女たちは冷静に世を見つめる
大坂城の奥御殿。
茶々は、寧々に手紙という名の報告書をしたためていた。
『治部殿が佐和山へ戻られて、一月が経ちました。
奉行衆は毎日責任の押し付け合いをしております。
且元が近江に帰ろうかと申してます。
政務に関しては、徳川殿が踏ん張っているお陰で何とかなってます。
秀頼が自分の名を書けるようになりました。』
茶々は、一度手を止める。
『近頃は、毛利や宇喜多、上杉ら大老衆が"このままでは豊臣家の天下が危のうございます。"とうるさいです。
口を動かすより先に手を動かしてほしいものです。
最後になりましたが、此度の大坂城奥向きの人員配置です。ご査収ください。』
茶々は筆を置き、読み返す。
「……あの、御方様。」
「なにぃ〜?」
茶々の後ろに控えていた、乳母の大蔵卿局がそっと声をかける。
「あの、近ごろ徳川様が秀頼様の後見のようなお振舞いを……。」
「事実や。秀頼はまだ幼いん。」
「ですが……。」
「前田の親父殿亡き今、頼れるのは徳川殿しか居らぬ。」
「それでは、豊臣家の天下が!」
茶々はゆっくりと振り返る。
「……太閤殿下がどのようにして、天下を手中に収めたか、忘れたんか?」
大蔵卿局は息を飲む。
「三法師様を織田の後継者に据え置かれ、ご自分はその後見となられ、実権を握られたんやで。
そして、いつの間にか、織田の天下から豊臣の天下になった……。」
茶々はふっと息を吐く。
「太閤殿下はね、豊臣家を頼む、と仰られたん。
豊臣家の天下を頼む、とは言われていない。
私が望むものは、豊臣家の家名存続と秀頼が元気で居てくれること。
それは高台院様かて、同じや。」
大蔵卿局は何も言えない。
「戦して何になるん?得る物もなく、減るだけやんか。
その皺寄せは民へ向かう。
無理に戦をしたところで……その後はどうすんの?」
茶々は小さく笑う。
「いま、天下を収められるのは、徳川殿や。
政務は……まぁどうにか回っておるし、秀頼の後見もしかと務めてくれている。
それに、民も飢えていない。
天下があーだこーだ叫んでる人たちより、よっぽど有益やんか。」
大蔵卿局はゆっくりと頭を下げる。
「天下を取るより、生き残る事の方が難しいで。」
そして、折り畳んだ文を差し出す。
「高台院様へ送って。」
大蔵卿局は何も言えなかった。
戦を知らぬわけではない。
だが、天下を取ることばかり考えていた自分と、天下を取った後のことを考えている茶々との差を思い知らされた。
「かしこまりました。」
大坂城より届いた文(報告書)を読んだ寧々は、鼻で笑う。
「今更、佐吉の苦労に気付きよったわ。」
「……奉行衆にございますか?」
寧々の側に座る京極竜子が首を傾げる。
「今まで佐吉が全部段取り組んで回してたけど。
その歯車が一つ欠けただけでコレや。」
寧々は竜子に手紙を差し出す。
「……まぁ。」
竜子は目を細めた。
「やはり、宇喜多や毛利はうるさいですか。」
「お茶々の後ろに隠れて、ギャーギャー言うとるだけやろ。」
「面と向かっては、喧嘩しないのですね。」
「んな度胸あるなら、とっくにやっとる。
さてと……返事書こうか。」
寧々は新しい紙に筆を走らせる。
『秀頼が、自分の名を書けるようになったのは何よりです。
奉行衆に至っては、放っておきなさい。
且元にはもう少し耐えろ、と伝えて。
徳川殿は信用するには少し危ないが、政が滞りなく進むのであれば、信頼しても良い。
毛利たちには"うるさい。なら、お前がやれ。"と言ってやりなさい。
配置については問題なし、そのまま進めるように。』
寧々は筆を置く。
「さてと……。天下はどこへ向かうやろうね。」




