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勘違いは程々に  作者: ゆうさと
文化祭
29/43

冷蔵室での語らい


「くそ……寒いな。もう5分たったのか」


四肢の先から冷たくなってく感覚は肘や膝にまで登ってきていた。

じーんした鈍痛。

自分と石川さんの鼓動。

これがまだ感じられているからまだまだ余裕はある。

あくまで俺が、だが。

刻一刻と状況が悪化しているのは石川さん。

目を覚ますか、

早い所ここから脱出しなければ。


そんな事を石川さんを見ながら考えていると、冬の布団の中で暖を取るようにもぞもぞと動いた。


「おい!石川さん!?おいっ!」


運が良ければ目を覚ますかもしれないと、あまり動かしたくないと主張している冷え切った腕を無理矢理動かして彼女を揺らす。


普段はさんを付けていた俺だったがこの時ばかりは気が動転していたのか、『石川 葵』とフルネームで呼びかけていた。


「石川葵!起きろって!なあ?おい!」


「う……ぅぅん……」


叫べば叫ぶ程、吸った時に入ってくる冷気に身体の内部を冷やされていく。

危ない状況だが、俺はそれでも叫び続ける。

その甲斐あってか漸く彼女の意識が少しずつ覚醒していく。


「ぅぅん……ぁれ?……あお、い、くん?」


意識を取り戻したというよりは寝起きに近い石川さん。

まだ完全に目覚めていないのか眠たげに顔を俺の胸に擦り付けてくる。

不快感はなく、くすぐったさとも違う。

奇妙な感覚に陥りながらも、目を覚ました事に安堵する。


しかし、安堵しきった身体と頭はいつも以上に回転していなく、それが失敗だったと思った時には遅かった。


被せていたブレザーからひょこりと顔を出す。

眠そうな顔で上目遣い気味に見つめてくる彼女の顔は安堵から身体の緊張が解けていた俺の目前にあった。

いつも以上に近い距離に違う緊張が走る。


普通に考えて、目が覚めたら見知った存在ではあるが、男と身体を重ねているという状況はかなり不味い事なのではないか?

俺が逆なら動揺して暴力に訴えているまである。


いつもなら、ごめんと謝り倒す勢いで謝ってすぐに距離を置いていただろう。

しかし、今は羞恥心や罪悪感よりも石川さんの身体をこれ以上冷やしてはいけないという気持ちが優っていた。

そして、それだけではなく……


「ぁ……あおいくん……たすけに、きてくれたんだ。とってもうれしい」


まだ思考が追いついていないのか嬉しそうに俺を見つめる。

追いついていなくても、こんな寒くて暗い場所に1人で意識を失えば、目覚めた時に誰かいれば嬉しくなるのは仕方ないだろう。


「あ、ああ……今、助けを呼んでるからっ……携帯ぃ!?」


携帯のロックを解除してくれと言おうとする俺の背中に石川さんの腕が回る。


「こわかったよ……さむいよ」


瞳に涙を溜めながら石川さんはぎゅっと俺を抱き締める。

かなり強いが痛くはない。

痛くはないのだが、先程以上の身体の密着で、いやでも石川さんの女の子特有の柔らかさや甘い匂いに当てられてドギマギする。

一応男なのだから仕方のない。

寒い空間な筈なのに、体温は急上昇して鼓動も早く強く脈打っていく。


「い、石川さん?もうちょっとだけ緩めてもらったりできませんかね?」


思わず、敬語になってしまった俺だが、


「やだっ!もうひとりも、さむいのも、こわいもいやなの!」


さらに抱き締める力が強くなってしまう。

極度の恐怖で少し幼児退行しているようだ。

仕方ない……仕方ない……仕方ないよね?

暗示のように仕方がないと頭の中で唱えるとともに、これが石川さんの記憶に残らない事を祈る。

自分だったら正気を取り戻した時に恥ずかしさで悶え死にする。


「わ、分かったよ石川さん。もう離れたりしようとしないから」


妹を宥める時のように優しく頭を撫でると少しは力が弱くなるが石川さんはまだ不機嫌だった。


「い、石川さん?」


「っん!」


ぷいっと再びブレザーの中に潜ってしまう。

え?なにそれ、可愛いけど意味が分からん。


仕方なしに、ブレザー越しに頭を撫でて機嫌回復を図る。

その甲斐あってか再びブレザーから顔をひょっこり出す。


「なんで、なまえでよんでくれないの?さっきはよんでくれたのに」


「さっきって……聞こえてたのか?い、いやあれはフルネームで呼んでただけで……」


「ゆう、くんは……わたしのこと、なまえでよぶの、いや?」


また瞳に涙を溜める。

さっきの安堵からではなく、

小さい子が泣き噦る2、3歩手前の準備期間のような危ない状態。


おい、まじで記憶に残らないでいてくれよな?

俺達の関係が変わりそうで怖い……怖い?


