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3.とある記憶と始まり(1)

1.思い出 その出会(前編)

 

 昔のことを思い出す。

 いい思い出なのか嫌な思い出なのかは分からない。

 思い出とは常にいいものだとは限らない。

 そう言ったのは彼だ。でも私はその思い出はとても大切だった。

 だって————


 お母さんが帰ってこないのは、ままよくあった。

 ただその日は特に遅かった気がする。

 10歳の私には大人の都合なんてわからない。


 子が母に不安を覚えさせられるのは、大人の理屈。

 母が子供に不安を与えているのは、大人の都合。慣れているわけじゃない。

 よくわからないけど「生活のため」とお母さんはよく言っていた、だから我慢していた。

 

 でも、大人たちは我慢は我慢というが、何を我慢しているのか私にはわからなかった。

 黙って目を瞑り何も言わず、何も聞こえないふりをすることが我慢なのだと思っていた。


 私はそれを寂しいという言葉に変えれるほど成熟した知性を持ち合わせていなかったかもしれない。

 わからないことへの不安。

 

 冷蔵庫の振動する音、外で吹く風、自動車の走り過ぎる音、まだそれが何か分からないからこそ気になる。

 

 時計の針は9時。外はもう真っ暗ですごく眠かった。


 インターホンが鳴る。

 いつもドキッとするが、こんな時間に鳴らすのはお母さんしかいない。

 違う人だったらどうしようという想像力が働くにはまだ未熟だった。


 玄関についてる覗き窓を覗く。

 そうしなさいと言われていた。

 背が足りないからいつも椅子をそこに置いてその上に乗って。


 窓の向こうに母が立っていた。

 なんだかフラフラしてる、酔っ払ってる?

 でも目元が赤い気がする。

 泣いた後かもしれない。

 でも不安じゃなくなるなら少しの変化も気にならなくなる。


 椅子を退けて、鍵をはずす

 そのわずかな時間が少女をまた不安にする。

 ドアを隔てた向こう側に現実感がない。

 しょうがないこれは思い出なのだから。


 ガチャリ

 それは魔法の音、母が子を自分の半身のように思うなら子供は自分のことのように思う。

 かけたピース、失われた半身が戻る瞬間。

 でも今日は、少し違った。

 

 ドアをそっと開く。

 その瞬間が私は好きだったと思う。

 多分不安がなくなる瞬間だったからかもしれない。

 

 そして私は彼と出会う。

 母の後ろに直立不動。

 手には大きな袋

 ボサボサの髪の毛に隠れてあまりよく見えないが、そっぽむいたその不機嫌そうな顔。

 

 怖い。

 

 第一印象は多分最悪だったのではないかと思う。

 

 ふらふらの母を支えようともしない。

 ようやく母が倒れそうになると腕を掴んで支える。母の腕は痛そうだった。

 そして彼は「勘弁してください」

 小さな声なのによく聞こえる。そんな声。

 私は素直にそれを酷いと思った。

 母を泣かせたのもこいつじゃないかとも。

 

 ただ、この男の人と会った記憶はないのに声には聞き覚えがあったような懐かしさがあった。

 

 母は彼を睨もうとしたが、私に向き直る。

「遅くなってごめん、トモミ」

 そして彼への仕返しとばかりに

「新しいお父さんつれてきたから」

 えっ私は困惑しそうになった。

 男は表情すら変えず

「子供にそういう嘘はよくありません」

 一つも仕返しになってない。

 びっくりしたのは私だけだった。

 

 母は酔っている。

 それを恥ずかしいとは思わなかった。

 それでも母はキレイでかっこよかったと思う。


 その男は母をゆっくり座らせると、大量に何か入ったスーパーの袋からペットボトルを取り出しキャップを緩めてから母に渡した。

 そしてしゃがむと私にその袋を手渡そうとする。

 中を覗き込んだら甘いもののオンパレードだった。

「こんばんわ、トモミさん」

 呼び捨てでも、ちゃんでもない、腰を低く降ろし目線を合わせる。

 私の周りにいる大人たちと違う。

 子供扱いしない、そんな風に思えた。

 

「つまらないものだけどこれ」

 ちらりと母を見ると母は私を優しく見守っていた。

 私はその袋を手に取る、ずっしりしてる。

「あ、ありがとう」と小さく呟いた。

 男は軽く頷くと踵を返して去って行った。

 

 いい人なのかもしれない。

 子供とは現金なものだ。

 

「ああいうやつなのよ。」

 さっきまで泣いてたんじゃないかって思うくらい目を腫らしていたのに、何だか嬉しそうだった。

 <続>

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