EP.58 失くした文字の記憶と、過酷な放課後
ガタガタッ
早朝、店先に立て掛けの看板を出すラークの姿と
もう一人の女性が玄関前の花に水やりをしている姿があった。
「クレール、看板に咳止めを追加で書いて――」
―あぁ……。まだ、クレールが居ないことに慣れないな―
ラークは、立て掛けの黒板がついた看板に
再入荷した商品名を毎回クレールに書くよう頼んでいた。
『貸せ! 俺が書いてやる! 』
いつも白いチョークを取り上げて、
文字を書く事が苦手なラークの手伝いをしていたクレールを
思い出して溜息をついたラーク。
「数日しか離れていないのに、寂しいものですね」
苦笑いをしながら、開店準備を進めていた。
「あら、イルク先生。今日は早いのね」
杖を持っている一人の老人が、ラークに話しかける。
ラークは姿を変えてから、偽名で商売を営み
すっかり名店になっていた。
「おはようございます。タイラさん」
「あら?こちらの方は?初めて見るわね」
「初めまして! ソラルです~」
影武者1号は、今日からラークが経営している薬屋の手伝いを始めていた。
――数日前
「待ってください!マスターが困ってしまいます! 」
「やだ! やーだ! 」
アイテムBOXから何度も脱走しようとした影武者一号は、
頬を膨らませてプイッと顔を逸らした。
「はぁ……これで、何回目ですか。こうなったら、消すしか……」
2号の目がすわり、光が一気に陰りを見せると
1号は後ろに数歩ジリジリッと下がる。
「消すって何?! え?こわいんですけどぉ?! 」
「とりあえず、次一緒に出てマスターに相談しましょう」
―マスター、申し訳ありません。私では解決出来そうにないです―
「ということがありまして」
「働くの初めてだけど、頑張るから! 私も何かやりたいの! 」
アイテムBOXから出た2人の話を聞いた私は、
影武者1号を『ソラル』。2号を『ルカ』と名付けた。
そしてソラルだけ、ラークの薬屋に住み込みで働く事になる。
ソラルは魔法で、金髪で水色の瞳。20代くらい大人の姿になり
店では、掃除や薬の整理整頓など雑務中心で働いている。
「あ! いらっしゃいませ~! 」
「これ、おまけで包帯入れとくね! 」
「この間の傷良くなってる! 良かったじゃん! 」
分け隔てなく明るく話すソラルは、あっという間に看板娘になった。
ラークの薬屋は、朝から色んな客が引っ切り無しに訪れる。
家族が熱を出した者、怪我をした者。ダンジョンへ向かう前に訪れる者。
『魔法みたいに、すぐ良くなる薬屋』として、いつの間にか街に浸透していった。
コトッ
昼休憩のソラルにラークはお茶を出した。
「お疲れ様です」
「お茶ありがとう! 働くのって、こんなに楽しいんだね! 」
「そう思ってくれたなら良かったです」
穏やかに微笑むラークは、また店に戻って行った。
ゴリゴリッ
薬に使う薬草を、丁寧にすり潰している。
「クレールは今頃、午後の授業でしょうね」
―私はここで応援する事しか出来ないですが、頑張ってください―
◆
ゴーーンッ! ゴーーンッ!
