男子高校生の追憶と七不思議
あれはまだ入学してしばらく経って落ち着いてきた春の出来事。
「うわ……最悪だ……」
降水確率0%。そうお天気のお姉さんは言っていたのに。
昇降口を出て目の前に広がっていたのは豪雨だった。
まだ中学生感が抜けてない人達は楽しそうに水浴びをしていた。
このぐらいの雨などと、駆け抜けて行く人達。
ちゃんと傘を持ってきている人達。
鞄に折りたたみの傘を用意してあった人達。
様々だ。
俺はその中のどれにも当てはまらない、途方に暮れている人だ。
いつもなら駆けて帰っていて、昨日は大変だったと明日の話のネタにしていたと思う。
でも今日は多少濡れる事はあってもずぶ濡れになるわけにはいかなかった。
それは弟の誕生日で、オーケストラコンサートに行く予定がこれからあったからだ。
家に寄ってからコンサート会場に行くには間に合わない。
この雨の中を駅まで走ったとしても、ずぶ濡れで劇場に行くのは憚れる。
かと言ってこのまま途方に暮れていても駄目だ。
駅まで歩いてくれる人を探さないと……
もしくは途中で服を買って着替えるか……
そう考えに耽っていると、
「あのー?どうかしたんですか?」
女生徒に話しかけられた。
綺麗なブラウンの髪を肩まで伸ばした女の子だった。
心配そうに見つめてくる瞳に目を奪われて反応に遅れが出てしまう。
「……えっと、凄い雨で立往生してたんだ」
「うひゃー凄いねーひかりちゃんに言われて持ってきてて良かったよ!」
外の光景を見て思わず声を出す女の子。
幼さが残った彼女の笑顔は俺の視線を釘告げにしていた。
彼女は傘を持ってきていたらしい。
「あ!良かったら入っていきますか?」
「え?」
「その、なんか急いでるように見えたから。迷惑じゃなければ……」
伺うように覗き込んでくる女の子の提案は凄く魅力的だった。
どっちにしろ、そろそろ行動に移らなきゃいけなかったし、願ったり叶ったりだ。
「よろしくお願いします。」
学校と駅までは大体10分ぐらい。
その道を俺は女の子と並んで歩く。
女の子を濡らさないように彼女側が余るように傘をさす。
「これからコンサートだったんだぁ……って!肩濡れてるよ?こっち空いてるからもっと入ってよ」
「これぐらい大丈夫だよ」
「これからコンサートなんだよね?濡れてたら大変だよ!……よいしょ」
少し注意するように怒る彼女。
それでも行動しない俺にしびれを切らして、身体をくっつけてきた。
「え、ええっと……」
「これなら貴方も濡れなくて済むよね?」
悪戯が成功した子どもみたいな笑顔だった。
でも恥ずかしさを隠せずに薄く頬が赤く染まっていて、
それが新鮮に思えた。
自分がそれなりにモテるというのは分かる。
否定や謙遜は嫌味にしかならないと思ってる。
だから下心とか見栄とかそういうのがない女の子は新鮮で。
変な男に騙されないか心配で。
無垢な笑顔を守りたいと思った。
それが俺の恋の始まりだった。
一目惚れ。
心奪われた瞬間だった。
それからその女の子を知るまでかなりかかってしまった。
大っぴらに探す事も出来ないし、そもそも顔しか分からない。
手がかりが少なすぎる。
だからあの子が目と鼻の先の隣のクラスにいた時は腰が抜けそうになった。
名前は葵ちゃんと言うらしい。
心の中で呼ぶ事は出来ても、いざ言葉にすると恥ずかしい。
いつか言えるように頑張ろうとそう思った。
体育祭の前であれば簡単に再会できたのになと友達に言われた時は肩を落としてしまった。
そんなある日……
帰り道の電車で偶然、葵ちゃんと鉢合わせた。
向こうはあの雨の日のことを覚えていないみたいで、
俺達は並んで席に座った。
何か話そう……なんでもいい!
