EP35. 怒りのハンマーと泡に包まれる毛玉
少年と目が合うと、お互いに軽く会釈した。
私は微笑みながら、地面に膝を着き兄妹に話しかける。
「炊き出しの味はどうだ? 」
「美味しい! このお肉も、お野菜も! 」
無邪気な笑顔を見せた妹は、空の皿を見せた。
「はい、とても美味しいです! 久しぶりに肉を食べられました」
「そうか、それは良かった! 」
私は、少年の横にある石畳みの階段へ腰を掛けた。
「先程の続きを聞かせてくれるか? 」
「はい」
少年は、少しずつ話し始めた。
兄妹で炊き出しの場所から少し離れた場所で食べていると
不審な男が3、4人。少年達を囲み、パンだけを奪って行ったと――
「知らないおじちゃん達 悪い人なの! お兄ちゃんを殴ったり、蹴ったりしたの! 」
少年の顎付近に視線を移すと、一部痣になっている。
―冷静になれ、怒りを表しては子供達を怯えさせてしまう―
私はゆっくり息を吐き、まっすぐに少年を見つめた。
「そうか。大変だったな」
「僕は、妹が食べれれば別にかまいません。でも、毎回奪われるのは……」
それから、私は胸元から手帳とペンを出して
少年から聞いた男の特徴を書いていった。
「他の子供達から、同じような話を聞いたことはないか?」
「あります。でもまた違う人のようです」
「そうか。情報をありがとう。今後も、ここで食べて帰ると良い。
親はどうしている? 」
「親は、魔物に……」
少年の声は震え、暫く沈黙が流れる。
―もっと早く情報が入っていれば……救えたかもしれないのに―
やるせない気持ちと、少年の辛そうな姿を見て胸がギュッと締め付けられた。
「お兄ちゃん……大丈夫? 」
妹の小さい手が、兄の服の裾を握りしめ顔を見上げている。
少年は、苦笑いをしながら妹を膝にのせて優しく撫でた。
「すまない。嫌な事を聞いてしまったな」
「今は親戚の家で、世話になってます。でもご飯は少なくて」
「苦労したんだな、妹を守って偉いぞ」
私は少年の頭を撫でると、照れくさそうな笑みを少年は浮かべる。
それから兄妹は頭を下げ、建物から家へと帰って行った。
その小さい背中を、視界から無くなるまで私は見ていた。
―少年よ。ここからは、私にまかせろ―
「ランクロッドさん! そろそろ、次の場所に――」
「ああ。行こう」
部下から声を掛けられた私は、皆で次の瓦礫撤去現場へ歩いていく。
「~~という事があったのだ」
さきほど聞いたばかりの、兄妹の話を皆に話す。
すると、兵士の殆どが怒りを露わにした。
「なんて酷い奴らだ! 」
「俺が側に居たら、ぶん殴ってやる! 」
鎌やハンマーを持った兵士達は、大声を上げた。
私は、胸元から手帳を取り出して目を通す。
「まだ確定ではないが、瓦礫作業の時に該当者らしき人物がいた気がしたのだ」
「それなら! 皆で捕えましょう! 」
「だが、決定的な証拠がないとこちらも動けぬ」
「クッソ……もどかしいですね」
―何か良い方法はないものか。こんな時にルーカスが居たら―
もやもやを抱えながら、次の現場に到着した。
私含め兵士全員は、瓦礫を砕くハンマーに怒りを乗せて粉砕していった。
「今日はすごいなー兄ちゃん達! 」
ガッシャーン!!
ガタッッ!
―魔法なら一瞬で片付けれたがな―
苦笑いを浮かべながら、作業を進めて行った。
「少し、やり過ぎたか?」
辺りを見渡すと、瓦礫の殆どを粉砕していた。
道の片隅に、粉砕した物を入れた麻の袋が積みあがっている。
「3日分の量だぜ?! すごいな!」
「はい、これで顔と体を拭いておくれ」
作業を見ていた住人達が、水で絞ったタオルや飲み物を分けてくれた。
「ありがとう」
「いいんだよ! いつも作業してくれて、こちらこそありがとうね」
―民の為に私が出来る事は、他にもっと無いのだろうか―
民が一番大変なのに、笑顔で差し入れや温かい言葉をかけてくれる姿は
兵士と私の心に優しい光が響いていくようだった。
皆は住民へ頭を下げ、帰る準備を始める。
「3人組は居なかったな」
「ああ。残念だが、特徴はもう全員共有している」
「次会ったら、くっついて作業してやる! 」
兵士達は、闘志を燃やしながら家路へと歩いて行った。
◆
俺は、森の奥へ移動した後いつもの鍛錬をしていた。
―もっと早く、もっと強く―
「あーぁ。動きが鈍い」
「あ?! 」
声がする方へ視線を移すと、毛玉がいつの間にか木の上で
毛づくろいしている。
「いつから、そこに居たんだ! 」
ストッ
「いつからって、最初からだが? 」
毛玉は勢いよく地面に降り立つと、クレールへ近づいて行く。
「お前、結構魔力あるのに勿体ない。我が直々に教えてやってもいいぞ」
「ハッ! 誰が、毛玉なんかに! 」
「主を守りたいと思わないのか? 」
目を細めている毛玉に、クレールは言葉が詰まった。
毛玉はジッとクレールを見つめている。
