EP7. 戦場へ向かうパパへ
「あら?昨日は沢山寝られたと思ったのですが……」
「……うん。まだ寝足りないみたい」
朝の鏡に写る私の姿は、疲れ切っている表情をしていた。
目の下は、薄っすらとクマが出来ている。
―前世の徹夜明けした私みたい……頭がボーっとする―
いつも通り身支度をしてもらいながら、眠気で頭が揺れていた。
「はい。皇女様、終わりましたよ~」
「ありがとう」
廊下を出て歩いていると、見たことが無いメイドが何人か居た。
特に気にせず食卓へ進むと、パパが険しい顔で魔導師の老人と話している。
「来たか!おはようアイビー」
「おはようございます」
いつもの穏やかそうな表情に戻ったパパを見ながら、椅子に腰をかけた。
「先日、毒草の件だが……。今、犯人が牢屋に入っている」
「もう捕まったんですか?早いですね」
私達のテーブルに、メイド達が朝食を運んできた。
食器とカトラリーを置いていく音が、静かな部屋に響いていく。
「王族を狙ったからな。我が愛しい娘に、あのクソ野郎共が……」
「コホンッ」
執事のルーカスが咳払いをすると、パパはハッと目を見開き固まる。
「えっとだな……悪い奴らだから、皆で沢山探したんだぞ」
苦笑いをしながら、優しい言葉遣いに直しているパパを見た
執事のルーカスは、ゆっくり頷いている。
「そうだったんですね。犯人は誰だったのですか?」
「犯人は3人居た。シェフ1人。メイド2人だ」
―うわぁ‥‥‥他にも共犯者が居たのね―
それから、依頼者が城に出入りしていた商人だったこと。
依頼主から脅されて、仕方なくメイド達は動いたことを説明してくれた。
バンッ!
「全く、けしからん奴らだ!」
パパは説明が終わると、怒りを拳に込めてテーブルを叩いた。
「パパ、脅された人達は仕方ないよ……。そういえば、体調は大丈夫?」
「医者に診てもらったが、大丈夫だ」
笑顔で言った瞼が、ピクピク動いている。
―うーん……後で、体調見てみようかな?―
朝食を二人で食べ始めると、パパが口を開く。
「そういえば昨日、壁に穴を開けたそうだな?」
「ブハッ……!ケホッケホ」
―やっぱり、報告聞いてるよね―
「もっ、申し訳ございません……」
布で口を拭う手が、微かに震える。
「怒っていないから安心しなさい。
ふはは! 我が娘は将来有望だ!
修繕するまで、しばらく野外で行うと伝えたかったのだ。」
パパの豪快な笑い声が部屋に響いた。
「魔力をコントロール出来るように頑張ります……」
―怒られなくてよかったぁ―
再び温かいスープを飲み始めると、
「お茶会だが、後でリストをメイドからもらうといい」
―そうだ、忘れていたよ……お茶会―
「ありがとうございます。助かります」
「陛下……皇女様へお伝えしなくても、よろしいのですか?」
小声でルーカスが、パパへ耳打ちをしていた。
「そ、そうだな……。しばらくパパは討伐へ行くことになった」
「え……討伐……」
『この世界には、勇者も聖女もいない』
歴史の授業で聞いた言葉が頭によぎる。
「いきなりで、すまない。数日前に、何度か言おうとしたんだが……」
パパは、しょんぼりした表情をしながら口を閉じる。
その様子を見ていたルーカスが口を開いた。
「陛下は、皇女様と離れたくない。嫌だ!と駄々をこねて居たのです」
「おい!ルーカス!それを言うでない!」
慌てる陛下を見て、ルーカスは口元が緩んでいる。
―この二人、兄弟みたいね―
私も二人を見て微笑む。食卓の空気が少し柔らかくなった。
「皇女様。陛下が居ない間は、護衛も私も居ますのでご安心を」
「寂しいだろうが、すぐ帰ってくるから待ってておくれ」
パパは私の所へ来て頭を撫でて微笑む。
家族が戦場に行くことの実感が、その時の私にはまだ無かった。
「いつ出発で、どのくらいの期間行ってしまうのですか?」
「出発は明日の朝だ。期間は2カ月……いや、1カ月で帰ってくる! 」
「そうだったのですね。後で、少し二人で会えませんか? 」
「もちろんだ! 執務室に来なさい」
「陛下、騎士に渡す路銀の件ですが……」
私の話が終わると、パパはルーカスと路銀の話をしていた。
討伐が数か月かかるなら、さっき気になっていた所を確認したい。
―少年を治療したばかりの私が、どこまで出来るのか不安だわー
朝食を食べ終わった私は、足早に自分の部屋へ向かった。
「出発までに時間がない。何かお守り的なもの渡したいけど……
でも、今からじゃもう買い物に行けないし。どうしよう」
腕を組み、考えながら自分の部屋を見渡す。
「あ、紙があるじゃない!折り紙が作れる!」
私は、一番大きいノートを引き出しから取り出しビリビリと破った。
正方形になるよう、ハサミを入れる。
「痛っ」
折り紙を折っている時、紙で指を切ってしまった。
「私、不器用だからな……」
苦笑いしながら、そのまま作ったのが『鶴』。