そうだ!あの日のお礼をしよう……
そう思っていたのだけど
「…………すう」
葵ちゃんはもうすでに夢の世界。
はぁ……と落ち込みそうになっていた。
けど……
電車の揺れで俺の肩にコトンと頭が乗っかる。
そのまま葵ちゃんは眠り続けてしまった。
嬉しさ恥ずかしさ半分で心臓がばくばくだった。
この拍動で起こしてしまうんじゃないかってぐらいに。
しばらくして葵ちゃんはハッと目を覚ます。
どうやら降りる駅だったみたいで、
俺に何度も頭を下げて電車を降りていった。
何駅も降り遅れてしまったけど、
凄く幸せなひと時だった。
こんな幸せな時間をまた彼女と過ごしたい。
彼女もまたそう思ってくれたらなと。
2人で話したのはあの雨の日だけ……
いつか話せるように今日も頑張ろう。
葵ちゃんを見て俺はそう思った。
◇◆◆◇
蒼井有宇。
頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。
しかし眠たそうな面倒臭そうな瞳が台無しにしている。
だからといってそういうわけではなく、
真面目で、居眠りもして事ない。
性格も温厚で物静か。
面倒見を良く、優しい。
そんな女の子からモテそうな蒼井有宇ではあるが、
その手の話は聞く事が少ない。
それは、瞳が怖いから。
彼は女の子が関わると決まって気まずそうな顔をする。
それが女の子からは睨まれていると勘違いしているのだ。
そんな彼の七不思議的な物がある。
1つ。
彼の代名詞とも言える眠そうで面倒臭そうな瞳だ。
何故他は性格や顔も綺麗に整っているのに彼処だけなのか、
不思議で仕方がない。
2つ。
彼の登下校だ。
朝はとても遅く、遅刻ギリギリ。
だからと言って、一度も遅刻した事はなかった。
帰りは誰よりも早く帰る。
極たまに例外はあったがそれはクラスの用事がある時のみだった。
親睦会の時ですら来なかった。
でもそれは、早く帰った所為で存在すら知らなかっただけで、
誘われていれば、恐らく行っていただろう。
3つ。
これはつい最近の事。
蒼井有宇は素肌を見せたがらない。
何が不思議なのかとこれだけでは分からないと思う。
彼のように夏でもポロシャツではなく長袖のシャツを着ている人はいる。
ポロシャツが嫌いな人、変えるのが面倒な人、シャツが好きな人、様々だ。
そんなシャツの人でさえも、真夏日には袖を捲る。
だけど、蒼井 有宇はこの夏、一度も袖を捲った事はなかった。
それに加えて、体育の時間でも、彼は長袖長ズボン。
あまりの素肌を見せない徹底さに皆首を傾げていた。
4つ。
あんなにモテるはずの蒼井 有宇が女嫌いであるという事。
彼の人生で女性に悪い意味で困る事はなかったはずだ。
なのに彼はまるで関わりたくないように接する。
露骨なわけじゃない。
同じクラスだから辛うじて分かる人もいるぐらいの自然さ。
いつも男子と会話している時と若干の気持ちの沈み。
それが、悪意に機敏な人達からは彼が女の子を避けていると分かる。
だからこそ、
『女嫌い』なあの、蒼井 有宇が、
『素肌を見せたがらない』あの、蒼井 有宇が、
ずぶ濡れになっていたとは言え、石川 葵に服を貸したというのは、
クラスのビックニュースになっていた。
これがまた、蒼井 有宇の七不思議の1つに追加されるのだけど、
葵はその事を知らない……というか、七不思議自体知らないのだが。
それでも5つしかないじゃないかと思った?
まだまだこれから増えるかもしれないから余白を作ってるだけ。
決してこの七不思議を作ろうとした人が7つも見つけられなかった、
という事ではない。決して。
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