敵は猪と鹿
佐和山城へ到着した一行を出迎えたのは、舞兵庫だった。
「お待ちしておりました。」
兵庫は一礼する。
そして、官兵衛の後ろに隠れる長政と嘉明を見た。
「……。」
兵庫の肩が、僅かに震える。
「……?」
長政が首を傾げる。
「いえ。」
兵庫は咳払いした。
「なんで隠れとるんやろうなぁと思いまして。」
堪えきれなかったようだ。
長政と嘉明は顔を見合わせる。
「兵庫殿。」
嘉明が小声で尋ねる。
「何でしょう。」
「……落とし穴ある?」
「ありません。」
即答だった。
「鉄砲隊は?」
「おらん。」
今度は官兵衛が答える。
「ホンマに?」
「ホンマや。」
「火薬の匂いせぇへん?」
「せん。」
嘉明は少し考えた。
「じゃあ……。」
一拍。
「槍持ち。」
バチィーーン!
「痛ぁぁっ!!」
官兵衛のデコピンが炸裂した。
「やかましい!」
「だってぇ!」
「だってやない!」
すると、今度は長政が真面目な顔で口を開いた。
「……兵庫殿。」
「はい。」
「槍構えた左近殿、待ってへん?」
兵庫は耐えられず、盛大に吹き出した。
「ぶはっ!!」
官兵衛のデコピンが再び炸裂した。
バチィーーン!
「痛っ!」
「お前もか!」
「だって!」
「だってやない!」
兵庫は腹を抱えて笑っていた。
「本気で狙っとるんやったら!」
笑いながら言う。
「ここ来る前にやってますわ!」
「……あ。」
「……せやな。」
二人は妙に納得した。
「ほな、参りましょうか。」
兵庫は先導を始めた。
長政と嘉明は顔を見合わせる。
「……兵庫殿。」
「何でしょう。」
「どこ行くん?」
「畑です。」
即答だった。
「畑。」
「畑です。」
「……何で?」
「殿が今朝からおりますので。」
三人は歩き続ける。
すると、兵庫は思い出したように付け加えた。
「ああ。」
「なにか?」
「今朝、猪の足跡見付けまして。」
「……。」
「……。」
「それから、鹿も……。」
「……鹿。」
「それで殿、いま機嫌悪んですわ。」
長政と嘉明の顔色が変わる。
「やっぱ怒っとる!!」
兵庫はきょとんとした。
「猪と鹿にです。」
沈黙。
「……。」
「……。」
「お二人にやったら、去年のうちに怒ってますわ。」
兵庫は肩を竦める。
「というか。」
「……ん?」
「殿、今は猪や鹿の方が大事です。」
官兵衛は深く頷いた。
「それは間違いない。」
「間違いないですね。」
兵庫も頷く。
長政と嘉明だけが納得できなかった。
兵庫に案内され、一行は畑へと向かった。
しばらく歩くと、人影が見える。
「……。」
長政は目を擦った。
「……。」
嘉明も目を擦った。
畑の真ん中で雑草を抜いているのは、石田三成。
そして――
「……市松?」
福島正則だった。
どう見ても福島正則だった。
「……あの人、清州に戻ったんちゃうんか?」
長政が呟くと、兵庫は平然と答えた。
「戻りましたよぉ。」
「ほな、何でおるん?」
「たまに来られます。」
「たまに。」
「左近が喜んでますわ〜。
若手の鍛錬つけてくれるからって〜。」
官兵衛は思わず吹き出した。
その声で三成が顔を上げる。
「なんや、来たんか。」
「おう。」
官兵衛が手を挙げる。
「元気そうやな。」
「元気やで。」
そして三成は長政と嘉明を見た瞬間、二人の背筋が伸びる。
「松寿も孫六もおるやん。」
三成は立ち上がった。
「ちょうどええわ。手伝え。」
長政と嘉明は固まった。
「あの、佐吉。」
長政が恐る恐る口を開く。
「ん?」
「怒ってへんの?」
「……何が?」
本気で分かっていない顔だった。
長政は黙り、嘉明も黙った。
三成は首を傾げる。
「変なん。」
そして兵庫へ振り返る。
「兵庫。」
「はっ。」
「官兵衛様は休ましたってくれ。」
「かしこまりました。」
兵庫は一礼する。
「官兵衛様、こちらへ。」
「おおきに。」
官兵衛は長政と嘉明を見る。
「ほら、行ってこい。」
二人の背中を押した。
「父上……。」
「官兵衛様ぁ……。」
「行け。」
長政と嘉明は渋々畑へ向かう。
しばらく雑草を抜いていると、長政はふと正則を見た。
「……市松。」
「なんや。」
「何でおるん?」
正則は雑草を引っこ抜きながら答える。
「清州で試しとった肥料持って来たんや。」
「ほう。」
「ついでに手伝わされとる。」
長政は遠い目をした。
福島正則。
一国一城の主。
決して暇な男ではない。そのはずである。
「おい、市松。」
三成が声を掛ける。
「なんや。」
「そこ雑草ちゃう。」
「うわっ!」
正則は慌てて手を離した。
「危なっ!」
「何やっとんねん。」
「紛らわしいんや!」
三成は呆れたように溜め息を吐く。
長政と嘉明は顔を見合わせた。
(……怒ってへんな。)
(怒ってへんなぁ……。)
二人は同時に思った。
(俺ら、この一年何やっとったんやろ。)




