適量とは?
時間軸を江戸幕府成立の少し前に戻す。
慶長六年のある日。
大坂城にて評定が行われ、清正は熊本から上洛した。
評定は滞りなく進み、その日の評定は終わった。
「では、また明日。」
「「はっ。」」
清正が立ち上がろうとした時、家康に声を掛けられる。
「主計頭殿、左衛門大夫殿。宜しいか?」
「はっ。」
「……はい。」
家康は上機嫌だった。
また三成から薬を貰ったのだろう、と清正は察した。
清正の隣に座っている正則も、恐らく今の自分と同じような顔をしている。
「治部殿に胃に効く薬を貰ってのぉ。」
((やっぱりな。))
家康の漢方オタクっぷりは、周知の事実である。
「治部殿にな、煎じ方を聞いたのじゃが、"適量です"としか書いておらぬ。」
(アイツらしいわ。)
「して、治部殿の申される適量とはどのぐらいじゃ?」
「はぁ。」
「儂は知りたい。」
距離が近い。
「付き合いの長い其方らなら、分かるのではないかと思うての。」
目をキラッキラに輝かせている家康に、清正は少し引いた。
正則に至っては面倒くさそうな顔をしている。
清正は少し考えた。
「……佐吉が、ごほん。三成の言う適量とは、大体このくらいです。」
清正は家康へ自分の親指を見せる。
「某の親指の付け根から……。」
「うむ!」
「爪の先までです。」
「成る程!」
家康の目がキラリと光る。
「では、早速!」
家康は立ち上がり、清正と正則の腕を取る。
「付いて参れっ!」
「……え?」
清正と正則は家康に連れられ、西の丸までやって来た。
「このぐらいじゃな!」
陳皮を手に取り、清正の親指と並べて比べる。
「成る程のぉ!」
家康は目を輝かせたまま、今度は正則を見る。
「左衛門大夫殿はどうじゃ?」
「……存じませぬ。」
「そうか……ならば、主計頭殿の申す通りにしようか。」
そして、ゴリゴリと薬研を回し始めた。
その様子は、完全にただのオタクのおっさんである。
「嬉しそうやな。」
正則はポツリと呟く。
全ての評定が終わり、各大名がそれぞれ領地へと引き上げる中、清正と正則は佐和山へと立ち寄った。
完全に"実家へ帰りの挨拶をしに行く息子"状態である。
「市松は清洲の帰りの途中やから分かるけども。」
三成はいつも通り、薬研を回していた。
「態々こっちに寄るって、お前も律儀やなぁ。」
薬草の仕分けをしている清正の背中にそう投げかける。
「次はいつこっちに来るか分からんでのぉ。お前の顔見て帰らな。」
「……あっそ。」
三成の声は素っ気ないが、実は嬉しい事を清正は見抜いていた。
だが、口には出さない。
口に出したが最後。鉄拳が飛んでくる。
「あ、そうや。コッチ来る前にな、大和の紀之介んとこ行って来たで。」
清正は薬草を分けながら告げる。
「お前の足はどないなっとるんや。」
「まだまだ動けるで〜。」
「……アイツ、生きとったか。」
「文来とるやろ。佐吉は生きとるか?って言うてたで〜。」
「……生きとるわ。」
「顔見せに行って来ぃや〜。大和の温泉、良かったで。」
「せやなぁ……。大和も猪、出るやろか?」
清正は笑いながら薬草を分けていたが、ふと思い出した。
「あ、そういや。徳川様に"治部殿が言う適量ってどのぐらいだ?"って聞かれた。」
三成の手が止まる。
「なんて言うたん?」
「俺の親指ぐらいって言うた。」
清正は振り返って、三成へ自分の親指を見せる。
「……絶妙なんが腹立つわ〜。」
「俺を誰やと思うとるんや〜?」
「ふっ、阿呆。」
三成は再び薬研を回す。
口元は僅かに緩んでいたが、清正は見ないふりをして、仕分けを再開した。
「虎ぁ〜、甘草取って〜。」
「はいはい。」
佐和山は、今日も薬研の音が響いていた。




