EP.46 嫉妬は紅茶より苦い
名門商会の嫡男でデイジーの婚約者。
アルベルトだ。
「遅れて申し訳ありません、皇女殿下」
アイビーが小さく笑う。
「いえ、ちょうど良いところよ」
アルベルトは、ゆっくりとエリーナの前へ進む。
「エリーナ……」
その名を呼ばれ、彼女の瞳が揺れた。
「君とは幼い頃から一緒だった。遊び、学び、よく叱られたね」
周囲に小さな笑いが起きる。
「私は君を大切に思っていたし、君と過ごしていた時間は楽しかった。」
エリーナの顔が、一気に明るくなる。
だが次の言葉で止まった。
「……友人としてね」
その言葉が出た瞬間、周囲の動きが止まった。
「君を嫌ったことはないよ、でもそれは恋ではなかったんだ。」
アルベルトの冷静な声が響くと同時に、エリーナの唇が小刻みに震える。
「デイジーに惹かれた理由を言おう」
彼はデイジーを見る。
「初めて会った日、彼女は店裏の工房で頬や服が黒くなりながら
楽しそうに職人と一緒に片付けをしていたんだ。」
「まぁ、はしたない!…令嬢がやることではないわ」
取り巻きの一人が口をはさみ始める。
アルベルトは左右に首を振った。
「職人がミスや怪我をしないように、片づけを手伝っていたんだよ。どこがおかしいんだ?」
取り巻きの顔色が青くなり、デイジーの頬がどんどん赤くなる。
「次に会った時は、中々来ないから部屋に行ったら…
帳簿とノートを下敷きにして、よだれを垂らして寝ててさ。
赤ちゃんみたいで可愛かったぞ!」
アルベルトのトークが止まらない……。
「まだある!」
「あの、やっやめてください…。とても恥ずかしいですわ…。」
デイジーは顔を両手で覆う。
「自分に厳しく、誰も見ていない場所で努力する人。それがデイジーだ」
彼の声は真っ直ぐだった。
「僕は、まっすぐに努力する姿や、たまに見せてくれる笑顔に段々と惹かれた。」
「家格でも、顔でもない。彼女自身に」
まっすぐにデイジーを見つめながら言った。
デイジーの目に涙が滲んだ。
「何回かデイジーに、婚約破棄するように言われてたんだよ。
君の事が好きなんじゃないか?無理しないでと」
「…え…。」
「……じゃあ私、ずっと勘違いしていたの……?」
エリーナの扇を持った手が震えている。
「奪われたんじゃなくて、最初から……違ったの……?」
ぽろっと涙と扇が落ちた。
「私……ずっとあなたを好きだったのよ……?」
「うん。君の気持には、気づいていた。
でも交友関係が広がれば、僕ではなく違う人へいくだろうと思ったんだ。」
「……そんな、じゃあ私は……」
「ごめん…。」
エリーナはその場に座り込み、泣き出した。
取り巻き達も何も言えず、その場から動けない。
アイビーは静かに椅子から立ち上がる。
周りを見渡した後、皆へ告げる。
「少し席を外してくださる?2人で話したいの。」
令嬢達は慌てて下がる。
アルベルトも一礼し、デイジーの肩へ優しく触れて離れた。
庭園に残ったのは、アイビーとエリーナだけだった。
「惨めな私を見て、笑いたいのですか?……」
エリーナは涙を拭わず言う。扇を拾い直した手は固く握りしめられていた。
「いいえ。違うわ」
「皆の前で泣いて…醜い嫉妬をして、人を傷つけて」
「私、最低ですわ」
アイビーは小さく頷いた。
「ええ、そうね。でも、本当に最低な人は、自分が間違ったと認めないもの」
「…。」
顔を上げたエリーナに、アイビーは笑う。
「あなたは今、ちゃんと己の行いを振り返れているじゃない」
「…。」
「誰かを好きになったことは、素敵なことよ」
「でも、その痛みを理由に他人を傷つけ続けることは…。
間違いだと分かっているのではないかしら?」
「じゃあ……どうすれば」
エリーナの肩が震える。
「そのままの今のあなたの気持ちを、相手にちゃんと伝えたらどうかしら?」
エリーナは目を伏せたまま、座り込んでいた。
「あなたは、どうしたいの?」
「…。私は…。」
言葉が出てこないまま、時間が少し経った後…エリーナは立ち上がった。
デイジーの前まで足が震えながらゆっくり歩く。
周囲に固まった令嬢達は遠くの方でこちらを見ている。
「……デイジー」
デイジーは静かに見つめる。