私が作る折り鶴は、とても不格好だった。
「前の世界でも、綺麗に折れなかったんだよね……」
そっと作った折り鶴を両手で包み、目を閉じた。
―皆が怪我せず、無事に城へ帰れますように―
手の中が少し温かくなった気がした。
【レベルが上がりました】
「え?」
通知音で目を開け、タブレットを確認すると『86』の数字になっている。
「Lv86?!上がるの早くない? 」
そのまま私は折り鶴を小さい空箱に入れて、机の上に置くと
ガチャを回した。
~~~♪
【LR 通販買い物パス】
「買い物パス?」
(通販ボタンが追加されました―更新してください)
更新すると、左側にカートアイコンが追加された
【チャージコインが足りません】
―どうやってチャージするんだろう―
私は画面を色々と触ってみたが、何も起こらない。
諦めて閉じようとした時、目の前で金貨1枚が淡い光に包まれた。
「金貨が消えちゃった」
【チャージ完了。1.000.000】
「金貨1枚で100万円……てこと?」
目を大きく見開き画面を暫く見ていた。
『陛下。討伐部隊の騎士へ渡す路銀は、いかがされますか?』
『金貨1枚で銀貨500枚だろ?一旦、半分を各自へ渡しておいてくれ』
朝食中にルーカスとパパが話していたのを思い出す。
「銀貨一枚で2,000円の価値って事だったのね……」
―この間行った食堂で、何も知らずに金貨5枚を置いてきちゃったよ……―
「平民の振る舞いじゃなかったわ……
500万をポンと置いていっちゃったんだから……」
私は頭を抱えた。脳裏に店主の焦った声が過る。
「でも、これで少年に料理とか必要なものは買えるわね」
コンコンッ!
「アイビー入るぞ! 」
―パパだ!……―
慌てて残りの金貨をベッドの下へ隠しドアを開けた。
「パパ……ごめんね。私から行くと言ったのに」
目の前には、鎧を身にまとったパパが居た。
初めて見る姿に、パパが戦場へ行く現実をそこで初めて実感する。
「いいんだ。明日の出発は早いから、多分会えないだろう。
だから、今パパとハグしてくれないか? 」
「はい!あ、パパ。その間、目をつむってくれませんか?」
「ああ、分かった」
両手を広げて目をつむるパパ。
私は、手をパパへかざす。
【診断完了】
システム音が終わると、パパの体が光り始めた。
―あれ、片目が黒く光ってる……。他は古傷かな、光が弱い―
【治療を開始しますか?】
―お願い。この黒い光だけは早く治して―
ジッジジ……
画面が一瞬、乱れた後。
パパの片目から、黒い煙が宙へ舞い始め小さい球体へと形を変えた。
―少年を治療した時と同じ黒い球だ……―
私は喋ったら、パパに分かってしまうと思い。
とっさにアイテムBOXへ、この黒い塊を収納した。
「アイビー? どうした?」
目をつむったパパが首を傾げている。
「ごめん。恥ずかしくて、モジモジしちゃってた」
私は、飛びついてハグをした。
パパの優しい手の体温を背中で感じながら……。
「無事に帰ってきて下さい……」
「あぁ、約束だ。私はお前を一人にしない」
ハグが終わると、さっき作った折り鶴をパパへ差し出した
箱を静かに開け、パパは私の不格好な鶴を見つめていた。
「作ってくれたのか?」
「はい……。その、綺麗に作れなかったのですが……」
私は、手をモジモジさせる。気に入ってくれるか不安だった。
「本当にありがとう!パパは頑張るぞ」
胸の鎧にその折り鶴を差し込むと、パパはいきなり私を持ち上げた。
「うぅわぁあ!パパ!」
「ふはははは!! 」
コンコン…!
「陛下!そろそろ会議が……」
騎士の声がドアの外から聞こえてくると、静かに私を床へ下した。
「名残惜しいが、明日行ってくる!」
「はい。パパ、お気を付けて」
「あぁ!」
翌朝、私は眠れないまま朝を迎えた。
「結局、眠れなかったな……」
重たい瞼を擦りながら、窓際の椅子に腰を掛ける。
『皇女様。陛下から伝言があります。
出発の日、朝が早いから見送りは不要だと……』
『え? ……お見送りしたかったな……』
『……部下の前で泣くかもしれないと、陛下が言ってましたので……
この理由を話したのは内緒ですよ?』
ルーカスは微笑んだ。
昨日の夕食時、パパはずっと会議で不在。
私が一人で食べている時に、ルーカスがそう言っていた。
「確かに、討伐出発前に大将が泣く姿を
部下に見せたくないよね……」
まだ朝焼け前の薄暗い空の下。
窓の外では馬車と荷物を運ぶ騎士や、
ランプを持ちながら書類を確認しているルーカスが見えた。
―あ!パパだ!―
青いマントをなびかせ、騎士と話をしている姿が見えた。
「パパ、気を付けてね」
窓越しに呟くと、パパと目が合う。
パパは驚いていたが、すぐ笑顔になり大きく手を振る。
私も小さく手を振った。
そして、その後パパは騎士を連れて討伐場所へと向かった。




