豊臣家の危機。そして猪鍋
大坂城。
「このままでは豊臣家の天下が……。」
宇喜多秀家は深刻な表情で呟いた。
「徳川殿は近頃、あまりにも秀頼様へ近付き過ぎておる。」
毛利輝元も眉をひそめる。
「まるで実の父親のようではないか。」
「いずれ豊臣家を乗っ取るつもりでは……。」
重苦しい空気が流れる。
その頃、大坂城奥御殿では。
「ふーん。」
茶々は帳面を捲りながら生返事をした。
「御方様!」
「ん?」
「事態は深刻なのでございます!」
「そう?」
茶々は首を傾げる。
「徳川殿は近頃、秀頼様に付きっきりにございます!」
「うん。」
「文字を教え!」
「うん。」
「算術を教え!」
「うん。」
「帳面の見方を教え!」
「うん。」
「儒学まで教えております!」
「ええ事やん。」
一同沈黙。
「御方様!?」
「いや。」
茶々は筆を置いた。
「口動かす暇あんなら、秀頼に漢字の一つぐらい教えてほしいもんやわ。」
再び沈黙。
「現に、秀頼は自分の名前を書けるようになったし。」
「ですが!」
「算術も前より出来るようになった。」
「ですが!」
「帳面も読めるようになった。」
「ですが!」
「何が不満なん?」
誰も答えられない。
「御方様。」
大蔵卿局が静かに口を開く。
「なに?」
「徳川様は……高台院様も申される通り、信用するには少し危のうございます。」
「せやな。」
「ですが。」
一拍置く。
「口だけの者どもより、よほど信頼できます。」
茶々は頷いた。
「現に。」
大蔵卿局は外を見る。
「民が燃えておりませぬ。」
「せやな。」
再び沈黙。
宇喜多も毛利も何も言えなくなった。
すると。
「……御方様。」
今度は大野治長が口を開いた。
「なに?」
「本当に、このままで良いのでしょうか。」
茶々は治長を見つめる。
「何が?」
「気付けば皆、徳川殿を頼るようになっております。」
「せやな。」
「この先も、それで良いのでしょうか。」
茶々は少し考えた。
「治長。」
「はい。」
「徳川殿の代わり、出来る?」
「……。」
治長は黙った。
「某には……無理です。」
茶々は肩を竦める。
「ほな、今は任せるしかないやん。」
治長は何も言えなかった。
茶々の言葉は正しい。
だが、それで本当に良いのかという疑問も残る。
答えの出ないまま、夜は更けていった。
その頃、佐和山城では――
「ほら、食え。」
「あんがと。」
湯気を立てる猪鍋を囲みながら、清正と正則が顔を綻ばせる。
「久々に食うたわ〜。やっぱ美味いなぁ。」
「酒ありゃ、ええんやけど……。」
三成は少し考えた。
「少しだけなら、ある。」
「「ほんまぁ!?」」
目を輝かせる二人。
「少しだけやで。」
「分かっとる!」
「分かっとる!」
全く信用できなかった。
豊臣家の行く末を案じる者たちが大坂城で頭を抱えている頃……。
その元凶たちは、猪鍋を食いながら酒を飲んでいた。




