7.とある記録と落下 (3)
3.走ってみたり
弱肉強食、強さを示すことができなければ、獲物になるのは俺だ。
10分、短いようだが追うものと追われるものには長く感じる時間。
視線を避けながら巧みにあちこち飛び回りながら移動するジャガー。
自然の障害物を避けながらの俺は全力で走るわけにもいかず、足場の悪さも相まって、グロックの狙いを定められないでいた。
さらに空気の震え、何かの気配の追い打ち。
俺は走りながら左腕を軽く振ると、何かがはたき落とされる。
吹き矢。
何者かが森の騒ぎを嗅ぎつけ追跡を始めている。
子供の全力疾走並みの速度くらいしかないとはいえ、右に左に移動する俺を、薄暗かろうと光源はあるその中にで正確に狙ってきている。
達人どころの腕ではない。
その神業に等しい所業に感心しながら、この追跡劇をそろそろ終わらせようと思案する。
靴は見た目はただのスニーカーだが靴底に特殊な反発素材が仕込まれており、ワンステップでは足の力だけになるから効果も微妙ながら、ツーステップ目で体重をかければスリーステップは高さ3mの壁くらいなら飛び越えることができる。
もちろん着地時にかかる衝撃も吸収してくれる。
そして今走っている地面にはあまり効果は見込めない、衝撃を腐敗した枯葉に埋め尽くされた地面が吸収してしまう。
しかし、ぬかるんだ地面を踏み込みながら、手近な巨木をを思いっきり蹴り、左手腕に仕込んだ単分子ワイヤー内蔵のリストバンドを作動させた。
目標はジャガー のさっきいた太い枝だ。
音もなくワイヤーが枝に絡みつくと左腕を軽くワイヤーを引っ張る。
俺の身体はかなりの速度でその枝に向かって引っ張り上げられ太い枝に取り付いた。
リストバンドに収納可能なカプセルは2つ。
さっき崖から飛び降りるのに使って一つ。
今のでもう一つ、次はない。
カプセルの補充をする余裕もない。
足場の悪さを、鍛え上げた肉体で無理やりバランスをとりながらグロックをショルダーホルスターから抜き放ちジャガーを狙う。
ジャガーは振り向きざまに、その美しい体躯にみなぎるエネルギーを込めて俺に飛びかかってくる。
殺意、縄張り意識、違う、捕食だ。
なら、仕方ない。
俺は構えたグロックを口に咥えるとそのまま後ろにステップを踏む。
空気を切り裂く音も聞こえそうだ。
今まで頭のあったところへ必殺の一撃を首を捻ってかわす。
鋭い鉤爪が頬を掠め、更に髪を少し持っていく。
そのまま今まで足場にしていたその枝にぶら下がると、腕を軸に落下の勢いを借りて、猫科の弱点である腹を蹴り上げた。
ジャガーは手足をばたつかせ落下していくが構ってなどいられない。
悠長にぶら下がってなどいられない。
足先からゾクゾクする気配を感じる。
もう少し厄介そうなのが————— 。
その気配、あの神業の如き吹き矢の名手が近づいてきてるのだ。
殺意は十分そうだ。
俺は枝の上に戻ると気配の視線から逃れるようにその大木の別の枝に取りついて這い上がる。
耳元にヒュッと音が聞こえ冷や汗が出る。
吹き矢、掠っても危なそうだ。
多分猛毒、良くて麻痺薬がぬってあるだろう。
俺は慌てずグロックをホルスターにしまいこんで、ポーチからカプセルより大きい補充ボンベ、不恰好で邪魔だからあまり使わないが単分子ワイヤーの素が詰まったそいつを取り付けて別の木に向かってさっさと射出、目的の場所に食いつくとさっきと同じ要領で軽く引く。
秒速250メートル射程距離は200メートル程度。
あまりにも細くて軽いのがそんなに飛ぶのかって?
