼関係の構築のほうが先だ。
「親父さんに頼まれて来た」
ジャケットのボタンははずれ胸元が大きくはだけているが、なんとか肝心な部分は見えない。
ジーンズもあちこち破れているが、擦り傷以外に大きな外傷はなさそうだ。
ただ厄介なことに素足、これでは走れまい。
「荷物は?」
「彼らのテントの中、あ……き、君は一体……」
まぁそりゃ聞きたいだろうがそれを無視して。
「走れるか?」念のため聞いてみる。
カレンは首を左右に振った。
俺はジャケットを脱いで彼女に渡す。
「それを頭からかぶって、しばらくここで隠れてろ、なるべく息もするな」
そして予備のグロックも渡そうとする。
「使えるか?」
首を横に振るカレン。
「ここの安全装置を外して、狙いは適当でいいから、相手に向けてトリガーを引け、両手で持てよ」
まだ受け取ろうとしない。
「中は空砲だ、弾は出ない、空気の塊が飛ぶだけで、殺傷能力はない」
まぁ嘘だが、カレンはそれを聞いてようやくグロックを恐る恐る受け取る。
俺一人ならともかくカレンをつれてはあの吹き矢の男から逃げ切ることは出来ない。
結果的に集落を無力化することになるかもしれんが。
スマートリンガーを左耳に装着すると、3回タップ。俺の腕時計についた、トグルを回す。
彼ら原住民の会話を拾い解析を始めると、俺は目を閉じた。
古代マヤ文明、イツァ語が近似。
頭の中の思考が流れる。
カレンは立ちあがろうとする俺の腕を掴んで「殺さないで」と言った。
「なるべくな」
そう言って腕を振り解くと、姿勢を低くして全力で走る。
荷物の回収もあるが、吹き矢の男がいる限り穏便には無理だ。
ならコソコソやるよりこっちの方が手っ取り早い。
狙うはリーダーを人質に取ること。
殺さず穏便に済ませるにはコレしかない。
当然のように俺に気がつくと、吹き矢の男は、「……Ba’ax k’áat a wíinik!」と叫んでいた。
スマートリンガーから「愚か者め!」と翻訳される。
俺はニヤリとした。
吹き矢が飛んでくる。
右手のグロックで弾いた。
さらにもう一発、今度は少し下の方だ。
弾きにくい、速度は落としたくない、ならば飛ぶしかない。
俺は踏み込んだ。
今度はやつがニヤリとする番だった。
両足が地を離れた瞬間を狙って吹き矢が飛んでくる。
左手の吹き矢の筒は二連になってた。
空中で回避しようもなく、その吹き矢の刺さる衝撃を感じてそのまま足から滑り倒れる。
薄く目を開くと、顔を真っ赤にした奴が眼前に迫る。
酸欠か?
腰にぶら下げていた黒曜石の剣を引き抜いて大きく上段に構える。
「……A wíinik, ma’ k’áat a p’u’uk」
「お前は危険すぎる」とリンガーがから聞こえた。
剣を俺めがけて振り下ろす。
奴が勝利の確信を持った瞬間が勝負だ。
俺は静かに体を起こす。
渾身の力を込めるためか、酸欠のせいか振り上げてから振り下ろすまでの間が勝負となった。
バシィと何かがうちあわされる音が周囲に響き渡る。
俺の手のひらに挟まった剣はそこから1ミリも動くことはなかった。
真剣白刃取りの要領を真似てみた。
そして奴は見たこともない技に目を爛々と輝かせていた。
俺はこいつが正真正銘の戦士だと確信した。
ならばその次の技を披露せねばならない。
その剣を軸に捻ってやつを投げ飛ばす。
靴底に刺さった吹き矢を引き抜くとその長めの針を、手裏剣のようにヤツのみぞおちを狙って、投げつけた。
筋肉のあるところは弾かれる可能性があるのと戦意を削ぐためだ。
微かな手応え。
奴はぐったりと仰向けに倒れたまま動かない。
俺はフゥゥと息を吐きながら
「Ma’ báa’n a wóol」そう言って吹き矢の男に近寄る。
寝たふりはよせと言ったつもりだが、果たして通じただろうか。
さらに続けて「……Ma’ in p’u’uk a wíinik; táan in k’áat u t’aan le ajaw」
「何、取って食おうってわけじゃないんだ、リーダーと話をさせろ」
と伝えた。
奴はゆっくり起き上がると俺の提案に了承する。
「……Táan」
そして奴は俺の右手を取り持ち上げ雄叫びを上げた。
リンガーは翻訳できなかったが俺にはその雄叫びの意味がわかった。
強者の証。
同時に周囲の殺気がおさまっていくのがわかった。
俺はカレンのいる方に目を向けると、茂みから顔がのぞいている。
ため息をひとつついて手招きする。
隠れていろと言ったんだがなぁ。
恐る恐る、茂みから出てきてこちらの近くまで来ると、
「すごいわね、あなた言葉がわかるの?」
だ、俺はさらに深いため息をついたが、その瞳には賞賛と尊敬の色が見えた。
美人の賞賛とあれば悪い気はしない。
「まぁな」
と短く言って吹き矢の男がリーダーに向かって歩きだしたのに合わせてついていくことにした。
<続>




