2.とある記録の始まり(5)
5.存在するとは?
ただ、存在しないものを守ることはできない。
数値上の存在がないのに、何らかの記録だけはある。
まるでおとぎ話のような存在。
だんだん飽きて、なんだかどうでも良くなってきた。
ジジイは、報酬について承諾した。
一言添えて、それは娘が持っていて、交渉はそっちで頼むとこのことだ。
まぁいい、あるならそれで。
そしていないものを守るとは。
他にもいろいろな便宜を図ることや諸々の保管費用、利用料など必要経費など細かい契約書を人の姿をした人ならざるものに作らせる。
それを補償型の担保通信経由でおっさんの当てに送付した。
細かい契約の承諾証明を確認し、んじゃ報酬の件忘れるなと伝える。
ぶっと音がして ツー、ツー、ツー という音がそのうち聞こえなくなる。
俺がニノマガタマを欲する理由。
それは、俺のバックボーンである九重家の家業――遺失物管理に由来する。
昔は、探し出して秘匿することだったそうだ。
だが、それはもう昔の話だ。
現在はその実物というより、失われた技術を情報として採取、それを各共同体に売却することで生計を立てている。
時代の流れ、ライセンス契約になっている。
たとえば、この宙航船 ダブルヘッドドラグーン(長距離宇宙航行船)は造船メーカーの星立造船の汎用型を模している。
人類が太陽系外の宇宙へ本気で挑んでいた頃の基礎設計だ。
それは西暦203X年――人類の荒廃・退廃期、あるいは地球の減退期。言い方は色々あるが。
その本質は、何でも手に入る世界ゆえの衰退だった。
人口減、技術革新の停止、幸福麻薬の過剰分泌――それらが相まって、数字的に見ても明らかな落日への道を辿っていたのだ。
ただ、この基礎設計は西暦2068年頃のもので、かつてのあの地球で開発されたもの。
設計図はあるのに、作りにくい。
なぜか。基礎要件が不明だからだ。
なぜこの形なのか。なぜここにエンジンがあるのか。
それがわからない。
そして俺たちはそういった情報を収集し、必要に応じて売却している。
――その中でも、読み解けないデータがたまに混ざる。
その解読のために、ニノマガタマが有用である。
……ということだ。
ちなみに、俺のダブルヘッドドラグーンは出回っているものとちょいと違う。
あと、俺が所有するライセンスは10万件を超えることくらいは言っておいてもいいだろう。
なに、ただの自慢さ。
俺はビーチチェアから立ち上がると右手の指輪を閃かせながら大きな伸びをした。
アルファの姿はもうどこにもない。
ふっと周囲の光が薄くなったと思うと夕暮れの浜辺が綺麗さっぱり消滅する。
白色自然光で世界はリセットされたかのようにだだっ広いだけの四角い空間に切り替わったのだ。
際どい水着も、家族連れも、輝く少女も何かも消え去った。
映像とは人が見て初めて意味を持つ。そこに配置された登場人物達にすら関係がない。
そして俺は出口に歩き出した。
残された白いテーブル、ビーチチェア、飲みかけのビール缶、食べかけの焼きそばと割り箸。
そして、四角で無骨な機械をラジカセと奴は言っていた。
が残っており、なぜか風に飛ばされたはずの麦わら帽がラジカセから伸びたアンテナに引っかかっていた。
その白いリボンだげが風にそよいでいる。
そこだけ夏が切り抜かれたように、だけどそれを目にするものはもう誰もいない。
そして、俺が部屋を出ると同時にトレーニングルームは真っ暗になった。
とある記録の始まり(了)




