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4.とある記録の惑星 (6)

6.酸

「でも、どうやって連絡しようかなぁ」

 俺はシャツの胸ポケットから『スマートリンガー』を取り出しアキラに渡す。

「耳に寄せてそのまま喋れ」

 アキラの顔に???が浮かぶが、なんとなくのイメージで、スマートリンガーを耳元に寄せる。

「えーっと……」

「あ、ご無沙汰してます。元気かな?」

 

(相手はウチのAIの奴らだ)

 

「え、あ、はいそうです。大阿闍梨の覚良さまに……はい、大丈夫です」


(ほとんど分かっているはずだ)


「あ、はい。こ、こちらこそ失礼します。……え、今度AIが子供を作る実験?ですか?あーはい、なるほど。それは夢がありますね。あ、はい、今度連絡いただければ」

 

(…………………………勘弁してくれ。) 


 「はい、失礼します」

 

 スマートリンガーを俺に渡そうとして、アキラは憮然とした。


「なんか、全部分かってたみたいな口ぶりだったなぁ」


「す、すまんな」

(変なこと吹き込みやがって、アルファめ)


 しばらく広い道路を静かに走っている、その先に短めのトンネルがあった。

 そこに差し掛かる。

 アキラのためにヘッドライトをつける。

 この中は微妙に曲がりくねっているが、俺はつけなくても分かる。

 トリプルDで仕入れた知識だ。

 

 ちなみに、このスマートリンガーはちょうど人差し指と親指で輪っかを作ったようなデザインとサイズだ。

 本来は耳に引っ掛けて使う。

 こいつは、物質を媒介に通信プロトコルを確立する。

 どういうことかって、人が認識している物質が媒介される。


 距離? 人間が存在している場所ならどこでもだよ。

 つまり観測対象を媒介にして、人の記憶と周囲の記録からプロトコルを構築して音だけを届ける。

 その範囲はほぼ無限。人と人がそこにいれば、あとは音声を伝達することができれば誰とでも会話できるのだ。

 もちろん相手もこのスマートリンガーを使う必要はあるが。


 それでいて、利用するエネルギーは伝わる情報で賄ってしまう。

 糸のない糸電話みたいなもんだった。

 運用する上では相手の特定やらいろいろあるが、まあ今はとにかく「糸電話」くらいに思っておけば良い。


 ただ使い勝手でいくと、このサイズで連絡先を指定するのが難しいので中間にオペレーターが必要ではある。

 それはうちのAIどもがやってくれる。

 話しかけるだけでオッケーなのだ。

 便利だろう?


「食べ損なったなあ。なんだっけ、あんころソーダ餅パフェだっけ?」


「なに、また機会はあるさ」

「そうだね」

 と俺たちはひとしきり笑った。


 そしてアキラは真面目な顔で、

「あー、後……追っ手がついてるって言ってたよ。例のあの女だって。十分もしないうちに追いつくって言ってたよ」


「そうかい」


 俺は内心ほくそ笑みながら、さらに車の速度を上げた。


 トンネルから抜け出し、湾岸の大きく緩やかな連続カーブに差し掛かったところでそれは起こった。

 道路を照らす街灯の何本かが真ん中あたりからぐにゃりと道路めがけて折れ曲がる。

 それも凄い勢いで何本も、だ。

 無秩序に当てたんじゃこうはならない。

 精密にそう曲がるようになにかを当てたとしか思えない見事さで、道路側に折れ曲がる。


 俺は仕方なく、三車線で街灯が倒れていないところへ入り込むため車を蛇行させるしかなかった。

 そうでもしないと鉄柱に突っ込むことになる。


 これは街灯の鉄柱を瞬間的に灼熱させるほどの威力を持ったレーザーが照射された結果だ。

 そんなものに狙われては敵わない。

 俺は咄嗟に「喋るなよ」とアキラに伝えると、思いっきりブレーキを踏む。


 車はその急ブレーキに耐えきれずスピンを始めるが、ハンドル捌きでなんとか逆向きに立て直すとそのままアクセルを思い切り踏み込んだ。

 逆走だが仕方あるまい。

 右に左に折れた街灯を避けながら走っていたがなぜか俺ら以外の車はなかった。

 

