7.とある記録と落下 (2)
2.飛び込んでみたり
これは無理やり降りるしかないという気持ちになりヒクイドリもどきに気をつけながら、崖まで駆け抜けると、とそこから飛び降りた。
そのまま真っ逆さまなんてことにはならない。
左手のリストバンドの振動が頼もしい。
そのリストバンドには、液体金属の入ったサイズは1センチもないカードリッジ式のカプセルが装填され、リストバンドに電気を流しながら射出する機構が格納されている。
飛び降りた崖に射出すると周囲の空気と反応し、超極細の金属糸を吐き出してその崖にくっつく。
その糸は蜘蛛の糸くらいの細さで電流を流してる間は分子の結合が維持される。
その張力、約2トン。
それはしっかり固定され70キロの俺を支えるロープとなる。
まるで蜘蛛男だと思うと少しいやな気分になった。
そのロープを頼りに崖をほぼ自由落下に近い速度で生い茂る広葉樹の太めの枝に取りつく。
ヒクイドリもどきは追ってこなかった。
鳥目だったのだろうか。
用心しいしい、ゆっくり分子結合糸を伸ばしながら木の根元まで降りる。
俺は夜目がきくほうだが、さらにあちこちにいる蛍の群れ、発光する植物のおかげで、視界には困らない。
ジャングル特有の匂い。
湿った土と微生物に分解された死骸や糞尿、樹液、花の甘い匂いは、食虫花。
そして獣の体臭が混ざり合った説明しようのない濃密な匂いはむせ返りそうだ。
そして夜行性の動物たちの殺気。
姿は見えないのに、気配だけが濃く背筋を撫でてくる。
どこかで枝が折れ、どこかで羽音が走り、どこかで息づかいが潜む。
あらゆるものがごちゃ混ぜになった世界。
煮立っているのは森そのもの。
夜の熱帯雨林は生命の坩堝と化していた。
さてここからどうするか、それはもう決まっていた。
そして俺は確信した。
時間の流れが1.5倍くらい早い。
ユメノカケラの1日は標準時間で約23.8時間。とすると一時間は40分の計算だ。
ここはどこか、なんなのか——
圧縮された世界というのがしっくりくる。
それがわかったところで現状はどうしようもない。
俺は、崖から飛び降りながら、幾つか立ち上がる煙の筋を見つけていた。
多分夕飯の準備、そしてそこには火がある、火を使うならヒトがいる、どんなヒトかはわからんが。
俺はそちらの方角を目指すため一歩踏み出す。
地面を踏みしめるたびに、グジュという感覚が足から伝わってくる、不快だが気にしていられない。
ゴムの木、マホガニーにバナナの木、ラフレシアなどの食虫花、熱帯雨林特有の植物たち。
ちょっと遠目には土色の体毛に黒の斑点が見えるのはジャガーだろうか。
出産時期のメスでないことを祈っておこう、ま、時季すらわからんが。
いまくぐり抜けた木をよく見ると、ぬらっとして、てかてかしていた。
黒と黄色の模様が見える30センチ弱の太さを持つあれはアナコンダだろうか。
その胴体がぐるっと木に巻き付いている。あの太さなら全長は15mを超えているのではないだろうか。
成人男性の頭を噛み砕き、子どもなら一飲みにしそうだ。
何を狙っているのか、俺が通り抜けるたびに起こす葉音、グチャグチャという足音にも気がついているのかいないのか。
また、キラキラした、あれは水滴?のようなものも確認できる。
もっとよく目を凝らすとあちこちに蜘蛛の巣があり、その一つ一つに蜘蛛が張り付いている。
いくつかは何かを捕食しているのがみえた。
俺はさっき木の下を潜った時に拾った小さな丸い石ころで指弾を放つ。
虹糸でできたボディースーツの手から繰り出される指弾は秒速は30mくらい、スチール缶をを凹ませるくらいのパワーを秘めている。
いわんや柔らかいものにあたればどうなるか。
まぁ、進行方向にいた上に俺の頭くらいある獲物待ちの蜘蛛から殺気を感じたからだ。
あと足の多い昆虫は少し苦手だ。
バシュっという音ともに蜘蛛が四散する。
それと同時にあらゆる方向から殺意が俺に集中する。
あの大人の頭ほどもある蜘蛛は鳥を喰うといわれるブロンオオツチグモ……。
殺気、いや生存本能か、縄張り意識か、闘争心をピリピリと感じる。
ちょっと気の弱いやつが見たら卒倒すること間違いなしの危険な動物のオンパレード。
そして、俺はもっと剣呑な雰囲気の殺意を感じてさらに用心する。
全長3メートル強の、さっきみたジャガーがひっそりとついてくる。
あんなのにがぶりとやられたら服は破れないかもしれないが、その中はただではすまないだろう。
俺は足場の悪さもそこそこに小走りなった。
ジャガーの足も早くなる。
確定だ、奴は俺を追っている。
<続>




