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「シーラカンスは太古で現世の夢を視る」  作者: トリササ


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#2 訪問者と云う名のお客様

全速前進!

夜天菫青ヤテンキンセイはいつも開店時刻が異なる店があるとウワサされている店舗の前に佇んでいた。

全体的には黒で統一された無地のワンピースに衿と袖が白地の別布でデザインされている。

肩廻りには取り外し可能なワンピース本体と同じ共布の短めケープをまとった清楚な出で立ちの人物である。

ゴシックロリータそれがこの人物の身にまとうファッションのジャンルだ。

「天藍堂?何を扱っているお店かしら、雑貨かナニか?ちょっと気になってるのよね。思いっ切って入ってみようかしら」

店の入口の扉の上部にかかげてある木製の看板を見上げた。

「ヨシ!」

意を決して店の扉に手を掛けた。

「「いらっしゃいませ~」」

扉を開けて店内に踏み込んだ菫青を出迎えたのは紅玉と青玉の二人である。

まるでカフェの店員のような制服は、メイドさんのようである。

黒地のロングワンピースに白いフリルのエプロンと白いヘッドドレスを身にまとっている。

「ここはカフェなのですか?」

菫青の問い掛けに二人がニコリと笑顔で頷いた。

「こちらはカフェ併設のギャラリーです。よろしかったら展示作品もご観覧くださいませ」

青玉の言葉に促されて菫青は店内を見廻した。

壁面には大小様々なサイズに額装されたイラストが飾られていた。

それらよりも菫青の目が惹きよせられたのは、店内中央に位置する場所に置かれている水槽の中の魚だった。

「これはシーラカンスでしょう?生きてる化石。この古代魚は本物?初めて見るわ。本物って訳ではないのかしら?」

本物とも思えず、かと云って偽物とも思えない。

水槽の中で尾ヒレを揺らめかせる古えの時代より、その姿を殆ど変えることなく現在に至る生物。

それだからこそ「生きてる化石」と云われる所以である。

「お分かりですか。流石、お目が高い」

菫青の背後から掛けられた男性の声に振り返る。

振り返った目線の先に立っていたのは、濃紺の着流しに共布で仕裁てられた羽織姿の、所謂、アンサンブルの和装姿の男であった。

「あなたは?」

着物姿だけでもキザに見えるところへ亀甲フレームの眼鏡と、ややウェーブの掛かった頭髪は額の中心から左右に分けられたワンレングス。

それが尚、キザさを助長させている。

和装姿なら「粋」な、と表現したいところだが、この男に限ってはそんな粋さは微塵も感じられなかった。

菫青の感じた違和感に男は気付くはずもなく、お得意の営業スマイルを見せている。

「わたくし、このギャラリーの店主の京極天藍と申します。以後お見知りおきを。お嬢さん」

「そうですか。それはどうも」

警戒する菫青にはお構いなく話し掛けて来る店主である。

商売をする上で、例え客に嫌がれようとも多少のゴリ押しは厭わない主義だ。

「でも、これを売る気はないのでしょう?販売目的であるのなら、値段が付いていてもよさそうなものだけど?」

値段が付けられていたとしても、購入した場合の設置場所に困るものを手に入れる気は更々ない。

それに、目の前にいる古代魚を売る気はないことはこの男から多大に感じられた。

「目の付けどころが違いますね。ここは「物」ではなくて「夢」を売る店なんです。作品は商品にあらずなのですよ」

それでは作品はあっても販売しないのでは商売にならないではなかろうか。

理解し難い店主の云い分に、菫青は益々、警戒心を強くする。

『なんだか、とってもマズイとこに来てしまったかしら』

とても興味を惹かれた場所ではあったけれど、中に入ってみれば普通のギャラリーとはかけ離れていて、おまけに店主は要注意危険人物としか思えない印象を菫青に与えてしまったようだ。

「天藍様。お客様が大変お困りのようです。お客様のお相手はわたくし共にお任せ頂けませんか」

「そうですよ。天藍様が出て来ると、ろくでもなくなりますからね」

菫青にとって助け舟と云えそうな青玉の言葉に紅玉も続いた。

青玉も紅玉も店主に対して仲々に辛辣だ。

「あっまた、君達は店主をなんだと思っているのかね。ヒドイなぁ。全く以てヒドすぎる」

あんまりな二人の態度に天藍がわざとらしく嘆く。

店主と従業員の主従関係が逆転している会話に菫青は驚きつつもおかしくなり、思わず「クスリ」と笑ってしまう。

「ほら、お客様に笑われてますよ。天藍様は自室にお戻りくださいませ」

紅玉が強行突破で天藍の背中を押し、世間で云うところの店長室へと押し返そうと必死になる。

「えー。全く以てヒドイスタッフだ。君達、本当にわたしをなんだと思っているのかね」

無理矢理、背中を押し出されて紅玉の力技に納得がゆかず、往生際悪く天藍が抵抗する。

「なんだってって、この店のオーナーでしょ。天藍様は社長じゃなくて店長ですね。それで充分じゃないですか」

大人のくせに一番子供みたいに大人気ない店主に、紅玉も青玉も手を焼くことこの上ない。

「なんか、すっごくぞんざいな扱いだなぁ。ぼく、傷付いちゃうから」

「ハイハイ」

店舗奥へと押しやられてゆく天藍の姿になんとも云えず、菫青は複雑な面持ちで佇んでいた。

「お客様。大変失礼致しました。どうぞごゆるりとご覧ください。特に、その魚はお客様を夢幻の世界へとお誘いくださいます。おたのしみに」

「どんなおたのしみなのかしら」

青玉の意味深な言葉に引っかかりを覚える。

「実際に体験して頂きとうございます。どうぞ、こちらの椅子にお座りください」

青玉は菫青を手招きする仕草で促してゆく。

「お客様のお名前をお訊きしてもよろしいでしょうか」

「ええ。キンセイ。夜天菫青と云います」

「ヤテンキンセイ様。素敵なお名前ですね。ワタクシは青玉と申します。よろしくお願い致します。もう一人のスタッフは紅玉と申します」

青玉と紅玉。宝石のサファイアとルビィのことだ。

青玉は青いロングヘアと青い夜空のような睛の色の持ち主だ。

逆にルビィの如く紅い髪色のショートボブがキュートな紅玉は、紅い睛が印象的な少女だった。

菫青は云われた通りに、「シーラカンス」の水槽の前にいつの間にか設置されていた椅子に腰かけた。

古代魚の正面に対峙する。

「どうぞ、その魚の魂とおつながりください。彼があなた様を特別な世界へと誘ってくれることでしょう」

いくら好奇心が勝ったとは云え、胡散臭いところへ来てしまったものだと、後悔先立たずであることを思い知る。

『まぁ、いいか。何が始まるのかたのしめばいいだけよね』

これから始まる何かに、不安と興味が胸中を複雑な感情が渦巻いている。


next soon →#3


やや匍匐前進

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