先ずは、足元を見ろ
石田三成が佐和山へ帰ってから、半年が過ぎた。
最初こそ混乱していた奉行衆も、徳川家康の取りなしによって少しずつ機能し始めていた。
責任の押し付け合いも減った。
議論もするようになった。
そして、何より……。
「……平和や。」
片桐且元は感動していた。
胃が痛くない。
実に半年ぶりだった。
同じ頃、家康もまた安堵していた。
「ふぅ……。」
胃が痛くない。
実に半年ぶりだった。
なお、その裏で、石田三成特製の胃薬が活躍していたことを知る者は、本人と家康、そして加藤清正だけである。
大坂城。
「内府殿。」
「何でしょう。」
秀頼が書物を持って顔を上げた。
「これは何と読むのですか?」
「ああ、それは――」
家康はゆっくりと秀頼の隣へ座った。
「“民”と読みます。」
「たみ。」
「そうです。」
秀頼は何度か紙へ書いてみる。
家康は静かに頷いた。
家康がこうして大坂にて政務に専念できるのは、ひとえに嫡男の徳川秀忠が、江戸で領地経営に専念しているおかげだ。
関東は関東で忙しいのである。
その頃、大坂城下の一室では――
「このままでは豊臣家の天下が危うい。」
宇喜多秀家が腕を組む。
「徳川が力を持ち過ぎておる。」
毛利輝元も頷いた。
「いずれ豊臣家を脅かすやもしれん。」
上杉景勝も黙って頷く。
大友義統も深刻な表情だった。
重苦しい沈黙。
そして……。
「で?」
宇喜多が顔を上げる。
「誰がやる?」
沈黙。
全員黙った。
再び沈黙。
その時、小さな咳払いが部屋に落ちる。
「殿。」
毛利家臣が静かに口を開いた。
「何じゃ。」
「天下より先に、やることがございます。」
「何じゃ?」
「毛利家の跡目は、どうなさるおつもりで?」
「……あ。」
輝元は固まった。
続いて。
「殿。」
直江兼続が景勝を見る。
「何だ。」
「そろそろ雪対策を始めねば間に合いません。」
「……。」
「米も薪も人足も足りませぬ。」
「……。」
景勝は黙った。
更に……
「殿。」
宇喜多家臣が秀家を見る。
「何だ。」
「家臣同士が揉めております。」
「……。」
「早急な裁定を。」
「……。」
最後に。
「殿。」
大友家臣が義統を見る。
「何だ。」
「先ずは領地の再建を。」
「……。」
義統は目を逸らした。
再び沈黙。
「……今日は解散にするか。」
毛利輝元が呟いた。
「そうじゃな。」
「そうだな。」
「そうしましょう。」
天下会議は終了した。
誰一人、天下の話をしていない。
その頃、佐和山城。
「父上。」
「何や。」
重家が文を差し出した。
「また徳川様からです。」
「ほう。」
三成は文を開く。
『先日の処方、誠によく効いた。
ところで陳皮はどの程度入れるのが適量なのだろうか。』
三成はしばらく考え、筆を取る。
『適量です。』
「父上。」
「何や。」
「適量って何ですか。」
「適量や。」
重家は諦めた。
その頃、大坂城では、家康は秀頼へ文字を教え、大名たちは天下について悩んでいた。
そして三成は、薬草を干していた。