 急にハンドルが突風に流されたと思ったら、横合いから黒い塊が現れる。


 ガンシップ。

 それも、速度重視のジェット付き。

 かつ、高出力レーザーまで搭載した今どき地上で使い道はないと思われた装備をしていた。

 電柱の進路妨害もそのレーザーの仕業だ。


 あのレーザーで狙われたら敵わないとばかりにさらに加速する。

 その速度350キロ。

 対するガンシップは200キロ。

 相対速度で500キロ近くあるだろう速度でガンシップとすれ違う。

 レーザーは発射されなかった。

 逃げる車を追いかけるつもりだったのだろう。

 まさか突っ込んでくるとは思うまい。


 さっき抜けたトンネルに突入する。

 今度ばかりは対向車がいるがお構いなしに突っ込む。

 途中にある非常停止帯にスピンしながら車が停止した。

 路面に焦げたタイアの跡を残しながら。


 「むちゃくちゃしやがる」

 と、自分のことは棚にあげる。


 俺はアキラに「待ってろ」と伝えると、車外に出る。

 トンネル特有の風が焦げたゴムの匂いを撒き散らしている。

 

 愛車を傷つけられては堪らないと少し急ぎ気味に入ってきた方向へと移動する。

 なぜそっちなのかって?

 今頃、トンネルの入り口は出入り禁止措置が取られて大渋滞しているからさ。


 トンネル内はオレンジの街灯が等間隔で並んでおり視界には困らない……はずだったが、それがふっと消え、一瞬で暗闇に包まれた。


 俺の進行方向、トンネルの出口側からキチキチという、少し神経に触る機械音が聞こえてくる。

 俺はポケットからハンカチを取り出すと口元に当てた。こんなところで催涙ガスでも使われたらたまらない。


 襲撃を想定していなかったため、手持ちの武器はドローンに襲われた時に使ったグロックと、胸ポケットのシガレットケースに収めた数本の葉巻――でカモフラージュしたスタングレネードと燃焼手榴弾くらいだ。


