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5.とある記憶と再生 (2)

3.雷火らいか

 十八時五十五分 母からもらった腕時計を見ながら、バイクを降りた。

 そして雑居ビルの階段を上がる。

 母がお金のためと言ってアルバイトをしていたクラブ『セブン』。

 かくいう私も、大学生の頃にバイトしていた。

 人生経験としてちょうどいいとは母は言っていたから水商売に反対はされなかった。

 田舎の場末のクラブは、客も優しかったように思うが、オジサン慣れしていたため、割と気楽に働けたような気がする。

 

 そして、店長に先回りの布石に協力してもらう。

 母が働いていたときの常連、ケイさんに声をかけさせるのだ。

 

 茶髪のウィッグ、少し若作りの化粧、胸元が大きく開いたドレス。

 友実を知ってるからこそ見間違えるくらいの変身。

 源氏名はライカ、弾丸を撃発する時の火花に似て今の私にふさわしい名前だろう。


 店長から、成功の連絡があったとボーイが教えてくれる。

 そして次の仕掛けが始まる。


 私はボーイに案内されて、ケイさんの座る場所に赴く。

 彼は、背に壁、出入り口がよく見える場所を好む。

 

 そして、ケイさんと顔を合わせる。

 ちらりと私を見て、ボサボサの髪の隙間から覗くその目が大きく開くのがわかる。

 勘違いしなさい。

 スタートはそこでいい、そしてそんなこと信じなくていい。

 どっちかわからない、ありえない。

 それが重要。

 彼は私に座るよう無言で促すとタバコに火をつけ視線を泳がせる。

 私はそれを動揺と捉える。

 大切なのは間だ。

 緊張で声が上ずるのではないかと心配しながらの一言。

「水割りでいい?」

 まだこちらを見ようともしない。

 「濃かったら言ってね」

 まだコチラを見ない。

 「なに?どうしたの?、誰かに似てた?ふふふ」

 じっと天井の一点を見ているケイさん。

 それがなんだか、動揺して怖気づいちゃってまぁ、私は自分の気持ちを鼓舞するようにそう思った。

 

 その空気の主導権を無理やり取るための一言が彼から放たれる。

 「まぁ、何か飲みなよ、酒でもなんでも、いらないなら別にいいが……」

 この人は誰にでもこういうことをするのだろうか。

 場慣れしてる。それが私の心にちくりと刺さる。

 わたしはすかさず

「やたっ、うれし」

 といって注文をした。

 

 ボーイに頼んだ緑茶ハイで乾杯、彼のグラスに私のグラスをぶつける。

 結果的にはそうだ。が、大切なのは順序だ。

 

 二回戦の開始の合図、引き金が雷管を叩いて私は火花を散らした。


 「で、誰に似てたの?」私は目を細め彼を睨むように見る。

 「どうしてそう思う?」質問を質問で返す、まだ遠いのだ仕方ない。

 「え、なんとなく?女の勘ってやつよ」私はさらに間をさぐるようにそういった。

 「そうか」とグラスを煽る彼はしかめっ面をした。

 「濃かった?」少し不安がよぎる。

 彼の顔が左右に振られ、否の意思表示と少しの沈黙。

 

 「私を見る目がね、誰かに似てたの、でも誰かは……わかんないの」

 嘘で塗り固めた語尾の言葉が消え入りそうになる。

 それを打ち消すように、変よねと言って私は薄く笑った。

 

「お父さん?とかじゃないか、結構俺、年だし」

 そうだったかもしれないし、そうでもないかもしれない。

 私はその彼のセリフに寒気を覚えた。

 嘘のほころびを拾われた、そのどっちも可能性はあるんだと。

 その動揺を隠すため、その動揺がうまくケイさんって呼んでしまうのを避けさせた。

 「えー、お父さんって、お客さん、あっと、名前なんて呼べばいい?」

 「『やまもとけんたろう』で、略して呼ぶなよ、フルネームで呼んでくれたまえよ」

 彼も嘘をついた。

 「あはは、かしこまりました、『やまもとけん』さん、ってそんな年じゃないでしょ?」

 互角になる。

 「いやいや、これがけっこうわりとそこそこにいきつくところまではいきついてるんだなこれが」

 「なにそれ、いきつくとこなんかあるの?おかし……」

 クスクス。

 でもこの感覚懐かしい。

 打てば響くような会話、途切れないそのテンポ。

 私はその10年の呪いを忘れたかのように会話に引き込まれていく。

 