そもそもなんで関係が変わるのが怖かったのだろうか?

気不味くなるから?

それならそれでまた俺を怖がっていた頃に戻るだけ。

女子と……人と関わりを持ちたがらない俺からしたら好都合だろう。

でも俺はそれを恐れてる?

何故?……答えは、きっと単純なものだ。


久しぶりに面白い奴に出会って、彼女が魅せてくれる事が俺の日常になった。

その日常を失いたくないと心が訴えているから、本音を聞いたら、距離を詰めたら困らせてしまうという建前で隠してしまう。


「分かったよ……あ、あおい?」


本当に失いたくないのなら、踏み込むのは今だ。

それだけは分かる。

踏み込めずに間に合わず、後悔したあの時を繰り返したくない。


「うん!……ありがと、たすけてくれて」


再びブレザーから出てきて改めて彼女の顔を見つめる。

泣き腫らして赤くなった瞳と頬。

それだけな筈なのに……

瞳は涙で煌めいて、溢れた涙はすぅっと頬を伝って俺の冷え切った身体を染めていく。

頬を染めて嬉しそうに笑っていて……

不覚にも泣いている姿も美しいなと感じてしまった。

そんな事言ったら悪趣味だと怒られてしまうだろうから言わないけど……


けどこの表情を見られただけで、少し詰める事ができて良かった。

人間関係というのも案外単純な想いがあれば良かっただけなのかもなと思ったのだった。

想いは単純なものだけれど。

それを抱き続ける事、続けさせる事が難しい。

もう二度と離すものかと、心に誓う。


もし、それができたら……


僕達はもう一度巡り会う事を許させるのではないか?


◇◆◆◇


「なぁ、葵がなんで荷物運んでたんだ?売り子だってちゃんとやってたし、片付けだって他の人だったろ?」


しばらくして、俺はできるだけ刺激しないように、あくまで世間話のように聞く。

おそらくそいつらが今回、事をしでかしたのだろう。

それ相応の対価は支払ってもらう。


「えっ?……そのこれ、クラスのじゃなくて……」


聞くところによれば、そいつらは先生に押し付けら……頼まれたらしい。


「それを押し付けて自分達は呑気に後夜祭……ふざけてやがる」


禿げめ……禿げって言ったらあいつしか思いつかん。

これは断固抗議だな。

お前の所為で機嫌を悪くした生徒が八つ当たりでか弱い女性徒が監禁されたってな。

完全に八つ当たりだから、勿論冗談である……あるったらある。


「いいの!予定あったみたいだから、わたしは暇だったし……」


思わず、感情が声に出してしまって、葵が焦るようにフォローを入れていた。


「でも、1人で持てる量じゃなかったろ?そいつらだって手分けしてやった方がいい……」


「それは……でも、わたしが……」


何か隠しているのは明らか。

それはリハーサルのあの時からずっとだ。


笑顔の絶えない女の子。

困り事や悩み事があれば解決するまで寄り添ってくれる心の優しい子。

なのに自分の事は心配させないと人一倍我慢する奴。


分かっていた、はずなのに……

なんでこんなに1人で震えているのに気がつかなかった?