「今まで……ごめんなさい」
「あなたにずっと嫉妬してたわ…。あなたを褒める周りを見るたび、苦しかった」
「だから傷つけてしまったの……」
涙がまた落ちる。
「許されなくても当然ですわ」
そしてデイジーは、ハンカチを差し出した。
「私ね、あなたから最初に話しかけてくれた時…とて嬉しかったの…
友達になれるのかもって……また今度、普通にお茶をしましょう?」
「え……?」
エリーナが顔を上げる。
「ただし次に紅茶かけたら、宝石より硬い石を投げます」
誰に似たのだろうか?この笑顔なのに目は笑っていない顔をしているデイジーが居た。
「怖いですわ!?」
場に笑いが広がった。
日が沈む少し前。空が段々とオレンジ色に染められていた。
「マスター、今日も食堂で働けばよろしいのですね」
「ごめん、パパが帰って来たから抜け出すのが難しくて…、」
「大丈夫です。完璧に業務をこなしていきます。」
「我もついていくから大丈夫だ!」
部屋に戻ってきた私は、事情を説明してリリーと影武者を食堂へ向かわせた。
カランカラン
「今日は雰囲気が違うわね?」
「そうでしょうか?お気になさらず。」
影武者は、淡々とそして完璧に仕事をこなしていく。
「ねぇ。あなた、サーシャ今日様子が……」
「ああ、何かあったんだろう?」
夫婦は手際良く料理を作りながら話していた。
数時間が経ち、店には酒を注文する客が増えていく。
「おい!愛想良くできねぇのか!」
片付けていると、いちゃもんを言う酔っ払いに絡まれた。
―マスター、こいつ消してもよろしいでしょうか?―
ふと、視線を感じた先にリリーがいた。私の殺気を感じ取ったのか
首を横に振り続けた。
―……今日は見逃してあげます。次回はない。―
片付け途中で握りしめていたフォークを置いた。
淡々とやり取りが続き
急遽、この酔っ払いと唐揚げとポテトの大食い大会をすることになった。
負たら、ここに居る全員の支払いをするというルールで。
「無茶はしないでおくれよ?よーい!始め!」
女将さんの声と共にスタートが切られた
一口食べた影武者の目は大きく見開き、輝きに満ちていた。
「この味…初めて食べる」
―マスター、ご飯とても美味しいです、無限にいけます―
積み重なっていくお皿の山。観客がどんどん盛り上がっていった。
「どこに入っていっているの?」「姉さんスゲーな!」
亭主と女将さんはカウンター奥で笑っていた。
暫くして、片手を女将さんに上げられた。
「はい!優勝はサーシャ!」
―マスター。私やりました!―
上げられた手をグーの拳に変え、突き上げ治す。
誇らしい気持ちになる影武者。
ワァァアア――――!
周囲の観衆が沸いた。
「姉ちゃんありがとー!」「かっこいいぜ!!」
男が残した分も、もったいないのでモグモグする。
「おい!まだ食うのかよ!クソッ!」
男は悔しそうに、机を大きく叩いた。
その後、大量の皿を高速で洗っていき完璧に業務は終わった。
「沢山食べてくれて嬉しかったけど、体は大丈夫かい?」
帰り際、少し心配そうな二人。
「大丈夫です。とても美味しかった」
ニコっと笑顔になる影武者。
「それならよかった。はい、今日の分」
「ありがとう。また、来ます」
ドアを閉めて帰り道をリリーと歩く
美味しそうな甘い匂いがする、少し温かい紙袋を抱えながら。
「おい、大丈夫か?」
「はい、もちろんです。次の大会に出たいです。」
目を輝やかせ、いい笑顔をしている。
「……多分だいぶ先になるぞ?」
―その後、月一回大食い大会が開催されるとは誰も想像できなかった…―
その日の夕方。
社交界の噂は一気に広がった。
令嬢エリーナとデイジーは和解、デイジーは皇女と友人になっていた事。
夜。
エリーナは鏡の前で深呼吸した。
泣き腫らした瞼。少し乱れた髪。土が付いたドレス。
「ハハッ…なんて姿なの私…。」
それでも少しだけ、胸が軽かった。
「…私、変わりたいですわ…。自分中心から誰かの為に動ける人に…。」
誰かを奪うのではなく。誰かのせいにするのでもなく。
自分で責任を持ち、周りをよく見て行動できる人間に…。
「なれるかしら…。今からでも…。」
窓の外では、風が静かに吹いていた。




