2つの本心と揺れる思い
「「っ!石川さん!」」
俺と如月もゲームを忘れて石川さんに駆け寄る。
隣では佐伯さんと朝日奈さんが蹲る石川さんの容態を観察していた。
「あ……これで蒼井くんの点ですよね?っっ!」
自分の事よりも俺の事を優先する石川さんに苛々する。
当たったであろう太ももが少しずつ腫れていく。
「これは保健室ね……そこの貴方!運んでくれないかしら?」
明日香先輩が図体のいい男子生徒を呼ぶ。
こういう時は誰かと言わずに指名するのが時間の節約になる。
良い判断だなと思った。
しかし気づけば俺は自分の腕でその男子生徒を制していた。
男子生徒も驚いた顔をしていたが一番驚いているのは俺だ。
「……立てるか?保健室に行こう」
「でも……試合が」
心配そうな、申し訳なさそうな感情が表情から見てとれる。
あと1点で勝てるという所で俺が試合を中断しようとしてるんだ。
石川さんじゃなくてもこうなるだろう。
俺だって本当は試合を止めたくない。
なんせ負ければ紅葉との時間を削ってしまう。
そんな事断じて許容できる事じゃないんだ。
なのに……
「いいよ。今は石川さんの方が大事だから」
俺の口はそう紡いでいた。
思考と行動が一致しない。
ならこれは心の奥底から出ている本物な感情なのだろう。
「あ……蒼井くん?」
俺の言葉に石川さんは驚いた顔をしていた。
「それに……今ここで見捨てて勝ったとしても、妹は喜ばない。俺も後味悪いよ。俺は妹に胸を張れる兄でいたいんだ」
誰に俺は言い訳してるんだろうな。
でも……
紅葉の為に戦っていたのも本心で、
石川さんを放って置けないのも本心で。
この2つを天平にかける前に石川さんに手を伸ばしていた。
きっと紅葉なら分かってくれる。
そうした方がいいと言ってくれる。
そう無意識に考えたから……そう、思うしか納得のいく説明が自分の中に生まれなかった。
咄嗟的な、刹那的な行動に、助けたいと思う理由に、
訳なんていらないのに……
俺は審判に棄権すると伝える。
そして、明日香先輩の方を見る。
「……ユウ、貴方の大切な人というのは……妹さんのことだったの?」
明日香先輩は少し驚いた顔をしていた。
先輩は何と勘違いしていたんだろうか?
「はい。俺は妹との時間を大切にしたいんです。たった1人の家族ですから」
たった1人の家族。
俺にとっても、紅葉にとってもだ。
だから出来るだけ一緒にいたかった。
幸せにしたい。
見守りたい。
母さんと父さんの代わりに……
「だから勝ちたかったんですけどね……すみません。でもこの選択に後悔はしていないです」
過ごせる時間が減ってしまう事に悔いる事はあっても、
この選択だけは絶対に後になっても悔いる事はないだろう。
「そう、たった1人の……」
明日香先輩は何か言っていたが、俺の耳には届かなかった。
「……もういいわ。さっさと彼女を連れて行きなさい」
俺の事を見つめる明日香先輩。怒るのも当然か。
突き放すような言い方が怒っているのを助長させていた。
俺は石川さんに肩を貸して、如月の横を通る。
「安心して。明日香先輩も君もすれ違ってただけだから」
「は?何が……どういうことだよ?」
「今はそれより石川さんだよ。明日香先輩も言ってたしね」
言ってたって何も……
「さっきのは『勝負の事を忘れて、彼女の怪我だけの事を考えなさい』って言ってるだけだから」
……そんなのあの言葉からは想像できない。
「だから今は石川さんを優先して。その後にちゃんと明日香先輩の所に戻ってくれば、怒らないから」
逆に言えば戻って来なければカンカンだということだな。
戻らないなんて事、最初から考えてなかったけどな。
コートを抜ける。
それでも保健室までの距離は長い。
処置が遅れればそれだけ治るのも遅くなるわけで。
石川さんも時間が経つたびに苦しい顔と汗をかいている。
「石川さん、ごめんね?」
俺は一言入れてから彼女をお姫様抱っこする。
「え?えぇ!?あ、蒼井くん!?」
みるみる内に赤くなっていく石川さん。
バタバタと手足を動かされて転びそうになる。