「それは……思うに決まっているだろ」
「なら、その鍛錬では伸びぬ」
「これは、組織で覚えた鍛錬だ! 伸びないってどういう事だよ」
大声を出し、睨みつけるクレールに毛玉は溜息をついた。
ヒュンッ――
パラッ……。
紫色の球体がクレールの頬をかすり、数本の髪の毛が宙に舞う。
「おい! 何しやがる!! 」
「我に従え。お前と我の目的は一緒だ。どうする? 」
―どうするって言われても。こいつを信用していいのか? ―
暫くの沈黙が流れ、クレールは溜息をつくと静かに頷いた。
「分かった。教えてくれ」
「よかろう。一番大切な事を伝えよう! 心してよーく聞け! まず――」
「まず? 」
「我を、師匠様と呼べ!! 」
毛玉の叫び声が、森に響いた。尻尾をピンと立たせ、得意げな顔をしている毛玉を見たクレールはジト目で見つめ片手を軽く上げた。
「いや、それは毛玉で」
「え? 」
「毛玉。よろしくな」
「こんのガキがぁ――! なんで冷静に返答するのだ! 可愛くない! 」
それから、俺達は森の中を移動していた。何回か振り返る毛玉に同じ質問をされた俺は、疲れながらも目的地へと進んでいく。
「なぁ、師匠って呼びたくなったか? 」
「いや。思わねぇな」
「ッチ。可愛げが全くない! 」
サァ――
開けた場所に到着すると、風が一斉に吹いて来る。
「着いたぞ。見ろ! このために、我が整えた平地を! 」
尻尾をフリフリしながら駆け回る毛玉。
石や雑草が一切なく、走り込みやすい平地に驚くクレール。
―確かに、こんな平地は今までなかったな―
「早速、始めるぞ」
「ああ」
毛玉は真ん中に座り、ニヤリと笑みを浮かべると
全身の毛が逆立ち、黒いオーラ―を出していた。
「まずは、避けてみよ」
シュッ――
2つの黒い球がクレールへと放たれた。
「このくらい、平気だ! なめんな! 」
左右に避けたクレールが得意げに笑うと、後ろから黒い球体が戻ってくる。
「ハァ?! 反則じゃねぇか! 」
「フンッ! 誰が戻らないと言った! 馬鹿者め! 」
ブオンッ
「ッ!? 」
黒い球体は3つに増えた。
クレールは木々を渡り、身を低くして避け続けている。
「よく見ろ! 元暗殺者! 」
「なぜ、それを! 」
ヒュンッ――!
バシンッ!
変化球を避けきれず、クレールの腹に黒い球体が当たる。
よろけたまま、地面に崩れ落ちた。
「ガハッ! 痛ってぇ……! 」
「この程度で倒れるな。主を守る気はその程度か? 」
―煽るじゃねぇか―
ふらふらと立ち上がった俺は、また構える。
「クソ!……もう一回だ」
それから毎日、毛玉と俺は鍛錬をこの平地で行うようになった。
体術から魔法まで、毎日特訓の内容は違う。
「違う! 直前まで魔力を込め続けろ! 」
「クソ!! もう一回! 」
毛玉の修行は、どんどん厳しくなっていく。
ガチャッ
「ただいま」
ニャ!
―こいつ、サーシャの前だと猫かぶってんだよな―
「おかえり~。また泥だらけだけど、大丈夫? 」
「あぁ。これ、今日の分の肉」
葉っぱに包まれた肉を見せる。
「ありがとう! 段々、大きい動物になってるね」
「うん。コツ掴んできた。クマくらいは余裕だぜ!! 」
ニ”ッ!!
『調子に乗るな! 』
「痛っ! 爪で刺すなよ! 」
毛玉が俺の肩から床に降り立つと、辺りをクンクン嗅いでいる。
「お風呂沸いてるから、ゆっくり入ってね」
「あぁ。風呂入ってくる」
トコトコッ……
その場から静かに別の部屋へ逃げようとしている毛玉を
クレールは見逃さなかった。
ガバッ!!
「毛玉もこい! 今日も沢山洗ってやる! 」
ニ、ニッ!! ニャァァア!
『やめろ! 我、風呂は嫌なのだぁあああ! 』
ガラガラッ
ザ――ッ
風呂のシャワーを毛玉へ容赦なく当てるクレール。
『わ、我の凛々しい姿が……』
鏡を見た毛玉は、フワフワの毛がしぼんでいる姿を見て肩を落としていた。
「汚いと、主に嫌われるぞ? 」
クレールは、沢山の泡を両手に持ち、毛玉に近づいて行く。
『クッ! ……ええい! 好きにしろー! 』
洗い終わった後、木の桶に入れられた毛玉は
ずっと大人しくお湯に浸かっていた。
――その日の夜
賑やかな一日が、今日も終わろうとしていた。
主と少年は、すやすやと寝息を立てて眠っている。
異変を感じ、耳をピクピクさせて辺りを見渡す。
『なんだ、この気配は……』
トスッ
嫌な気配を感じ。我は主の側を離れ音もなく窓辺へ飛び乗る。
金色の瞳を細め、森の奥へと視線をおくった。
「来たか。思ったよりも、遅かったな」
黒装束の不穏な気配が、いくつも森の奥で揺れている。
「うぅ……ん」
寝返りを打った主に視線を移した。
「相変わらず、元気な寝相だ。安心しろ、我がついておる」
猫は静かに床へと降り、目を細めた。
「少し、散歩してくるか」
シュンッ
小さく呟いた後、部屋から子猫の姿は瞬く間に消えた。




