EP.59 背中の温もりと、夕日の飛行
「主。もう帰るぞ」
「あと少しだけ――」
ガサガサッと茂みに隠れる1人と一匹。
その視線の先には、クレール達が野外で授業をしている。
―ちゃんとご飯食べれてるかしら? 怪我しないでね―
食い入るように見つめている私の横で、リリーは溜息をついていた。
「弟子のことになると、主は母親のようだな」
クレールは11歳のはずなのに、周りよりも体が一回り小さい。
だが、剣を使わない体術では、先程からずっと勝ち続けている。
―もっと早く出会えてたら、一緒に遊んで
ご飯をもっと食べさせれたのにな―
ギュッと茂みの細い木々を両手に握りしめながら、クレールを見つめていた。
「この俺様に勝てる訳がない! 」
「ハァ……。早くこいよ」
気だるそうに、腰を低くして構えるクレールは溜息をついた。
「ッチ! 今、分からせてやる――」
ダッ――
「遅い」
飛び掛かった男子生徒を、クレールは素早くかわし足を掛ける。
宙を舞う男子生徒は地面に崩れ落ちた。
ドサッ!!
「おい! 小賢しい真似をするな! 」
「お前こそ、体術中で禁止の魔力を拳に纏わせるな」
「……気づいてたのか」
男子生徒は驚いた表情を浮かべ、立ち上がれずにいた。
「……強くなりたければ、貪欲にやれ」
ザッザッ
クレールは振り返らず、その場から歩き出した。
「そこまで! 次! 」
先生の号令で、次の生徒達が中央へと入れ替わる。
「ねぇねぇ! 見た? 今、剣無しで体格差がある学生を倒したわ! 」
私が拍手をした瞬間、リリーの小さな肉球で手を押さえつけられた。
「シッ! 弟子に気づかれる! 」
「ご、ごめん」
―はしゃぎすぎちゃった―
苦笑いをして再度クレールを見ると、こちらを見ている。
―え! 気づかれた?! ―
ガサッガサッ
両手を口に当て、体を小さくしていると後ろから足音が近づいて来た。
「どこですかー―! 皇女様――! 」
それはメイドが私を探している足音と、声だった。
「主。次の授業が迫っている。帰るぞ」
「はぁい……」
髪に葉を付けながら、手元にあった本を拾い上げ
トボトボと次の授業へ向かった。
「クレールどうした? 」
駆け寄って来たゼノが一点を見つめているクレールの顔を覗き込んだ。
「いや、茂みが不自然に動いてたから気になって――」
「猫とかじゃない? それより、お前凄いな! さっきの――」
―気のせいか? ―
俺はゼノの話を半分に、首を軽く傾げながら茂みを見つめていた。
「本日の授業はここまで! 自室に戻りなさい」
先生の声が広場に響くと、生徒達は出席カードにハンコを押してもらった。
ゼノと一緒に自室へ戻る途中。建物の裏で大きな声が耳に入り、
俺達は声のする方へ進路を変えた。
「お前、調子にのるなよ? 」
「さっき、負けたからって何よ! 」
モニカが同じクラスの男子と言い争っていた
「助けるか? 」
ゼノは俺に囁いたが、首を横に振って様子を見ることにした。
―あいつも強くなる為に来たんだ。こんなことで助けても本望ではないはず―
ザッ――
「や、やめろよ! 」
ケビンがモニカの前に立ち、両手を広げ大声を出した。
その足は震えている。
「なんだ? お前。あぁ、いつも後ろにくっついてる虫男か」
笑いながら、男子生徒はケビンの額に指で弾いた。
「わぁ! 痛いよぉ……」
ケビンが俯いていると、周りに他の生徒が集まり始めた。
「ッチ! 興がそがれた。次は絶対に負けねぇからな」
男子生徒が舌打ちをして立ち去ると、ケビンはその場でへたり込み
震えている。
モニカが慌てて駆け寄り、ケビンの肩に両手を添える。
「ケビン危ないじゃない! あんな奴、私が――」
「体が勝手に動いたんだ……もう誰も傷ついて欲しくない」
―へぇ。おどおどしてるだけかと思えば、やるじゃねぇか―
俺はゼノの横腹を肘で軽く突き、自室へと足を向かわせた。
◆
授業が終わった私は、午後から仮初婚約者のルイスとお茶をしていた。
白い丸テーブルの上には、ルイスが街で買ったと言っていた
チョコレートケーキとレモンケーキが並べられている。
―何だろう? 元気がない気がする―
カチャッ
カップを置いた私は、まっすぐルイスを見つめた。
「ねぇ。今日どうしたの? 元気がないように見えるけど」
「? 元気ですよ? お気になさらず」
苦笑いを浮かべながらお茶に口を付けるルイス。
―うーん。まだ、普通に話す仲にはなれないか―
「そうだ! 前に言ってた魔法の訓練してみる? 」
ガタッ!
