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6.とある記録の地下世界(1)

1.富嶺街

 アキラをボディガードに預けた後、ちと休憩しようと、その街のあるホテルに向かう。

 右手に大きな伽藍、派手な寺院。

 そこから少し進むと、景観を損なわないようにと低く建てられた住宅や商用施設がならぶ。


 麗らかな小春日和の夕暮れに染められ、霊峰は赤く、その富士高嶺のお膝元。

 富嶺街と言うのがこの街の名だ。

 その入り口にあるホテルで少し休憩しようと、駐車スペースに車を停めた。


 その佇まいはホテルというより旅館のような作りで、木造の平屋。

 旅館の名前は裏高野だ。

 暖簾をくぐると、高い天井、少し派手だが落ち着いた雰囲気。

 そこに深々と頭を下げる女中がいた。

「遠いところ、ようこそ、おいでくださりました」

 声にハリと圧がある。

 その所作には優美さをかねそなえながらも力強い何かを感じる。


 ゆっくりと顔をあげる女中。

 その顔に見覚えがあった。

 大阿闍梨、覚華、そして富嶺海珠院の管主その人だった。

「なにやってるんだ、あんた?」

「うちの慈愛がなんや手間かけさせた言うさかい、こうやって、お礼をさせていただこうと思うて」

 手を口元にかざし笑う。


「暇か……」

 俺はため息をついた。

「なかなか似合うやろ」

 そう言ってくるりと回ってみせる。

 エセ女中め……


 ちなみにこの女は親父の元愛人の一人、まぁ身辺整理のリストに乗ってただけだが。

 俺の古い知人で学生時代の先輩、そして元依頼人。

 本名は、杠葉ゆう華。

 だが正真正銘の僧。


 古い知人といっても、俺はその少し前ここに忍び込んで裏帳簿を拝借したことがある。

 そもそも彼女が、その依頼人でもあったのだ。


 元祖・真言宗

 その教義はまぁ簡単に言うと、人の人たらしめんどするその意思のある行動こそ、元祖真言宗の真髄。

 このAIと機械とハイテクに見舞われた世界に人とはなんぞやと問い続ける。

 神聖連合の一角。

 

 当時、元祖・真言宗は、財政が立ちいかず各地で信者離れが進んでいた。

 そもそもが土着宗教で、信者を集めるというよりもその土地に生まれたときからその信者になるという代物だ。

 それを救ったのが、覚華の裏帳簿の実態告発と、資金を使い込んだ上層部の追い出しだった。


 それから元美形子役の慈愛アキラの入信や、妊娠促進薬の売上を元手に未来は安泰となった。

 まぁ、話せば長くなる。


 ふと、あることを思い至る。アルテイシアを消しかけたのはこの女ではなかろうか。

 俺はそれとなく覚華に聞いた。

「まさかとは思うが……ヴァルキュリアを消しかけたのって?」

「まぁまぁ、慌てないで、その話は奥でゆっくり……な?」

 そう言って俺にウィンクをよこす。

 俺は黙って頷くのだった。


 エセ女中、ゆう華に案内されて、奥の“龍猛の間”へと足を踏み入れた。

「あいにく、この部屋しか空いてないねん」

「堪忍したってや」

 そう言って、ゆう華は引き戸を開け俺を中にいざなう。

「ささ、どうぞどうぞ」

 俺は黙って頷くと靴を脱いだ。


 部屋は二つの続き間で、広縁の先には見事な庭園が広がっている。

 磨き上げられた黒檀の床柱に、重厚な木目を活かした床の間。

 天井には細やかな細工が施された格天井が組まれ、部屋全体に沈香の微かな香りが漂っている。

 広縁の向こうにしつらえた庭園は、苔むした岩肌を縫うように清らかな小川が流れ、手入れの行き届いた松の緑が夕陽に照らし出されて美しく影を落としていた。

 そこには、作られた自然があった。

 俺は、しばしその庭に見とれたのだった。


 俺が広縁の椅子に腰を下ろすと、ゆう華はなぜかアイスコーヒーを入れてテーブルに置くや、もう一つの椅子に座った。

 俺は、やれやれと言った口調で問いかける。

「アキラの情報流したのはあんたか?」

「……」

 異性を虜にするフェロモン、そういう特異体質を持つ二人、アキラとアルテイシア。

 同じ場所にそのふたりがいたらどうなるかわかってやってるんだろうか?


「いや、九十九ちゃんがいるから平気かなって、あはは……」

「ちゃんはやめてくれ、俺もそろそろ、30に足がかかるぞ」

「女の前で年の話なんて、相変わらずよね」

  

「でも、あの二人、このままじゃ可哀想だもの」

 本人たちは気が付いてないが、あの二人は幼馴染で、そして。

 おれはため息が出る。

 

 そして、結果的にここに来ることになった。

 だが、教義はまともで、人の人たらしめんどするその意思のある行動こそ、元祖真言宗の真髄。

 このAIと機械とハイテクに見舞われた世界に人とはなんぞやと問い続ける。


 

「で、本題は?」

「これ」そう言って懐から紫色の布に包まれたものを取り出した。

 何かの台座のようだ。

 窪みが二つあり何かをはめるようになっているように見える。

 

「源次郎さんから預かってたの、返しそびれちゃって」

「それ返しておこうと思って」

 ゆう華はそれを指でつまんで持ち上げる。

 

 少し大きめの、楕円形金属の輪っか。

 細い鎖。

 銀製。


「なんだそりゃ」


「わかんない」

「ただ、何となく渡す時と相手がわかるんだって、元次郎さんが言ってた。」

「それが今」


 俺はもう一度

 「なんだそりゃ」

 と言った。

 

 俺はそれを黙って受け取る。

 

 それから、世間話を少ししながらアイスコーヒーを飲みきると、 「寝る」といって、ゆう華をたたきだして少し眠ることにした。

 

 晩ごはんくらいたべていきーな、お風呂くらい入っていきーなと甲斐甲斐しく世話を焼こうとするゆう華に翻弄され、結局街を出たのは明け方だった。

<続>

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