「朝か……」
鐘の音が耳に入った俺達は、まだ肌寒い部屋の中で目を開けた。
同室のゼノはもう身支度を始めている。
「クレールおはよう」
「はよう……」
着替えを済ませ、ゼノと食堂へ向かう。
ガチャッ
まだ陽も昇りきっていない薄暗い廊下に、
寝ぼけ眼の生徒たちがぞろぞろと集まってくる。
「おはよう、クレール! ぷっ、髪の毛が芸術的ね」
「あ? 」
モニカが、クスクス笑って俺の横を通り過ぎた。
彼女は既に身なりを整え、剣を腰に下げている。
そっと髪に触れると、頭に二本髪の毛の角が生えていた。
俺は、振り返りゼノを睨みつけた。
「おい、金髪野郎。お前部屋出るときに言えよ」
「そのままの方が面白いだろ? 」
ニヤニヤしたゼノを肘でつつきながら食堂へ向かうと、
温かいスープの香りが漂っている。
この寄宿舎は、外見だけでなく内装も最新の設備が整っているようだ。
木のトレーに一つ一つ出された料理の皿を乗せて進む。
最後のスープを受け取る場所で、貴族の子供が溜息をついていた。
「あーあ、平民と一緒の場所で同じもの食べんのかよ」
―結局一部は納得してねぇか。まぁ、そんなもんだろ―
俺は、貴族が居ない少し離れた静かそうな席に座る。
今日のメニューは、ベーコンエッグとふかふかのパン。コーンスープ。
あと俺が苦手な草……いや、みずみずしいサラダ。
『野菜もちゃんと食べないとね! 』
サーシャの声が聞こえる気がした。
フッと口が緩みながら、手を合わせて目を閉じた。
「君……なんでそのポーズとってるの?」
話しかけられて目を開けると、一人の少年が横に座って来た。
「俺が住んでた場所で、やってる人が居たんだよ」
―同じクラスのショウか―
「そ、そうなんだね。僕のおじいちゃんも、ご飯を食べる前に同じポーズしてたから……」
「へぇ~そうなんだ」
「そのポーズは、学校では止めた方がいいかもしれない」
俺は首を傾げた。
「ダメなのか?これ」
「多分。おじいちゃんが外ではやるなって言ってたから、
僕も意味は分からないんだ」
少し動揺するかのように、ショウはクレールの耳元でささやいた。
それから、俺はショウと選択授業の事や、寮の事など話していると
後ろから話声が聞こえてきた。
「ねぇ、見て。陛下と皇女様の文字よ」
「お二人は平等に私達を見てくれてるなんて嬉しいわ」
食事が終わり、俺はその掲示板へ近づいた。
「あいつの字だ」
―俺、頑張るからな―
グッと拳に力を入れて、授業へと向かった。
広大な訓練場へと生徒達が集まる。
その中央に立っていたのは、昨日とは打って変わって鬼のような形相をした実技の先生だった。
「今日からお前達を鍛える実技の教師レオだ。
俺の授業は、地獄よりも過酷なものになると思え! 返事は! 」
「はい!! 」
ウォーリア先生が穏やかな笑みを浮かべながら、訓練場の端で俺たちを観察している。
最初の訓練は、基礎体力作りだった。
ガシャガシャッと重い鎧を身に纏い、敷地内を何周も走る。
貴族出身の生徒の中には、慣れない運動にすぐに息を切らし地面にへたり込む者もいた。
「おい、そこ! 止まるな! 戦場なら死んでるぞ!! 」
「だって、僕は貴族で――」
「身分は関係ないと言ったはずだ! 」
師匠の下で積んだ訓練に比べれば、まだ耐えられる。
だが、隣を走るゼノも意外なほどに粘り強い。
「ハァハァ……。お前、なんで顔色一つ変えずに走れるんだよ」
ゼノが荒い息を吐きながら俺に話しかけてくる。
「……師匠が、厳しかっただけだ」
走り込みが終わり、集合場所に行き座り込んだ。
荒れた呼吸を整えながら、師匠との鍛錬を思い出していた。
―俺も、数年前まではこいつらと同じ体力だったからな―
授業の最後にハンコを押してもらい、各自の部屋へ生徒達は帰って行った。
午後は、魔術の適性検査が行われた。
ウォーリア先生が一人一人に手をかざした後、声をかけていく。
「君は防衛魔法の素質があるね。こっちの班だ」
「君は、水系だね。こちらに移動して」
「モニカはあちらへ移動して」
俺の番が来た時、先生は一瞬だけ足を止め俺の瞳を覗き込んだ。
「クレール、君はこちらの班だ」
移動して、班の奴らと合流すると魔力が弱いと言われた者達ばかりだった。
―何で弱っちい班に入れたんだ―
ギリギリッと歯ぎしりをした俺は、ウォーリア先生を睨みつけた。
すると、班に居た一人の女子生徒が口を開く。
「先生、私達は魔力が少ないです。クレール君は一人で魔物と戦えるのになんでですか!! 」
試験の時、助けた少女だった。
―そうだ、俺はもっと強くなるために入ったのに―
「だからだよ。
クレール君も君達も、いつかこの意味が分かる時が来るだろう。
素晴らしい班なんだ」
