EP.60 割れたクッキーと初心者特典消失の件
ガシャーンッ!!
「ご、ごめんなさい」
「また、あなたなの?! 何回目よ! 」
朝食の準備をしていたメイド見習いが今日も失敗してしまった。
―私は何をやってもダメなんだわ―
俯いていると、メイド長がやって来た。
「何事ですか! もう陛下達は席についています」
「メイド長。また、このミミが……」
メイド達に睨まれているミミにメイド長が近づいた。
「手を見せなさい。あら、深く切ってしまってるじゃない」
―恩返しが少しでも出来たらと思っていたのに―
涙で視界が霞むミミは、何も言えずに俯いていた。
「同じ状況だった、カミラはちゃんと出来るのに――」
「本当よね。足手まといで余計に仕事を増やして……」
メイド達の小声が後ろから聞こえてくると、メイド長は眉間にしわを寄せた。
「だまりなさい! 」
メイド達は、怒鳴り声が響き渡ると一斉に持ち場へ戻った。
私はメイド長と一緒に別室へ向かう。
キュッ
白い包帯を巻き終えたメイド長が口を開いた。
「これで大丈夫ね。暫く調理場付近の仕事じゃない場所を与えるわ」
「申し訳ございません」
「少しずつでいいのよ。そのうち出来るようになるから」
メイド長はミミの手をそっと包んだ後、別の業務へ行くように指示をした。
掌から金の粒を出せる少女は、あれからメイド見習いになっていた。
計算が出来ないが、文字は読めるからだ。
「カミラは、何でも出来て皆から可愛がられて……いいなぁ」
次の部屋へトボトボ歩いていく。
―何で私は出来ないんだろう―
白い扉に金で国の紋章が飾られている所に到着したミミは、
扉の前に居るメイドに話しかけた。
「メイド長から、ここへ来るようにと言われました」
「あぁ、カミラのほうじゃないんだ。まぁいいわ」
ガチャッ
「ここは皇女様の部屋よ。光栄に思いなさい」
その後は、先輩のアンネに色々指示されたミミは
シーツを交換したり、机を拭いたりしていた。
その間、アンネは掃除もせず部屋を物色している。
クローゼットから豪華なドレスを出し、鏡の前で服の上から合わせて
うっとり見入っていた。
その後、ガサガサと音を立てながら何かを探しているようだった。
「ッチ。前まであった場所にないわ」
―何か探してるのかな? ―
ミミは不思議に思いながらも、最後の花瓶を拭き終わると
アンネに話しかけた。
「終わりました」
「先に帰ってて。私はクローゼットを整理しないといけないの」
パタンッ
部屋を出た私は、箒とバケツを持って城から外へ出た。
バケツの水を捨て、新しい水を汲みに行く。
バシャッ――
「ハァ……」
井戸の近くに座り溜息をついていると、上から懐かしい声がして見上げる。
「おい。何しけた面してんだよ」
「フラン! 元気だった? 」
一緒に救出されたフランが、料理人の白い制服に身を包み立っていた。
ポケットに手を入れたフランは、白い包を出す。
「ん。これ食え」
差し出された紙の包を開けると、割れたクッキーが入っていた。
「俺が失敗しちまった奴だけど、味はうまいぞ」
「ありがとう」
サクッ
「うぅ……」
ミミはクッキーを食べながら涙を流した。
フランは驚きつつも、慌てて自分の服の裾でミミの涙を拭う。
「そ、そんなに不味かったか?! 」
「違うよ。美味しくて涙がでたの」
「……嘘つくな」
それから、ミミは自分の仕事が頑張るほど空回りして失敗していることや、
先輩達に迷惑をかけて辛いことを話し始めた。
「俺も慣れるまで時間はかかった。今でも毎日怒られてるぜ? 」
フランはミミの頭をそっと撫でた。
「お互い頑張ろう。大丈夫、いつか完璧にこなせる時が来る」
ミミは、ゆっくり頷いた。
「あいつの分も、俺達は生きて幸せにならないとな」
「そうね」
