細川忠興、妻と息子に論破される
佐和山城で、石田三成と加藤清正、福島正則が猪に荒らされた畑を黙々と耕していた頃。
大坂城下、細川邸では――
「儂は佐和山へ行く。」
「駄目です。」
即答だった。
細川忠興は目の前に座る妻・ガラシャを見つめる。
その隣には長男の忠隆。
更にその後ろには忠隆の妻・千世と、末娘の多羅が控えていた。
「何故じゃ。」
「父上がお戻りになるまで大人しくしていてください。」
ガラシャ、即答。
「謝りに行くだけではないか。」
「違います。」
今度は、忠隆が即座に否定する。
「何が違う。」
「父上の場合、途中で余計なことを言います。」
「言わん。」
「言います。」
「言わん。」
「言います。」
「言わん。」
「言います。」
忠興は黙った。
言い返せない……。
「ほら。」
「ぐっ……。」
忠隆は深く溜め息を吐いた。
「父上。」
「なんじゃ。」
「先に手を出したのはどちらですか?」
「……儂。」
「襲撃を主導したのは?」
「……儂。」
「治部殿が佐和山に籠った原因は?」
「……儂ら。」
「はい。」
忠隆は満足そうに頷くと、忠興は面白くなさそうな顔をした。
「だから謝りに――」
「今はまだ早いです。」
「何故じゃ!」
「治部殿が今、父上の顔を見て喜ぶと思いますか?」
「……。」
忠興は黙り込んだ。
「ほら。」
「ぐぬぬ……。」
再び論破された。
「殿。」
ガラシャが口を開く。
「なんじゃ。」
「殿は昔からそうです。」
「何がじゃ。」
「こうだ、と思ったら周りが見えなくなるのです。」
「そんなことは――」
言い掛けて止まる。……思い当たる節があり過ぎた。
「あるんですね?」
「……ある。」
ガラシャは大きく頷いた。
「でしょうね。」
千世がそっと目を逸らし、多羅はうんうんと頷いている。
忠興の味方は誰も居ない。
「儂はただ――」
「ただ?」
「謝りたいだけじゃ。」
その言葉に、ガラシャと忠隆は顔を見合わせた。
「ならば尚更です。」
「何故じゃ。」
「謝罪は相手のためにするものです。」
忠隆は静かに続ける。
「自分が楽になるためにするものではありません。」
「……。」
「今の父上は、謝って楽になりたいだけに見えます。」
忠興は言葉を失った。
「まずは待ちなさい。」
ガラシャが言う。
「父上がお戻りになったら、皆で考えましょう。」
「……。」
「その間、外出は禁止です。」
「子供か!」
「私からすれば、貴方は産んだ覚えのない長男です!」
「ぐはっ!」
忠興は胸を押さえた。
会心の一撃だった。
「忠隆。」
「はい、母上。」
「家臣たちにも伝えておきなさい。」
「かしこまりました。」
「儂は逃げんぞ!」
「その台詞が出る時点で信用できひんわ。」
「なんでやぁぁぁ!!」
忠興の悲痛な叫びが、細川邸に響き渡った。
なお、その日のうちに『殿が抜け出そうとした場合は全力で止めること』というお達しが、家臣一同へ通達された。