勢いよく椅子から立ち上がったルイスは、満面の笑みを浮かべた。
「ほ、本当ですか!? はい! ぜひ! 」
その後、メイドに移動する事を伝えた私達は
2人だけで裏庭の森付近まで歩いて行った。
リリーもトコトコと後ろを付いて歩きながら、語りかけてくる。
「主! 前の木を見ろ! あの実は酸っぱいから食べちゃダメだぞ!」
「あ! あの花は甘いから、お茶に入れると美味いんだ! 」
「このキノコはな、ずっと笑えるキノコだ! 悲しくなったら食べるがよい! 」
リリーは尻尾をフリフリしながら、嬉しそうに言葉を続けていった。
―フフッ。さっきから食べ物ばかりじゃないの。
最後話した奴は、きっと危ないキノコだよ? ―
口が緩んで笑いそうになるのを堪えながら、進んでいった。
やはり、ルイスにはリリーが見えないみたいだ。
違う方向をキョロキョロ見ている。
ルイスの頭にはリスがしがみつき、肩には小鳥が止まっている。
「相変わらず、動物に好かれてるわね」
「でも、街に居るときは全然懐かないんです。
逆に犬に吠えられたりして――」
「そうなの? 不思議だわ」
「ですよね」
ザワッーー
「よし! 着いたわ」
少し強い風が、木々を揺らしている森に到着した。
リリーは、ルイスの足元に近づき鼻をスンスンッと嗅いでいる。
私の元へ駆け寄ると、目を細めたリリーはなにやら難しい顔をした。
「この子供。かなり厄介なスキルをもっておる」
「え? 」
「どうかしましたか? 」
「いえ! 何でもないわ。目を閉じて」
―そういえば、馬のノアも同じような事を言っていたような―
ルイスが静かに目を閉じるのを確認すると、私はそっと手をかざした。
【ルイス Lv60 テイマー(未開放)】
ジッジジッ――
画面が一瞬、乱れた後。その項目の下に前回なかった項目が
新たに2ヵ所、表示されていたが文字化けをしていて読めない。
―解放するにはどうしたらいいの? それに、この文字化けは? ―
「皇女様? 」
目を閉じているルイスは首を傾げた。
「あぁ。ごめんなさいね」
私は瞬時に体の状態を見たが、異常は何もなかった。
―なぜなの? 異常を取り除けば解放されると思ったのに―
「目を開けて。手を前に出して。
目の前の蕾へ魔力を放つように想像してくれる? 」
ルイスは言われた通り、手を前に出した。掌からは何も光は出ない。
「やっぱり、僕には魔力が――」
「私の教え方が、未熟なのよ。気にしないで」
私はルイスの手の上に自分の手を重ねた。
冷たい手が微かに震えている。
「大丈夫。ゆっくり深呼吸して、お花が咲く想像をしてみて」
「はい」
それから、何度も試行錯誤したが花を咲かせることは出来なかった。
ルイスは苦笑いをして、私に体を向けると頭を下げた。
「すみません。皇女様の時間を無駄にしてしまって」
「まだ1日目だから、気にしないで」
肩を何度か軽く叩き、両手を取った私は微笑んだ。
「私も魔法を練習しても、あまり出来ない事もあるわ」
「え? 皇女様でも出来ない事が? 」
ルイスは目を丸くして驚いていた。私は静かに頷く。
「そうよ。だから一緒にこれから頑張りましょ! 」
「はい! 師匠」
「さぁ! 日がそろそろ沈むわ。手を貸して」
ルイスと手を繋いだ私に、リリーは何かに気づき私の肩に乗った。
フワッ――
柔らかい風と、金色の光が二人を包み、地面から少しずつ空へと上っていく。
「え? えぇぇぇ!!」
「前に言ってたでしょ? 空を飛んでみたいって」
―魔法が苦手な気持ちを、少しでも変えれたらいいな―
自分達より大きい木々が、どんどん小さくなっていく。
オレンジ色に染められた空に、渡り鳥達が近くで飛んでいる光景を見た
ルイスは、目を大きく開き笑顔を輝かせていた。
「す、すごい! 」
「少し速度上げるから、何かあれば言ってね」
「うん。本当に僕、空を飛んでる」
―良かった。喜んでくれて―
私は、微笑んでいるとリリーは私の頬へ額をつけ、ゴロゴロ鳴いている。
「主。そういう所、我は好きだぞ」
「僕、諦めません。いつか、魔法が使えるようになるまで」
「うん! 私も出来る限り手伝うよ」
二人と一匹は、心地よい風を受けながら城へと戻って行った。