―何が素晴らしいんだ。俺は、遊びでここに立ってる訳じゃねぇんだ―
「聞いた? 先生は見放したのよ」
「男爵と聞いてたが、結局落ちこぼれ組に入れるなんて」
「先生は貴族の味方なのね」
クスクスと一部の生徒は隅で笑っている声が聞こえる。
怒鳴りたい声を俺は飲み込んだ。
コツコツッ
ウォーリア先生が俺に近づいて来た。
「夕方、私の部屋に来なさい」
耳元で囁いた先生の顔は笑顔だった。
班の組み分けが終わると、班ごとに一枚の紙に名前を書いた。
提出すると、冒険者ギルドのバッジを配布された。
一般と違う点は、月の紋章が一部入っている事だ。
「三日後から君達は冒険者ギルドに登録される。
これを使うのは自由だ。ただし、必ずこの班で行動しなさい」
「色んな経験を積むのは、これから先の君たちにはきっと宝になると考えてるよ」
―どういう魂胆なのか、分からねぇ―
俺はバッジを強く握りしめた。
――その日の夕方
コンコンッ
「どうぞ」
俺は言われた通り、夕方に先生の部屋へ入った。
「来てやったぞ」
「あらあら、組み分けが納得いってないようだね。とりあえず座って」
ドカッ
ソファーに大きく座った俺に、先生は静かにお茶を出した。
「で? 要件はなんだよ」
「率直に言おう。君は強すぎる」
「だろうな」
「でも、世界で見ればまだまだ。君も分かっているだろ? 」
先生の遠回しな言い方に、俺はどんどん眉間にシワを寄せていく。
「何が言いたい」
「私と特訓しよう。君の力は一歩間違えれば大事になる」
「お前を信用できる材料が今はねぇ。見返りは、なんだ」
ウォーリア先生は、机に両手をつけて笑い出した。
「アハハッ! 凄い大人のような会話をするね。
まるで日頃から取引ありきの会話をしていたかのようだ」
俺の睨みつけるような視線を微笑みで返す先生は、一切の隙を感じさせなかった。
「見返りはないといっても、君は納得しなさそうだね」
パラパラ……
一冊の本を書棚から手に取った先生は、本に視線を落としながら俺に話し始めた。
「私は、とある事件の加害者に復讐がしたいんだ」
「復讐? 」
「それは、またいつか話そう。こちらにも全てを明かしたくはない」
「君は、私から生徒としてではなく一人の人間として魔法を学び
さらに強くなれる。
そして、その暁には私に協力して欲しい」
「君には、私と同じように守りたいものがあると思ってね」
「……考えさせてくれ」
それから、少し話した後、俺達は暫くの間
授業が終わった後で訓練をすることになった。
協力するかしないかは、まだ保留だ。
お試しと言われ渋々俺はウォーリア先生に連れてこられたのは、
騎士団の地下にある、古い石造りの訓練室だった。
「君の本気を一度見たい。
でも、君はそうそう自分の本当の力を見せないだろうね」
―分かってるじゃねぇか―
「でもね、本気で放出をしていかないと魔力は伸びないんだ」
パチンッ
シュンッ
先生が指を鳴らすと、地下室から転移魔法の魔法陣が光り
俺達は地方の森へ転移した。
「そこで、毎日君の魔力を大量に使う訓練をする」
「は……? 」
―師匠と真逆じゃねぇか―
師匠からは、魔力を抑える制御魔法を必死に学んでいたからだ。
「まずは、この森の魔物を2体倒してみましょう」
「ハッ! たったの2体だと?! すぐ終わらせて――」
ドォオンッ
ドォオオンッ
地面が揺れ、先生の後ろから大きな魔物がこちらに近づいて来るのが見えた。
「これ、試験で見たぞ」
「うん! だって、私が移動させたからね」
笑ってる先生を見て、唖然とした俺は思考が停止していた。
―何者なんだ。こいつは……?―
「さぁ、開始だ。2体倒したらこの笛を吹いてね」
カシャッ……
先生は銀の羽飾りがついた縦笛を首にかけて消えてしまった。
「な、何なんだよ……」
ガサガサッ!
「今日の食料。ミツケタ……」
魔物は、クレールを見下ろし歩く速度を上げた。
「まぁ、いい。丁度、むしゃくしゃしてたんだ。やってやるよ」
ブワッと体に金と赤黒い魔力を纏わせた俺は、ニヤリと笑みを浮かべ
魔物へと走りだした。
夜になるまで、訓練は続いた。2体を倒した後の記憶がない。
『また明日』そう先生に言われた事だけ、うっすら憶えている。
ボロボロになって寄宿舎に戻ると、部屋には既にゼノが戻っていた。
「……おかえり。ずいぶん遅かったな」
ゼノが本から目を上げ、俺を見つめる。
返事をする気力もなく、自分の椅子に深く腰を掛けた。
コトッ
「……飲めよ」
「悪い」
ゼノに渡された冷たい水が、乾いた喉と体に染み渡っていく。
「ハァ……」
一気に水を流し込み、溜息を吐いた。
―明日も、地獄のような訓練が待っているんだろうな―
窓から見える夜空は、朧月夜が優しく城を照らしていた。