気づかなかった?……嘘だ。

分かっていたのにお前は見て見ぬふりをしていたんだ。

余計なお節介を働いて関係を拗らせたくなかったから。

またお節介を焼いて裏切られたくなかったから。

また自分が誰かを裏切りたくなかったから。

傷つくのも傷つけられるのも嫌だったから。


だから最初から他人には上部だけの自分しか見せなかった。

歩み寄って来てくれた他人は石川 葵も例外なく信じてなかったんだ。



◇◆◆◇


「……あの日、如月と何があったんだ?俺は、知りたい……」


「えっと、それは……」


寒さや独りな事に耐えられず、意識を失っていた私はまどろみの中でまた独りと思っていた。

でも目を覚ますと彼がいて、ダムの水が決壊したように涙を流してしまった。

それからも緊張の線が解けて我儘を言う私に、彼は困った顔はするけど、嫌な顔一つしないでいてくれた。


でも、如月くんの事を聞かれて、身体が震えてしまっていた。

如月くんと林さん達の時の事が不安や恐れを思い出したかのように襲ってくるのもある。

それ以上に、有宇くんの雰囲気が変わってしまったかのようだった。

言葉にするのは難しくて。


仲良くなってからは見る事がなくなった、仲良くなる前にはよく見た、一瞬の表情。

『……おはよう』とまだ挨拶だけしかできなかった頃。

私は言葉の間が感情を隠そうとしているように見えた。

その時が1番怖かった。

押し殺すとか、取り繕うとして間が空くんじゃなくて、まるで感情をボタン一つでリセットしているように無表情になる。

瞳も無機質なものになる。

それは一瞬の事だから、すぐに普段の彼に戻るのだ。


もし……私を見る目がそれに変わってしまったら。

贅沢な悩みだと、そんな奴だとは思わなかったと、唖然としたり失望されたりしたら。


「……あの日から様子が変だった。空元気みたいで痛々しかった」


たしかに、相談できないのなら、心配かけまいと隠そうとしていた。

なのに、彼はすぐに気づいた。

まるで心を読むように。


「……俺だけじゃない。朝日奈さんは気づいてたと思う。でも聞かなかった」


今も心を読まれたかと、ドキッとする。


「……俺みたいに薄情な奴かとも思った。でもそれは葵の為なのかとも思った。葵の事をよく知ってるからこそ、話してくれるのを待っていたのかもしれない……でも」


肩を抱かれて、真っ直ぐ私を見たまま動かない。

そして、私は彼の瞳から目を逸らす事が出来なかった。

だってあの無機質の瞳なんかじゃなかったから。

苦しそうに、壊れ物を慎重に扱うようにその瞳は感情に揺れていた。

なのに、肩はしっかりと抱かれていて……まるで心と身体があべこべだな、なんて他人事のように思ってしまう。


「……もう俺は待たない。2度も目の前で、泣いているのに何もしないなんて、できないなんて、そんなのは嫌だ。また手遅れになるのはもう御免だ。あんな事、二度と味わいたくない。葵にはそうなってほしくない」


悲痛な願いだった。

まるで心は痛みに悲鳴を上げているようで、途切れ途切れに話す有宇くん。


「だから、これは俺の自己満足」


「自己満足?」


「ああ、大切な人が傷ついている所を見たくないから話を聞いてあげたい。大切な人が傷ついているのを見ると自分も苦しいから、苦しみを取り除きたい……ほら、自己満だろ?」


「たい、せつな、人?……ゆうくんのたい、せつな、人なの?」


「……ああ。もちろん」


告白のような告白で極寒の地だというのに私の体温は上がっていく。

恥ずかしさとそれ以上の嬉しさに胸が震えていた。

さっきとは違う涙が出てきそうになる。

それと同時に、有宇くんにはちゃんと言わなきゃいけないと思った。

きっと話したら変わってしまうと思ったから。

このまま話さないのは有宇くんを裏切る事になる。

最初から大切な……好きな人に隠し事するのは駄目だよね?


勇気を振り絞る為に息を飲む。そして声を出そうとしたその時、


「葵は大切な……友人だよ」


ああ、彼はなんて残酷なんだろう。

ここに来て、勘違い。

自分の愚かしさや、馬鹿さ加減に顔が真っ赤になっていく。

もし、今よりも進展したら……そんな期待をいてしまっていた。


私は隠し事ばかりなのに、そういう感情を持ってもらおうなんて身勝手だよね。


「……大切な人ってのは面倒だよ。大切じゃなきゃ興味も関心も湧かなかったのに」


それはひどいな。

私は仲良くなりたくて、怖い思いしながら頑張って声かけようと挨拶したのに……


「葵や大切な人には面倒事とか迷惑かけたくないって思っているのに、俺自身は葵の面倒事とか迷惑を一緒に背負ってあげたい……なんて思っちゃうんだからな」


有宇くんは矛盾する、相反してるなと、本当に面倒だとため息をついている。


「人は他人を傷つけている。どうでもいい相手は気にもしないのに、大切な人と接する時は一挙手一投足に気を配る、労をなす、恐怖する。だから心配させまいと、傷つけまいと言葉を取り繕って、我慢して、隠すんだ、お互いな。でも、自分だってそうしてるのにされると寂しくなる。そういう経験あるだろ?」


呆れた表情で話し続けていた有宇くんは真面目な顔に戻る。


「たとえ、傷つく事になろうとも、大切な人になら傷つけられてもいい。……1人で傷ついている所なんて見たくないんだよ。」


自分勝手だろ……まぁ実際傷ついたら2、3日凹むかもなと肩を竦めて笑う。


面倒臭そうに笑うだけの有宇くん。

そんな彼と仲良くなってからは色んな顔を見てきたけど、苦しんだり、悩んだり、怒ったり、悲しんだり……ころころと感情が表情に出ている姿を見るのは初めてだった。

生き生きとしていて、まるで本音で話してくれているよう。

もし、これが私のさっきみたいに勘違いじゃなくて、大切だという理由だけでこんなにも親身になってくれているのなら。

私達はお互いが自分勝手だって思って近づけなかっただけだったのなら。

もう……


「が、まん……しなくて、いいよ、ね?……」


話してしまいたい、話したくない。

感情を、本音を曝け出したい、怖い。

理解されなくてもいい、分かってほしい。

間違いだったのなら叱ってほしい、間違いだったとしても慰めてほしい。


溜め込んでいた色々な感情や言葉がごちゃ混ぜになって言葉を紡ぎたくとも、鼻を啜ってしまって声が出せない。


「ああ……もう、大丈夫だから」


そう言って私が泣き止むまで背中を優しく摩りながら待っていてくれたのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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