2.とある記録の始まり(3)
3.ケータイと黒い箱
「はい」と言った。
[やっ、やっと繋がった! いきなりですまんが、元次郎くん、た、助けてくれ!]
失礼な奴だ。名を名乗れ——と考えたが、別に面白い話をしたいわけでもない。
「どちら様でしょ……」と言い切る前に錯乱気味の声は立て続けに喚いた。
[む、娘が、娘が……き、君も知っとるじゃろう……]
どいつもこいつも勝手な奴ばかりだ。俺は少し拗ねつつ、頭を働かせた。
親父宛の電話。古い友人。めんどくさい現実逃避。
相手を特定しようと俺は右手をひらめかせ空間モニターを表示させ通信ログを確認した。
見つからない。
つまり、一般的に利用可能な回線を通っていない。
ふむ、おかしい。
このケータイとはなんなのか、さっき電話といっていたが。
音声データはアナログ、人の可聴領域を超えた周波数の音もまじっているようだった。
正直に言おう。
怪しすぎて俺は心底うんざりした。
これまで何度となく口にしてきた定型文を吐き捨てた。
ぶっちゃけてしまうと、親父はあちこちで愛人だの、借金だのこさえていた。
「知りませんね、元次郎は昨年、食中毒で他界しました。金の話とかなら管理局を通してください。左様なら」
一息にそう言って、ケータイを少女に放り投げるとあっさりキャッチする。
にっこり笑って。
嫌な予感しかしない。
そもそも通話終了の仕方がわからない。たくさん並んだボタンを確認する気にもならなかった。
なにせ、数字以外には『☎』や『✆』といった見覚えのないマークが並んでいるだけなのだ。
俺の親父——九重元次郎はとにかく何でも食うのが好きな悪食な男だった。
どこぞへ出かけては「何の肉だ」とか言って焼いたり煮たりして食っていたから何の肉に当たったのかは知らん。
まぁ死因が食中毒なら本望だろう。
「壮絶な最期でした」と涙ながらにこの麦わらの少女ことアルファが語っていたとその妹のオメガから聞いた。
「涙ながら」と言ったのは俺じゃない。
悪食の食中毒、何が壮絶なのかさっぱりだ。
放り投げたはいいが、受け取った少女が手際よく操作したのか、卓上の黒い機械のスピーカーからおっさんの声が漏れ出す。
[まっ、まってくれ、君は誰じゃ?]
わーわーと喚くおっさんの声が聞こえるがそれを無視して人の姿をした人ではないものを睨みつける。
ここは再現された空間でそれを作り上げたのはこのヒトではないものだ。
ケータイの音声をこの黒い機械に転送するなんて芸当など朝飯前だろう。
まあ、元麦わら帽のヒトっぽいなにか、アルファの正体はおいおいわかるとして、だ。
今はこの声だけおっさんをあしらわねばならぬ。
相変わらずスピーカーは不快な喚き声を垂れ流している。
総じてまともな男の子からするとおっさんと思しき声を好き好んで聞く奴はおらんだろ。
俺は音声だけの通信なのをいいことに思いっきりうんざりした顔をしながら次の手、音声情報からデータベースを漁った。
ヒット。
ヒットしてしまった。
俺の管理下のある通信ルート以外のプロトコルを利用したもので、そも一般的ではない。
ということだけはわかる。
音声検索から相手はまぁまぁの有名人であるらしい。
まぁわからんかったら、黒い機械を海に投げ込んでいるところだったが。
国家元首、相馬宗次郎 71歳
家族構成、妻、娘
などなど。
なるほど、偉そうだ。
宗次郎は民主主義を標榜してはいるがその実態は資本同盟に所属する都市のその元首だ。
選挙は資本同盟の成り金どもの道楽と化していて、民主主義と鼻ばかりになっている。
そう思えば「一票をいくらで売るか」という買収ビジネスが流行るのも無理はなかった。
民主主義なんて言葉はもう廃れている。
結局のところ、金を積めた奴が勝つのだから。
ただ皮肉なことに、トップに本物のバカが就くことはなく、政治的に嘘をつく奴も不思議と現れなかった。
相馬は、旧態依然とした小規模都市「第三日本」のトップだった。
規模こそ小さいが、資本同盟内でのGDPはトップ10に入るほど優秀な街だ。
広大な居住可能惑星において、もはや「国家」という概念は形骸化し、地域間の紛争すらほとんど発生しない。
人が集まる場所に街や都市ができる。治安や行政管理が必要になれば、その都度、星間管理組合から必要なインフラやサービスをサブスクリプションで購入する。
最終的には自前で組織を構築する支援を行ってくれる。
そして相馬はその街では一番偉いんだろうが俺には関係ない。
データ上の利用価値はランクB -(マイナス)
これは暇だったら手を貸してもいいという微妙なランク。
暇ではない、面倒に巻き込まれるのはあまり得策ではないというランク。
ただし面白そうだというのが俺個人の評価だ。
こんな年くって錯乱気味のおっさんの話をダラダラ聞く趣味はない。
また、本人自体の利用価値はほとんどない、が俺の欲しいものを持っている可能性がある。
ふふん、ただその物腰が気に入らぬ。
俺は嫌がらせを始めた。
「うるさいな、管理局の連絡先はxxxxxxxxxxx、管理ナンバーはGHI654TR5098だよ。」
俺は心底どうでもよさそうに言った。
しばらく沈黙、多分俺のことを探っているのだろう。
氏名:九重九十九。
職業:大学講師。
年齢:26歳。
家族構成:なし。
そして、探し屋。
別に俺がそう名乗ったわけじゃない。
物品から人、動物そして記憶。
なんでも探したことがある、賞金稼ぎみたいな誰かが掛けた賞金をもらうための稼業ではない。
つけられた2つ名が”探し屋”だ。