射出して伸びてる間はワイヤーロープというより細くて硬い針金の構造体になって張力を得てる。
まぁ、射線さえ通ればなんてことはない。
あと、使い捨てたから最後は紫外線なんかで分解霧散するから安心だ。
そう言う素性変化を盛り込んだナノマシンだ。まぁ人に当てると特殊な薬品が必要になる。
ちなみに超高価である。
2秒後に、俺はそのロープに引き上げられた。
これがボンベのもう一つの機能、200キロぐらいの重さのものならかなりの速さで引っ張ってくれる高速モーターウインチだ。
俺を追ってきている連中は男女含めざっと10人くらいだろうか、それはなんとなくの気配。
ちらりと見えた黒褐色の肌に腰蓑、赤や白のボディペイントなのか入れ墨なのか。
いっそ現代人とは程遠い格好で俺を追いかけてくる。
使用している武器は原始的な木製の弓に石を削った矢じりの矢、動物の皮で作ったスリングショット。
さっきまでは隠密を優先して吹き矢だったのだろう。
バレてしまえば矢や石、槍まで飛んでくるようになっていた。
それはやつら追手との距離がつまり始めている証拠だ。
弓矢やスリングショット、槍などはその予備動作から速度を落とさないといけないが、吹き矢は別だ、息を吸い込む動作だけで発射することができる。そして奴の肺活量ときたら40mは飛ばしてるのではないだろうか。
この命がけの鬼ごっこは土地勘のない俺にはだいぶと分が悪い。
高分子ロープをケチろうと地上に降り立ったのが悪かった。
徐々に包囲される気配、さっきまで後ろからだった攻撃が横からもくるようになる。
なにせ俺の1.5倍の速度、彼らが時速100キロで投げた槍は俺には時速150キロに見えるってこった。
気配はするのに姿を捉えられないのはそのためだ。
周りが不思議なのではない、この世界に紛れ込んだ俺がおかしいのだと気がついた。
だが仕掛けさえわかればやりようはいくらでもある。
俺はリストバンドをまた振るうことにした。
今度は跳躍につかうために、木から木へ枝から枝へ。
俺が跳ね飛ぶたびに木の枝からボタボタと子供の腕サイズの黒い物体が落ちていくのが見えた。でっかいナメクジ、いやあれはヒルだそれも吸い付いたら離れないと言われる吸血ヒルだろう。
それにしてもデカい。
威嚇しているのか驚きのを声を上げているのか奇声が上がる。奇声に聞こえるのは俺の知らない言語でなにか喋っているのかもしれない。
あるいは頭上からぼたぼたとヒルが落ちてきてパニックを起こしたのかもしれない。俺は少し振り向いてその光景ににやりとした。
足止めになればめっけものというやつだ。
気がつけばあちこちでサルも同じように飛び移ってるのを見てサルには遊び心というものがあるのだろうかと思考するくらいには、心に余裕ができていた。
木から木へと飛び移つること数十回をこえる時には追っ手の気配を感じなくなった。ヒルにやられたか他の生物に襲われたかはわからない。
そして俺はようやく、木々の隙間から赤い炎の輝きを見つける。
人里に近づくにつれ猿どもも減っていき、遠目に二足歩行の人影が見えてくるあたりで、猿の気配はなくなった。
そして俺の視線の先、木の棒に磔にされ、炎に照らされたその姿がはっきり見えた。
相馬カレン、SNSの写真で見た容姿だ。
俺を追っていた連中と同じ格好の集団が、カレンの姿に傅いて、呪文のようなものを唱えながら何度も平伏している。
その横には大人が三人くらい入れそうな壺が焚き火に鎮座していた。
風呂?なんてことはないだろうあれは。
ごうごうと燃え盛る炎と、濛々と立ち込める湯気。
言わずもがな、中が煮立ってるとしか思えない。
俺は気配を殺してその集団に近寄ろうとしたとき、一気に緊張感が高まる。
俺を追っていた連中が戻ってきたのだ。
流石に到着は早い。
ただほうほうのていだった。腕をだらりと下げるもの、足を引きずるもの、あちこち何かに刺されボコボコになっているものなどなど、バラエティー豊かだ。
そして頭にえらいこと飾りをつけせり上がった腹を持つ半裸のおっさんか、おばはんかわからんが、そいつと吹き矢のリーダーっぽいのと会話しているようだった。
リーダーは磔のカレンの前に立ち、両手を上げて何事かを皆に告げたように見える。
ざっと、40~50人が立ち上がり、槍だか木の棒なんかを振り上げ、思い思いの方向に駆け出していった。
彼らの狩りが始まる。獲物は俺だ。
俺は何となくそう思った。
<続>




