2.とある記憶と終わり(1)
1.勝手に始まるモノローグ
吾輩はおっさんである、名前もおっさんでよい。誰も困らない、以上。
ふとなぜそんなことを思いついたのか、俺にもよくわからん。
結果には因果が伴う、物理現象においては、だが精神活動についてはその確たる理由を明確にすることはない。
明確にしても証明はできない。そして証明するような相手もいない、いやいるにはいるがそれは俺自身である。
俺の体内時計は、「そろそろ帰宅しようぜ」 と囁く。
だから時刻は午後五時半くらい。
その精度はなかなかのものであることは、ここ10年の信頼度を経てほぼ確信に変わっている。
ただ、その囁きに従ったことはほぼない。
狭い喫煙ルーム、壁に背を預けて、タバコに火を灯しながら深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
咥えタバコのまま空いた左手で顎をさする。
昨晩、風呂上がりに適当に済ませたヒゲの剃り残しが、今になってやけに主張してくる。
ただ、ただその感触だけが、「ああ、今日もおっさんだな」とことさらに実感させた。
また一口、タバコにつけた火が強く輝く。
ふとよぎる思考、仕事の合間に訪れる思考の空白。
「俺は人としての生き方を全うしているか? そもそもヒトとは……」
それは、結果的には考えてみたとか思いついてしまったというべきか。
思い付きというよりもぼーっとするということが苦手なだけなのだが。
感情の起伏に乏しい。
声は笑ってるのに、自分で自分の表情がわからない。
それは人としてどうか、他人から見てどう見えるか。
声音だけで空気が変わるから顔に出ない、それを嫌とも良いとも感じなくなっていた。
最も根源的な問い、俺は人なのだろうか。
そういう思考が、俺の中の人という定義を変質させていく。
それは俺としての価値観であり、他人は違う。
明確な線引。その考えだけは絶対に忘れてはならない。
それがなくなると、本当に魔が刺してしまう。
それが、俺の考える「人という定義」の最後の砦だと思っている。
「色即是空空即是色、我あるがゆえに我あり、俺は生きているのか、俺は存在するのか、世界とは?ヒトとは?」
自問自答するくらいしか考えることがない。
そして他に何もないからそんなことに脳のリソースが振り分けられただけなんだ。
なんだ思春期か?とか、自分探しかよとか思って心の中で赤面する。
確かに世の中というのは知らないことが多いし、それはきっと幸せ。
多分そんな事はいちいち考えたりするものではない。
俺は俺に言い訳する。
そして、頭の中に別の人間がいるような掛け合いと感覚は独り身には必須のスキルだ。
いやカッコよく言おう、客観的に自分を見つめる能力だ。
吸ったタバコの煙を吐き出した。