「っと……このままじゃいつまでたっても辿り着けないから。それで処置が遅れて傷が残ったりでもしたら大変だしね」
「で、でも、私重いよ?最近クッキーばっかり食べちゃって……」
そういえばクッキー作りしてるって話してたな。
「石川さんは重くないよ?寧ろ軽すぎて心配するぐらいだよ……ってこういうのってあんま言っちゃ駄目なんだっけ?ごめん」
「ううん。軽いって言ってくれるのは嬉しいよ。それにお姫様抱っこって女の子の夢みたいなものだから……だから蒼井くんが良ければこのままがいいかな?」
抱き抱えているから彼女は俺をちょうど上目遣いで見つめるようになる。
汗をかいた彼女の髪は肌に張り付いていたり、少し頬が赤くなっている。
そんな姿にほんの少しだけ心動かされそうになったけれど、
俺を信頼しているから身体を任せてくれているんだと思い直して、
彼女の体勢も直し、歩き出す。
校舎に入ってしばらくすると石川さんが笑っていた。
どうしたのだろうと尋ねると、
「ふふ、蒼井くんなんだか抱っこするの慣れてるなーって。いいお兄ちゃんなんだなぁって」
苦なく靴を履き替えて、ちゃんとロッカーに入れる。
そんな姿を見て思ったらしい。
「まぁな。眠った妹を抱っこしながら他の作業をするとかいつもの事だからな」
遊び疲れた紅葉を抱き抱えながら、
家に帰れば靴を脱がしたり。
汗だくの身体を起こさないようにある程度拭いて、着替えたり。
紅葉が離れようとしないから抱っこしたままやったりと。
「凄いね。寝ると脱力しちゃうからいつもよりも重く感じるんだよね。私は歳が近かったから寝ちゃうと大変で」
「確かに、歳が近いと色々大変みたいだな。俺の所は7歳差だからそういうのはないんだけどな」
みたいな会話をしているうちに保健室に着く。
空いてはいたが立て札に居ませんという文字が。
「呼びに行くのも面倒だな……ちょっと待ってて」
石川さんを座らせて、俺は氷を袋に敷き詰める。
できるだけ空気をなくすのがコツだ。
そうしてアイスパックを作った俺は石川さんの所に戻って、
膝を少し曲げさせる。
膝を伸ばしたまま冷やして固定すると筋肉が萎縮して固まってしまうらしい。
そうなると膝が曲げ辛くなくなる。
だから膝を少し曲げさせてから固定する。
「最初の10分くらいは痛いと思うけど、我慢してね?」
腫れた部分に密着するようにアイスパックを覆う。
そしてラップを巻いていく。
1周目は肌に合わせるように巻いていく。
2周目からは太ももの表は強く、裏は1周目のように優しく巻いていく。
こうする事で腫れた表側は硬く固定される事でこれ以上悪化させる事なく、
腫れのない裏側は優しく巻く事で血流を止まる心配がない。
以上、アイシングのコツでした。
巻き終わって、固定具合を確認した俺は満足して顔をあげる。
「ありがとう、蒼井くん」
「どういたしまして……じゃあ、そろそろ戻るね。20分経ったら外してて。それから30分経ったらもう一度冷やすから」
「あ……私もっ……!お願いしなきゃ。考え直してくださいって。だから……」
立ち上がろうとしたができずに痛みに耐えている石川さんを座り直させる。
「大丈夫だよ。そこは俺が何とかするからさ。土日のどっちか休み貰えれば、妹も納得するだろうし……それに、1年経てば先輩引退だから辞められるし」
「……蒼井くん、そう言って、先輩が辞めても辞めないと思うよ。真面目で優しいから。やるからには求められた以上の事しそう……」
「はは、まさかっ」
軽い調子で笑ってみたけど、そんな未来もありそうで怖い。
石川さんもジト目だし。
「……私もボランティア部入ろうかな。責任あるし……」
責任か。そんな事気にしなくていいのに。
でもそうだな……
「こほん……もしそうなったら、妹の事頼めるかな?」
「え?」
「石川さんなら妹も懐くと思うし」
「そうかな?そうだと嬉しいな」
「ああ。ん?嬉しい?」
「うん、嬉しい。何でか分からないけどね。えへへ」
赤く染めた頬をかきながら恥ずかしそうに微笑む。
「……まぁ、そうすれば妹も寂しい思いさせなくて済むし、石川さんに責任感じさせずに済むしね」
