EP34. 毛玉襲来!
シャー!!
「このクソ猫!! 動くな! 」
ガタガタッ!!
キッチンにあるテーブルに、黒色の子猫が毛をボワッと逆立てて
クレールに威嚇をしている。
「首輪が付いてるから迷子か? にしてもどこから入って来たんだ! 」
頬を膨らませたクレールは、この子猫を捕まえようと一歩ずつ近づく。
「ん? なんの音だろう? 」
私は物音と、クレールの声で目が覚めキッチンへ向かった。
「ねぇ、どうした――」
―あれ、闇の女神の時に契約した猫ちゃん? ―
あの時は声が聞こえていたのに、今は猫の鳴き声しか聞こえない。
ゥウウウ”ー! ニャ!!
『おい! 雑魚ガキ! 我に近寄るな! 』
「あ?!雑魚?!てめぇの方が雑魚だわ!」
「サーシャ、聞いてくれよ。この毛玉猫いつの間にか家に居たんだ」
クレールは黒い子猫を指さし、目を細めた。
ニ”ァニャー!!
『我を毛玉?! ガキ! お口に気をつけな! 』
「クレール、猫の話してる声が聞こえるの? 」
「あぁ、聞こえる。もうお前が規格外すぎて この毛玉になんの疑問も持たねえ」
クレールは溜息をつきながら、再び猫を睨みつけた。
「この子、私の使い魔に最近なったの」
「え? お前の? 」
ニャニャ! ンニャ!
『そうなのだ! 頭が高いぞ! ひれ伏すがよい! 』
子猫の尻尾はピンと立ち、顔は誇らしげに上へと向いている。
「うん。でも、私は鳴き声しか聞こえないんだよね」
私は首を傾げながら、子猫を見つめた。
猫の耳がピクピク動き、口元が微かに緩む。
ニ! ニャーン!!
『それは良い事を聞いた! 』
「今だ!! 」
捕まえようとクレールが猫へと飛び込んだ瞬間。
シャァーー!!
『来るな、ガキ! 』
牙をむき出しにして威嚇した後、素早くクレールの両手をすり抜け、
子猫はサーシャに飛び込んできた。
「サーシャ!! 」
「わあ!? 」
ポスッ! ……スリスリ
猫は私の顔に近づき、頬ずりしてきた。
「くすぐったいよ~」
―わぁ。モフモフで温かい―
猫は目を細め、クレールを見つめながら鳴く。
ニャニャッ~♪
『へっ! うらやましいだろ? 』
「やっぱこいつ、ムカつく!! 」
クレールはプイッとそっぽを向いた。
私の膝まで降り、うねうねとご機嫌の様子でゴロゴロ鳴いている。
ニッニャァ~♪
『我、可愛いかろう? もっと撫でよ』
「可愛い! 可愛いわ!! 」
もふもふの毛並みを撫でまわす。
「チッ! 後で覚えてろよ、クソ腹黒猫が……っておい! 」
今度は、少年に猫は飛びつきニャアニャア泣き始めた。
クレールは眉間にシワを寄せている。
少年にはこう聞こえていた。
『我が主に何かしたら許さんぞ。よろしくな、赤子よ』
「……ッチ! このクソ毛玉!! 」
「あら、もう仲良しになったのね」
クスクスと笑うと、口を揃えて必死な顔のクレールと子猫。
「違う! 」
ニャァ!!
『違う! 』
―これから賑やかになりそう ―
私は微笑みながら、棚の扉を開いてお茶の準備を始めた。
◆
カンカンッ!