 車のトランクにはそこそこの装備が収納されているが、取り出している余裕はなさそうだ。

 少し心許ないが仕方がない。


 俺は轟々と唸る風音の中から、ひたひたと聞こえる足音の気配と熱源を感じ取った。あれは人だ。


 そして、このキチキチいう音の正体もうっすら見えてきた。

 手のひらサイズのクモ型ドローン。

 糸を吐き出す尻のあたりから、ビュッと何かが飛び出した気がした。咄嗟に右へ避けると、今まで俺がいた場所からシューシューという音と共に嫌な匂いが鼻をつく。


 酸だ。


 まったく、不愉快な武器である。


 あの女の声が暗闇に響いた。

 そのよく通る色っぽい声は、トンネル内で薄く反響する。


 『安心しなさい。それは人体以外を溶かすの』

 『ちょっとヒリヒリするけど、死にはしないわ』


 俺はさらに嫌な気持ちになった。

『服だけ溶かされる気持ちがどんなものか、知るといいわ!』

 ……世の男子諸君。知らないところで変な恨みを買うこともあるのだから、自重していただけると助かる。


 俺はすっかり呆れ果て、グロックをクモどもに向けて次々と引き金を引いた。

 トンネル内に響く銃声が喧しいが、仕方あるまい。

 都市警察が来る前にカタをつける必要がある。


 だが、クモ型ドローンはその銃弾を巧みに避けた。

 最近のドローンは普通の拳銃で当てることすら難しくなっている。

 だが、俺の狙いはそこじゃない。


 俺は女に向かって一直線に突進した。

 クモどもが人には無害な溶解液の水鉄砲を撒き散らすと、シューシューという音と共に鼻をつく臭気が立ち込める。


 俺は腰のベルトを左手で引き抜いた。別に脱ぐためじゃない。

 アルテイシアは目をこれでもかというほど見開いているが、そのベルトをしならせると節々が外れ、鞭のようにしなった。


 ヒュッ、と風を切る音が聞こえた瞬間、それがアルテイシアのくびれた腰に巻き付いた。

 そのまま位置を入れ替えるようにアルテイシアの懐へ飛び込むと、さっきまで俺のいた場所へアルテイシアが勢いよく引っ張り出される。


 『空蝉返し』――我が家に伝わる紐術の妙技だ。力加減が難しいが、上手くいった。


 そしてタイミングよく、その位置にドローングモが大量の溶解液を吹き付けた。

 元・俺のいた場所。今・アルテイシアがいる場所へ、だ。


 俺は心の中で宙を仰ぎながら、そちらを見ないようにドローンへ向けて再び引き金を引いた。


 今度は2発ずつ。一発目は避けられても、避けた先に新たな銃弾が飛んでくる二連射ダブルタップだ。

 さすがにそれは避けられまい。


 カシャン、カシャンと、壁に張り付いていたドローングモが地べたに落ちていく。

 合計5体。


 銃声の余韻が収まると――シューッという嫌な音と共に、凄まじい悲鳴がトンネル内に響き渡った。


 『きゃあああああああーーーっ!?』


 ……俺、悪くないよね?

 

 俺は暗がりなのをいいことに車に戻ろうと、蛇腹刀を腰に戻そうとした――その時である。


 パッと周囲が明るくなると、眼前のトンネルの壁に二人の影が大きく長く映し出された。

 車のヘッドライトが、ハイビームで俺とアルテイシアを煌々と照らし出したのだ。


「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえる。

 自分の今の姿がはっきりと見えたのだろう。


 俺はなるべくアルテイシアの方を見ずに振り返り、


 「おい、出てくるな!」


 と大きな声で怒鳴った。


「なんでさ、可哀想じゃないか」


 トンネル内に大きく響く声と共にアキラが車を降り、着ていたジャケットを脱ぎながらこちらへ駆け寄ってくる。


 (あー知らね、もう知らね)


 心の中で現実逃避しながらアキラの腕を掴むと、「行くぞ」と短く伝えた。


「ちょっと待って、ほら」


 と言って、アキラはアルテイシアの肩にジャケットを着せると、その腕を取って連れて行こうとする。


「待て待て、そいつは置いていく!」

「なんでさ。こんな格好でこんなところに置いていったら、僕の名が廃るよ」


 ふらりと、今まで立っていられたのが不思議な状態だったアルテイシアが倒れかかるのをそっと支えると、


 「こんな状態の人を置いていけないよ」


 とさらに言った。


「いいんだ、そいつは自業自得なんだ! あとで説明してやるから、今はそいつを置いていけ!」


 これ以上面倒はごめんだと言わんばかりの勢いで俺が睨みつけると、アキラは渋々抱きかかえた少女をそっと座らせた。


「ごめんね」


 と少女に伝えた時、我に返ったアルテイシアの潤んだ目と、アキラの目が真っ直ぐに合ってしまう。


 俺は大きくため息をつき、アルテイシアからアキラをひっぺがすと、車の助手席に押し込んで強引にスタートさせた。


「お前、あいつが誰か知ってるのか?」

「もちろん。純潔教の戦闘隊長でしょ? それくらいは知ってるよ」

「そうか」


 俺はそれ以上何も言わなかった。

 向こうから純潔教の御一行がトンネルの奥へ走っていくのが見えたが、無視する。こちらに敵意はないようだ。


 トンネルを抜けるとガンシップは影も形もなく、折れた街灯を避けながら街道を抜けていく。

 俺は後部座席に置いてあるバスケットを取り、蓋を開けてその中から大きめのおにぎりを取り出した。


「うわっ、おにぎりだ!」


 アキラは嬉しそうにそれに齧り付いた。

 俺も一つ左手に取ると、同じように齧り付く。


 そしてスピーカーから松田聖子の『青い珊瑚礁』が流れ出したとき、車は無事に目的地へと到着したのだった。

 俺はアキラを護衛たちに引き渡す際、彼に向けて言葉をかけた。


「じゃ、また時間ができたらな、今度はゆっくり飯でも食おう」

 と伝え、俺はまた一人へと戻ったのだった。

 <了>

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