葛藤と嫉妬のワルツ
演劇の練習はクラスの出し物もあってしばらく休みが続いていたが、
各々の個人練習する事で順調に進んでいく。
「……有宇、葵。放課後練習しよ?」
佐伯さんの提案で部活のない日、あったと日は、明日香先輩の車が迎えに来るまで、
5人で練習をした。
秀と朝日奈さんは客観的に見てもらう為や足りない役を演じてもらったりして手伝ってもらった。
「3人とも演技は大丈夫そうだね!」
朝日奈さんも太鼓判の評価。
「あとは踊りを踊るぐらいか?3人とも踊りは大丈夫なのか?」
「……大丈夫。習ったことがある」
「俺もだ。俺の場合は習ったと言うより遊びの延長で覚えたって感じだけどな」
「私はないや……大丈夫かな?」
佐伯さんは自信ありげに、
俺は教えてくれた人が正しければなと、
石川さんは不安そうに。
三者三様な解答だった。
「石川さんの場合は男がちゃんとエスコートすればいいから、脚さえ踏んだり躓かなければ大丈夫。今から練習するば十分間に合うよ」
本番まで2週間ある。余裕だ。
「じゃあ、あおっちか室井くんのどっちかがエスコートしてあげればいいって事だね」
「なんで俺だけ普通なんですかね……まぁいいや!俺が葵ちゃんの手伝いするよ」
自分だけ苗字なの事に肩を落としていた。
俺は秀が羨ましいけどな。
「いや、いいよ。俺がやる。ってか秀って踊れたっけ?」
「ん?ぶっつけでやれば何とかなるかなってな。有宇がやってくれるなら別にいいだけどな」
可笑しい点を探すな事ならできるけどなと笑っていた。
なんとも大雑把なやつだ。
「……まずは私と有宇が踊る。それを見て感じを掴む。どう?」
「いや、普通に俺と石川さんが踊ればいいだろ。見るより実際に身体を動かした方が何倍も飲み込みが早い」
習うより慣れろってやつだ……少し違うか。
早速始めようとしたのだけど、
「私はどこに掴まってればいいの?」
右手で石川さんの左手を優しく掴んだ時に尋ねられる。
「男は大体、腰に手を置くから自然と距離も近くなるんだ。だから石川さんは肘を曲げて自然と手を置けるスペースに置けばいいよ。」
分かったのか俺の腕に置かれる。
俺も腰に手を置くと、石川さんにビクッとされたが
すぐに大丈夫だよと、笑顔を向けられる。
そんなに俺って怖いのかな。
最初は足の使い方から教える。
俺は石川さんがついて来られるぐらいに動くだけ。
小さく左右に揺れるだけでも音楽があればそれなりに見えるだろう。
躓きそうになっても俺がちゃんと支える。
そうやって躓いても支えてくれると安心させられれば石川さんも伸び伸びと踊れるだろう。
30分くらい練習して休憩する。
「んんー!綺麗な姿勢を維持するだけでも肩が凝りそうで大変だよ」
元から姿勢がいいからそんな風には見えない。
「……葵、いいセンス。この分なら今週中にハイヒールでも踊れるようになると思う」
佐伯さんも中々の高評価だった。
てか、女性の場合はそれもあるのか。少し大変だな。
そうして、久々の皆集まっての練習。
通してみて、改善点はあるもののちゃんと見せられる形になっていた。
中でも……
「なんで、私の足に入らないのよ!」
初日はカットの連続だった石川さんも今では
下品で我儘で愚かな愛妹を完璧に演じきっている。
まぁ、演じた後は物凄く疲れているけど。
俺も俺で、最初は触る事すら嫌だとまでは言わないが、少し拒否感があったが、
今では作り笑顔を作らなくても笑えてはいる。
「石川さん、やったね!」
「うん!」
通しが終わって一息ついていると、
少し離れた所でハイタッチをしている石川さんと如月がいた。
「これありがとね!元気になるおまじない。おかげさまで元気になりました」
「はは!力になれたなら何よりだよ」
と陽気に頭を下げていた。
如月もなんだか嬉しそうで、その中に入るのは何故か憚れた。
少しだけ胸に靄がかかる。
それと同時に邪魔してはいけないという感覚に陥っていた。
「ユウ?………ユウ、ユウってば!」
「……うぇ?明日香先輩?」
2人に意識が向いていて明日香先輩が話しかけていたのに気がつかなかった。
「良かった。ぼーとしてるから具合悪いかと思ったわ」
安心したのか大きく息を吐いていた。
そんなに心配されてたのか。
申し訳ないことしたな。
「すみません。少し考え事をしてて」
「良いわよ……じゃなくて!……この間はごめんなさい!私から誘ったのに当日になってキャンセルなんて……」
突っ込みを的確に入れつつ、明日香先輩は頭を綺麗に下げる。
「や、やめてくださいよ先輩!突然押しかけた客人がいけないんですから……今度また誘ってもらえればいいですから」
と俺も慌てて明日香先輩が頭を下げるのを必死に止めた。
俺と明日香先輩でお互いに譲れないものがあった所為で、少し揉めた。
けど紅葉に何かするという事で話は纏まった。
1番楽しみにしてたのは紅葉だからな。
