EP8. 助けた少年に殺されかけた話
「皇女様! もっと背筋を伸ばして! 流れるように~」
「は、はい!」
ピアノと先生の手を叩く音に合わせて、靴の音がフロアに響く。
「ハァハァ……」
「少し休憩しましょうか」
パパを見送った後、私は午前中の授業をしていた。
先生から休憩の合図があり、近くの椅子に腰を掛ける。
―社交ダンスって、こんなに難しいのね……―
「以前、出来ていた箇所が出来てませんね……。
今日はこれにて終わりましょう」
「はい。ありがとうございました」
この器に入ってからというもの、授業についていけない日々が続いていた。
「はぁ~……。魔法の授業だけしか、出来てないなんて……」
―記憶が全くない状態は、かなり厳しいよ……―
帰りの廊下で深いため息をつきながら、部屋に戻った。
午後は、机の上に積まれている書類に目を通す。
『参加させたい者の名前に、印を付けてください』
メイドにそう言われたこの書類は、茶会の参加者候補のリストだ。
名前、家柄、その子供が好きな物……。
私はこのリストから、気になる2人を見つけていた。
家柄ではなく、日本を感じる単語が書いてあったからだ。
ワクワクしながら、そのリストにある2人に大きく印を付ける。
「承知しました」
メイドにリストを渡し終わる頃には、もう窓の外はオレンジ色に変わっていた。
「結局、昨日の夜は少年の所へ行けなかったな……」
その日の夜。
「今日も、よろしくね」
「はぁい。今日も寝るだけでいいんでしょ?」
呼び出した直後から、もう影武者は欠伸を出している。
「うん、眠るだけだよ」
「このベッドふかふかで良いんだよねぇ~じゃあ、おやすみ~」
手をひらひらさせた影武者は、そのままベッドへ潜っていった
「ふぅ……早く行かなくちゃ」
呼吸を整え、大人の姿に変わると少年の居る家へ転移を開始した。
目を開くと、家の扉が見える。後ろを見渡すと、一面森の中だった。
夜の肌寒い風に、木々の葉が揺れる音と鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
「改めてみると、ここは静かね。落ち着くわ」
慌ただしい城の中の音とは違う。
静かな夜の森の音をしばらく聞いていた。
ガチャッ
家の中に入ると、人の気配がない。
「こんばんは~」
「……」
―あれ? 寝ているかな?-
少年がいた部屋へ進み、扉を静かに開けた。
ヒュンッ! トスッ
「ひっ……?! 」
私の顔の横に、果物ナイフが横切る。
「来るな!!」
目の前に、刃物をもった少年がこちらを睨んで立っていた。
黒髪に、赤い瞳。
「お前……! 誰なんだ!! 近づいたら殺す! 」
数日前まで瀕死だったとは思えないくらいの威勢に、私は驚いていた。
よく見ると、突き出されたナイフの先は揺らいでいる。
「落ち着いて! 私は君を助けた者だよ。置き手紙見てなかった? 」
「なぜ俺を助けた……お前に何の得がある!ないだろうが!」
「別に損得で考えてない。体が勝手に動いただけよ」
「嘘をつくな! 俺は……信じない! 」
少年は大きく首を振る。
「どうせ売り飛ばすか、奴隷にしようと思ったんだろ!」
―ダメだ……何を言っても信じてくれない……―
「何があったか知らないけどさ……。
その、ぶっそうな物向けないでくれる?」
私が手をかざすと、少年が持っていたナイフが光る。
鉄の部分は、グニャッと曲がり花に変わった。
「は? ……お前。魔女なのか……? 」
「いや、ただの平民だよ」
少年の後ろにあるテーブルに目を向けると
食べ物はそのまま残った状態だった。
―この警戒している様子じゃ、そりゃ食べないよね……―
「何も食べてないようだし、今から料理作るから食べてよ」
「誰がお前の作ったものなんて食べるか!」
「それに私にも一応名前はあるの。
私は、サーシャ。あなたの名前は?」
「……言いたくない」
「うーん……坊やっていうから、いいか」
「は? なんか腹立つ!!」
「じゃあ料理するけど食べる?」
グゥ~~~~ッ
少年のお腹の音が大きく部屋に響いた
「……食べる。お前が作ってるのを見てやる。変なもん入れんなよ?」
「分かった」
―何だろう……警戒から威嚇してくる子猫に見えてきた―
私はタブレットで調理器具と食材を注文した。
【配送完了】
通知音のあと、淡い光が机の上に光る。
フライパン。鍋。カトラリー。その他、食材が机いっぱいに広がった。
少年は、椅子から立ち上がり目を見開く。
「うあ!?なんだよ、それ!」
納品書の備考欄に目を通す。
【食材に付いている不要容器は、破棄と言いながら振ってください】
「へぇ、便利だな」
おかゆに、コンソメとネギ・卵・鮭フレークを入れ鍋にかけた。
グツグツ
鍋の音と、コンソメの優しい香りがキッチンに広がる。
リンゴを切って軽く塩漬けをしていると、少年が睨みつけてきた。
「おい、そんな食材みたことねぇぞ」
「異国の食材だからね。もうすぐ出来るよ~」
テーブルに置かれた料理を、少年はすぐ食べようとしなかった。
―うーん。どうしよう……。―
「毒入ってないよ? 作ってたの見てたよね? 」
「……」
話しかけるが、難しい顔をしたままの少年に困惑していた。
とりあえず、私はスプーンで食べ始める。
眉間にしわを寄せた少年は、私が食べている姿と自分の前にある皿を交互に見ていた。
「ん!美味しい」
私がそう言って微笑むと……。
グ、グゥ~~~
少年のお腹の音が部屋に響いた。
「俺も食べる……」
小さく呟き、静かにスプーンを手に持った姿を見て少し安心する。
恐る恐る一口食べると、口に合ったのか
どんどん食べる速度を上げている。
「おかわりできるから、ゆっくり食べて」
ケホッケホッ!!
「ほら、水飲んで」
ゴクゴグ
それから少年は3杯おかわりをしてくれた後
椅子に座り直し、真剣な顔で私に話しかけた。
「お前……俺を殺さないのか? それとも売りとばすのか? 」
「どちらもしないよ」
私は静かに首を横に振った。
―何度も確認するなんて、今までどんな境遇で生きてきたのだろう―
「今は、元気になる事だけ考えてね」
「悪かった。その……助けてくれたのに、態度悪くて。
でも、まだお前を全部信じることは……悪いが出来ない」
今まで裏切られたことがあったのだろうか?
その表情は暗く、悲しげに見えた。
「いいよ。人は簡単に信用しちゃいけないから、坊やが正しい」
「なっ! また坊やかよっ!!」
スプーンを握りしめ、頬にご飯粒つけながら怒っている少年。
ふと、タブレットの時間を見るともう深夜2時を過ぎていた。
「ごめん、帰らなくちゃ!」
「えっ、こんな遅くにか?」
少年は目を見開き驚いている。
「また来るから!またね!おやすみ坊や」
「だから、坊やっていうな!」
怒っている少年を後にして、私は急いで家を出て城へ転移した。
―最初はどうなるかと思ったけど、食べてくれて良かった―
部屋で眠っている影武者は、ベッドから落ちていて豪快なイビキが部屋に響いている。
ンゴォォオオ……
「ああ……さすがに寝相まで同じじゃないのね」
私は苦笑いをしながら、そのまま影武者を収納した。