俺も熱が伝播するように熱くなっていく。
「うん!今度紹介してね?」
「ああ、じゃあ行ってくる」
いってらっしゃい。
と今度は座ったまま見送ってくれる。
いつか紹介するなんて責任を感じさせない方便だけど。
でもまぁ……
あの時みたいに、
あの子みたいに、
紅葉の誕生日に誘うぐらいはいいかなと思っていた。
「なんか、久々だなこんなの」
中学のある時期から女子を避けていた。
なのに最近になって、石川さんや結衣に関わるようになって、
拒否感が薄くなっているような気がする。
「いや……2人とも成り行きだったし。すぐに元に戻るさ」
両親が死んで。
その原因が自分にあって。
両親の真意を知って。
俺は紅葉を一人前の女性にしなきゃと思った。
幸せにしないと。
俺が誰かと一緒になるまでいてあげないと。
しっかりしないと、と。
その為に全てを投げ打った。
俺のプライベートは学校だけ。
それ以外は全部、紅葉の為に。
特待生も学費を減らして、紅葉にお金がかけられるように。
早く帰るのも、休日なるべく家にいるのも、紅葉に寂しい思いをさせないように。
俺に自由なんてないって以前、秀に言われた事があった。
確かに周りから見たらそうなのかもしれない。
でも、俺は好きでやっている事だから。
だから大丈夫だと言った。
まぁ、大きくため息つかれたけど。
「……だって言うのに、なーんで棄権なんてしたんだろうな。はは!」
自分の先ほどの不可思議な行動に笑ってしまう。
こんなにもいつも紅葉優先なのに。
紅葉に言ったらどんな反応するかな?
拗ねて口聞かないとか?
石川さんに興味持つとか?
そもそも興味ない……はないな。
紅葉はいつも俺の話を楽しそうに聞く。
俺から何か話をするってのが少ないのもあるかもしれない。
殆ど、秀か男子としか連まないからな。
その時の話をしてもそこまで食いつかないけど、
たまに女子とこんな事があったとか話すと瞳を輝かしながら聞いてくる。
「帰ったら、ちゃんと話してあげよっと」
軽い足取りで俺は先輩の元へ向かった。
「明日、文化祭の練習が終わったら残りなさい。」
「はい。」
戻ると一言。
お疲れとか石川さんの状態は?
とか聞かれると思ったけど……
「彼女は……今冷やしているんでしょ?もう少しで話が終わるから、そんなそわそわしなくてもすぐに解放してあげるから」
「は、はい」
そんなに態度に出てたかな?
「ところで、非常に重要な事が1つあるのだけど……」
「はい?なんでしょうか。あ、部活なら入ってませんよ!大丈夫です!」
「ん?……ああ、それはいいの。そうじゃなくて……子どもは好き?」
「はい?……まぁ……」
好きと答えたらどうなるでしょう?
何故か気持ち悪がられるんだよね。特に男子は。
女性が言うと母性的だねとか言われるのに、
男性が言うと母性的だねとか言われない。
何故だ?……母性がないからか。
イケメンならここで胸張って好きだと言っても
かっこいいの一言で済むんだけどなー
「ん?どうしたの?どっちなのさ?」
「……好きだと思いますよ?妹もいますから休日とか一緒に遊んであげたりしますし」
「何故に疑問形なの?まぁいいわ。嫌いじゃないならそれでいいの。じゃあ放課後に」
「あ、ちょっ!」
立ち去っていく先輩。
「蒼井くーん!あお、どうだった?」
「あお?……石川さんか。今冷やしてる。多分腫れは引くと思うよ」
「そっかぁ……ふふ、じゃあ保健室戻ろうか?」
「へ?なんで?朝日奈さんがいれば大丈夫だよね?」
「いや、もし動けなかったらあおいっちに家まで運んでもらわなきゃ」
あおいっちってなんだよ。突っ込まないけど。
「……まぁそれは一理あるな。幸い家は近いからな」
「え?そうなんだ!なら、なおさらだね?あおの事よろしくね」
結局、そのあと俺は石川さんを家まで送り届けた。
横で何故か嬉しそうに朝日奈さんは笑っていたけど。
なんだったんだろうな?
先輩の質問の意図は分からないまま。
その答えを知るのは明日の文化祭の準備後だったのだが……
事件はまだまだ有宇を離してくれない。
お読みいただきありがとうございます。