そうして落ち着いてしばらく経って、
「じゃあ、衣装合わせしましょうか」
明日香先輩の提案で俺達は衣装を着て、もう一度通して見る事にした。
「お、中々に様になってんじゃん?」
「ね?本当の王子様みたい!」
即席の更衣室から出てきた俺を秀と朝日奈さんが褒めてくる。
「馬子にも衣装ってやつだよ」
俺は少し恥ずかしくてまともに返事できなかったけど、
褒められるのは嬉しい。
「お、おまたせ〜」
次に出てきたのは石川さん。
濃いピンク色のドレス……こっちにしたんだ。
よく似合っている。
「っきゃ!」
「っと……大丈夫?」
長い裾に足を絡ませてしまった石川さんは倒れそうになるが寸での所で肩を抱いて受け止める。
「あ、ありがと……どうかな?」
「ん……よく似合ってる。お姫様みたいだ」
「ふふ、本当のお姫様は瑠璃ちゃんだよ?」
まぁ……役的にはそうなんだけどね、石川さんに対する率直な感想がそれだっただけだ。
石川さんと佐伯さんはこの演劇で仲良くなったようだ。
「まぁね。でもそう思ったんだから……しょうがないだろ?」
そう石川さんと話していると、周りから息を飲むような声が聞こえる。
騒がしかったわけではないが、しんとなる空気はまるでこの空間だけ時が止まっているようだった。
その中心には……白銀のお姫様がいた。
白銀のドレスが目を奪っているのか、
彼女自身の美貌が目を奪ってるのか、
それが分からないくらいに、彼女とドレスがマッチしていた。
オーダーメイドされた彼女専用のドレスと言われたら信じてしまうだろう。
「……有宇?どうかな、ちゃんと綺麗?」
「……まるで本の世界から飛び出して来たんじゃないかって思うぐらい綺麗だよ……って皆は言うんじゃないのか?」
見惚れてしまうのが怖くなって、俺はそっぽを向きながら答える。
「……有宇がそう言ってくれるなら着て良かった」
「別に俺は客観的に……」
「……分かってる。有宇が言ってくれた事が私は嬉しい」
絶対分かってないだろ。
そんな満面の笑み浮かべられたら、
本当に嬉しいそうだって思ってしまう。
そんな事は決して起こり得ないと俺は無視した。
そんな姿にも怒らずに微笑んでいる彼女の心が分からなかった。
◇◆◆◇
衣装を着た全体を通しての練習は少し大変だった。
慣れないドレスと高いヒールに苦戦しながらも、何とか私は役を演じ切った。
でもやっぱりダンスのシーンは上履きとヒールの高いクツでは勝手が違って後日練習だそうだ。
今は蒼井くんと瑠璃ちゃんが、背景に合わせて踊っていた。
本番では体育館だから吊るす事で場面チェンジが簡単だけど、
今は教室だから場面チェンジも大変だ。
如月くんや他の子と作業を終えた私は背景の裏から見ていた。
最初の頃は表情の硬かった蒼井くんも今は柔らかい。
なんか、演技をしている時だけ瑠璃ちゃんに素直になれてる、
そんな気が私の胸を駆け巡る。
柔らかい笑み、楽しそうな笑み、愛おしそうに見る視線や声は普段の蒼井くんにはなくて、
演劇の終わる寸前の悲しそうな、物惜しそうな表情は胸を締め付けられる。
今では楽しそうに瑠璃ちゃんと演技をしているだけでも苦しい。
さっきだって……
蒼井くんが、お世辞だと思うけど、まるでお姫様みたいだって褒めてくれた。
それが気恥ずかしくて、つい否定してしまったけど、
凄く嬉しかった。
でもその後に瑠璃ちゃんの姿を見て……
同性の私達でも見惚れた。
銀色の髪とドレスは言い表せないほど綺麗で。
そんな瑠璃ちゃんが蒼井くんに似合ってると言われて、微笑んだ笑顔は美しいもので。
私は存在を塗りつぶされてしまったような感覚に、ここにいちゃいけないと逃げるようにその場を離れるしかなかった。
きっと皆、瑠璃ちゃんに釘付けで気づかなかったと思うけどね。
この感情は何なのだろう……
「最初は如月くんと佐伯さんの方がいいと思ってたけど、あの2人の方がよく似合ってるよね」
「うん!お互い思い合ってる感じがしていいよね」
「え?想い合ってる?」
「そっちでもいいけどさ〜」
そんな何気無い言葉が私の心臓を穿つ。
息苦しさに視線が落ちていって、2人を見れない。
もしかしたら見たくないのかもしれない。
でもそれは何で?
そんな堂々巡りを何度も繰り返していた。
「石川さん?」
「え?……如月、くん?」
気づけば私は座り込んでいてその隣で如月くんは私を覗き込むように見つめる。
如月くんは苦しそうにしていて、
如月くんの瞳に映る私も泣きそうな顔をしていた。
「……あいつが、石川さんを苦しめてるの?」
「なんの、こと?」
言葉を理解出来ないまま、私は手のひらを優しく握られる。
「それすら分からないくらいに苦しいなら、あいつじゃなくて俺を見てくれよ……」
そのまま如月くんは俯く私にキスをした。
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