 背後に店長の気配、私はハッとして自分を取り戻した。

 このタイミングに私は感謝した。

 私は顔を低くして上目遣いに、あの頃にはできなかった技を披露するかのごとく甘えるように言った。

「ね、このままここに座ってていい?」

 顔にかかりそうになった髪を、耳に沿ってかき上げる。


「そう望むならそうしなよ。ただ、つまらないと代わってもらうからな」

 他に客もいないけれど、彼はきっと私を留め置くだろう。

 私でなくてもそうするのだろうという予感がして、少し複雑な気持ちになった。

「まかせて、私は大丈夫、ていうか、私がつまらなくても『やまもとけん……しろう』は面白いわ」

 と私はガッツポーズを作り

 「お手洗い行ってくる」

 と言って、立ち上がると

「『やまけん』もいく?」

 腰に手を当て、親指で奥の部屋を指す。

 彼を従えて歩く私の顔はとても上機嫌に見えたに違いない。


 私はトイレで大きく深呼吸する。

 彼のペースに巻き込まれないよう、意識をしっかり持つのだと自分に言い聞かせる。

 彼との会話は、それほどまでに私にとっては面白いのだ。


 席に戻ると彼はグラスになみなみと安物の焼酎を注ぎ足して、指でかき混ぜてごくごくと煽っていた。

 そういえばこの人はお酒も強かった……。

 濃かったのかまずかったのか見慣れたしかめっ面に思わず微笑んでしまった。

 

 「お酒、やっぱり強いんだね」

 そう言ってここぞとばかりに彼のパーソナルスペースを攻めるため彼の横に座る。

 

「なぜ横に座る? 正面に座れよ。狭いし、目が悪くてよく見えないんだよ」

「え? なんで? いいじゃない」とすかさず応戦した。

 緑茶ハイのアルコールが少しきつめだったのかもしれない。

 店長が景気づけに入れてくれたそれが私の距離感を狂わせ、その密着しそうな距離感に私自身の余裕が削られる。

 

 彼は奥に逃げようとして失敗する。

 その彼の顔は、今までにないくらい――

 

 ここに座らせたことは想定済みなのよ。

 うふふ、絶対逃げるんだから。

 そこから先は壁。逃げ場はないのよ。


 私はアルコールの酔いで気が大きくなり、その後も彼とどうでもいい話をする。


 はっと気がつくと二十二時。あっという間の二時間だった。

「すごい、すごい、なんか無限に喋ることがあるみたい」

「ねぇ、なんだか今日初めて会ったとかじゃないみたいなんだけど!」

 やばい、私のほうが、ケイさんの軍門に下りそうになってる。

 血が頭に上っていく。それが羞恥心なのか、お酒のせいなのかもうわからなくなる。


 ケイさんは「そうかい? 」と言って財布を取り出した。


「で、結局誰に似てたの?」

「あー、いや他人の空似さ」

「ねぇ、また会える?」

「どうかな、縁があれば。そして、また会いたいと思えば会えるんじゃないか?」

「……私、楽しかったよ?」

「それは良かった。仕事して楽しいのはとても羨ましい」


 そう――また会いたいと思えば会える。

 この言葉が聞き出したかった。

 扉が閉まってもなお、そこを見つめ続け、その先にいるであろうケイさんの背中を想った。


 店長に礼を言い、更衣室へと向かう。

 私は黒い石のネックレスをギュッと握りしめて祈る。

 あとはあの子――カレンがなんとかしてくれる。


 そして、あの時を待つだけだ。

 この世界を再び動かすその時を。

 <了>

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