『これから沢山幸せになるんだよ』
最後、あの少年と交わした言葉が脳裏に過ったミミは
力強く立ち上がる。フランはフッと笑みを浮かべ一歩前へ出た。
「じゃ! 俺、午後の仕込みがあるから。またな! 」
「うん! またね」
大きく手を振り、二人は別々の道へ歩いていく。
―制服姿初めて見た。フランは大人みたいね―
「私も頑張らなくちゃ! 」
ミミは、一言呟くと速度を上げて城の中へと駆け出した。
◆
「チュートリアルは終わったのね」
午後の授業が終わった私は、自室でタブレットを開いていた。
「主。チュートってなんだ? 」
タブレットと体の間へポスッと入って来たリリーは、
首を傾げながら一緒に画面を見つめている。
「ん~前の世界では、初心者期間が終わったら無くなる特典っていう
意味かな」
「ふむ。実際、主はもうレベルが∞になっているから致し方ないな」
クレールと離れて過ごしていた間の私は、魔法の練習を殆ど毎日していた。クレールと過ごした森や、結界石を湖へ沈めた街へたまに行っては浄化魔法も練習して取得していたのだ。
でも洞窟へ行って魔物を倒すとかは一切していない。
―どうやらこの世界では500レベルが最大値みたいね―
ガチャ画面は消え、新たに☆マークのポイントが項目に追加されていた。
―思ったより、早かったな。―
私は名残惜しい気持ちになりながら、画面にそっと触れた。
「ねぇ、この星マークって何か知ってる? 」
「うーむ。何だろうな? 」
「まぁいっか、∞マークになっても相変わらず出来ない魔法もあるし
努力を続けろということかな」
「うむ! 必要ならば、いくらでも魔物を呼び寄せて特訓できるぞ! 」
リリーは私を見上げながら、目を輝かせた。
―うん。それはここでは止めてね? ―
私は苦笑いを浮かべながら、リリーの背中を撫でた。
「あ、リリー。私のブローチとかイヤリング知らない? 」
「知らないぞ? 無くしたのか? 」
クローゼットの奥にある箱に入れた記憶があったのに、
いつの間にか無くなっていることが増え始めていた。
―どういうことなの? 私の気のせいにしては、
無くしていく量が増えてる気がする―
「まぁいいか。それより、クレールは今頃どうしているかな」
「そろそろ家が恋しいんじゃないか?」
リリーの口元がニヤリと笑みを浮かべる。
「お友達とか出来たかな? いじめられてないかな ――」
「ハァ……。主の過保護が発動したな」
リリーは、尻尾を振りながら私の額に肉球を押し付けた。
「今度、我が様子を見てくる。主は安心して過ごすがよい」
――その日の夜。
アイビーが寝静まったのを確認したリリーは、部屋から影になり移動した。
―主を心配させるとは。弟子も罪な奴だ―
月夜に照らされた一匹の影は、クレールの魔力を頼りに寄宿舎へと向かっていく。
ストッ
部屋から一番近い木へ屋根から飛び降りたリリーは部屋を覗き込んだ。
「カーテンを閉めろ! 不用心な! 」
プンスカ怒っているリリーだったが、扉が開かれた瞬間
その表情は鋭い目つきに変わった。
「あいつ……魔力を使い過ぎだ」
バタンッ!
部屋に入ったクレールは、その場で倒れた。
「おい! クレール! 大丈夫か?! 」
同じ部屋のゼノの声が、窓の遮りから少しぼやけて聞こえてくる。
リリーの耳がピクピクと動き、険しい顔をして辺りを見渡した。
すると、黒い影がクレールの部屋辺りを見上げたかと思うと
暗闇に消えて行った。
「誰だ」
シュッタッ――
地面に降り、影が居た所の匂いを嗅ぐリリーの尻尾がピンと立った。
―この匂い、どこかで……―
「何が起きている……。魔力を抑えろとあれだけ言ってきたのに」
―弟子をボロボロにしていいのは、我だけだ―
リリーはグッと地面に爪を立てていた。




