2.とある記録の始まり(4)
4.記録と記憶と本物と
多分当たり障りのない情報が開示されているはずだ、ほぼ本当だ。実態はともかくな。
声だけはおっさんだが年は爺さんと言っても過言ではないというか、きっとジジイは[ぐぬぬ……]とうなって(ス ピーカーから聞こえたんだからしょうがない)、それでも頼れるのは俺だけだと思い至ったらしい。
[き、君は……そうか、あの九十九君か!]
となぜか納得したような雰囲気を醸し出し、こちらが聞く間もなく用件を捲し立て始めた。
そしてなぜかスピーカーの音量が上がった気がして、アルファを睨みつけた。
奴め、ぷいとそっぽを向きやがった。あとでとっちめてやる。
おっさん、もといジジイは叫んだ。
[む、娘を……娘を守ってほしい!]
そんなもの自前の警備に頼めばいいはずだ。
一国の国家元首がそんなこともできないのかと思ったが、いまは亡きあのくそったれの親父を頼ってきたということは……まあ、それなりの事情があるのだろう。
「お門違いだ。ボディーガードなら他をあたれ。なんなら優秀な奴を紹介してやろうか?」
そう口では突き放しつつも、俺の頭は回転していた。
わざわざ親父に連なる人間に頼むということは、何か裏がある[元次郎君に、娘に何かあったらこれで連絡しろと言われてかけたんじゃ、もう少しその……]
俺はわざとらしく「うーむ」と声を漏らして唸ってみせた。ジジイの言葉は半分無視して別のことを考えていた。
このご時世、顔を見ながら話す立体通信などが当たり前だが、どうやらこの古いケータイは音声データしか処理できないらしい。
データサイズがやたらと大きいアナログ音声だが、それを変換するモジュールが今なお健在なのは驚きだ。
ごねても仕方ない上に、親父の金以外の後始末。
興が乗った。
「いいだろう。ただし報酬はこちらで指定させてもらう」
スピーカーの向こうから、息をのむような緊張感が伝わってくる。
顔が見えないアナログ通信だからこそ、余計に生々しい。
九重家への依頼見積もりは、金品だけとは限らない。
物品だって対象だ。
ぐだぐだ交渉するのは面倒だし、遠慮する理由もないので、きっぱりと要求を突きつけた。
「ニノマガタマだ」
俺が名付けたわけではない。相馬の嫁さんの家に代々伝わるという黒い石の塊だ。
親父の手記によれば、かつてこいつが権力争い真っ最中、敗色濃厚だったこのジジイに近づいて救ったのも、この石が目当てだったらしい。
だが結局、手に入れることはできなかったようだ。
その理由についての記述は残されていない。
ニノマガタマ。見た目はただの黒い石コロだが、その正体は未知の記録媒体らしい。
何が記録されているのかは直接手に取り、人が認知した時に初めて理解できるという。
そしてどういうわけか「必ず所有者が存在し、その者の元へ戻ろうとする」という妙な特性があるらしい。
物理現象を超越して石ころが意思を持っているとでも言うのだろうか。
まあ、詳しいメカニズムは不明だが、なにせ全部多分の域を出ない。
当時親父はこいつを入手するためにこのおっさんと近づいたというくらいしかわからない。
情報はそれ以上なかった。
俺はそれを報酬に要求した。
そうしながらその娘の情報をうちのマザーAIに調査するよう指示をした。
その結果、生死も所在も不明、そもそも存在していたかすらが曖昧になっている?
ふむ、守ってくれという情報はどうやら、このおっさんの嘘か情報が古いのか?
まぁこれもまたこのご時世、メートル単位で人の所在が記録されているので存在していたかどうかについてはわかるはずなのだが、にもかかわらず九十四時間前に記録から綺麗さっぱり存在しなくなっていた。
死ねばわかるし生きていればログに残る。
もちろん個人の意思やプライバシーなんか関係ない、物理現象としての記録だからだ。
この世に存在すれば熱、質量が発生するからだ。
人にも引力が発生している。
記録には物理現象の消失、物理現象で支配された世界で綺麗に消えていた。
そこにあった熱も質量もということだ。
最初から存在した熱も質量も誤差に変換されてしまっているのか、その差がすでに数字に塗りつぶされている。
ジジイの記憶にしかない娘——というところだ。
今のところ。
「で、どこにいるんだい? その娘ってのは?」
俺は白々しく聞いたのだった。
ジジイの妄想の産物なのかもしれない。
あるいはいると偽って、騙され続けていたのかもしれない可能性もあるのだ。
名前は相馬カレン 18歳、おっと行方がわからなくなったタイミングで19歳になっていたようだ。
ジジイは事情を話し出した、やたら水分の多い内容の事情は要約するとこうだ。
大学の学生、歴史経済学科。
貴族院のアルバイト中に何者かに襲撃を受けてそれ以来連絡がつかなくなったのが今より約九十四時間前だそうな。
照合と一致する。
送り込んだエージェント達も無力化され役に立たなかった。
助けてくれならわかるが守ってくれとはなんだろう。
俺は聞きながら、カレンのことを調べていた。
個人を特定するような情報はなかなか見当たらなかったが、やがてヒットした。
そうすると類似画像がいっぺんに見つかり始める。
それを俺はまじまじと眺めた。
黒くストレートで背中まで届く髪は後ろで束ね、地味だか目鼻立ちのくっきりした少女がはにかみながらこちらに微笑みかけているのがあった。
あのジジイめ、さぞかし奥方は美人なのだろう。
血統管理局のバイト、その内容は資料調査、回収。
その後の定期報告がなく行方が途切れている。
物理現象として存在はしないが、個人の肖像の記録は存在した、それは記録媒体あるいは記憶だけにしか存在しないようだ。
場所は————ふむ。