瓦礫を叩く大きな金槌の音が、広場に響き渡る。
「おーい! それはこっちに持って来てくれ! 」
「使えるレンガは、あっちにまとめてくれー! 」
隣国では、魔物がいた森から一番近い村の復興が進められていた。
ランクロッドは、医者に治療以外は安静にしていろと言われていたが
残ってくれた兵士達と復興の手伝いへと毎日病院から出掛けていた。
カーンッ
「さぁ、乾杯―! 」
ガラスの容器に入った特製ポーションを、兵士と一緒に小さくぶつけて音を響かせる。
ゴクゴクッ
「クッ……」
「うわぁ……」
街へ行くときは髪色を変える薬を飲んでから向かっていたが、
あまりの苦さに皆の顔が歪んだ。
「かぁ~! 今日もいい苦味だ! 」
一気に飲み干し、咳き込む一同に陛下は苦笑いをしていた。
「皆、すまない。魔力が戻ったら、この薬を飲まずに私が姿をかえよう」
「陛下、お気になさらないでください」
「そうですよ! 」
準備を整えた騎士団長とマーティンがやって来た。
「陛下、そろそろ行きますか?」
「あぁ。昨日の瓦礫を運ばなければな! 」
「無理だけはなさらないで下さいね」
ザッザッーー
―あの時の森とは思えぬくらい、平穏になったな―
一本道を皆で歩いて向かう最中、瘴気が消え草木が生え始めた森を見渡す。
私の横で一緒に歩いている赤茶の髪をした男。
こいつは、マーティン。マーと最近呼ぶようになった。
マーは妻を亡くし、子供は私の娘と同じ年らしい。
最近は、たまに仕事終わりに抜け出して酒場へ行く仲になっていた。
「陛下。昨日、息子から手紙が届いたのです」
「おぉ!良かったじゃないか!」
「はい、最後の方に、酒は控えてと書いてありました。
見透かされてますね」
2人で苦笑いした後の表情は、娘を思う父の表情をしていた。
「ハハッ! そういえば、娘も同じ事書いてあったな」
「ある程度復興を手伝ったら、すぐ帰還しよう」
「はい! 」
パカラッパカラッ……
後ろから馬が駆ける音が近づいて来る。
皆が振り返ると、騎士団長が馬に荷物を付けたまま走って来た。
「また、先に行かないでくださいよ! 陛下乗ってください! 変わります」
「いや、散歩も健康の1つだ。いつも準備してくれてありがとうな」
―団長も毎日食材を採りに行ってくれて感謝しかない―
「今日は、昼過ぎまで炊き出し。以降は瓦礫撤去か」
「はい。この間の炊き出しも大勢来られましたね」
「ああ。もっと毎日食べさせてやりたいが、食材が足りぬな」
道端にやせ細った子供や大人が何人かいること。
家を失い、孤児院や広場に簡易テントで暮らす者もいる。
今まで報告が上がっていない状況が、現地に来たことで色々と目のあたりにしていた。
「己の目で見ないと本当の事は分からぬ。今回で改めて認識した」
「そうですね……酒場で聞いた、地元の状況も酷いです」
「その件は、私がぶっ壊す予定だ」
私は目を細め、背負ったリュックの肩ひもをギュッと握り締めた。
この国は王族よりも貴族が強いらしい。
―なぜここまでになってしまったのか、理解が出来ぬ―
「陛下、もう少しで着きます。ここからいつもの呼び方にしますね」
「あぁ」
森の先が開けると、大きい石造りの孤児院が見えてきた。
広い庭には、洗濯物の大きいシーツやタオルが掛けられている。
馬を止め、私達は炊き出しの準備を始めようとしていた。
ダッ――
ガバッッと後ろを子供が飛び乗って来た。
「元気だな」
「えへへ! ねぇ、おじさん! ご飯食べたら遊んで!」
いつの間にか、子供たちに囲まれた。
「ああ。また一緒に遊ぼう」
「こらこら、手伝いに来てくれてるんだから、我儘いわないの! 」
シスターが子供を引き剝がした後、頭を下げた。
「いつもすみません。手伝っていただいて」
「気にしないでくれ。大変な時はお互い様だ」
この孤児院は、戦争孤児や訳ありの子供達が集まる場所。
皆、親が恋しいはずなのに楽しそうにそれぞれ遊んでいる。
「こっちの鍋にハーブを入れてくれ! 」
「配膳用の木のスプーンは足りているか? 」
兵士達は忙しなく走り回っては、炊き出しの料理を作っていく。
―私も料理の才能があればな……―
私は忙しい兵士を見ながら、ゆっくりと大きい鍋をかき混ぜる。
ゴーンッゴーンッ
昼の時間を告げる、大きい鐘の音が響いた。
すると、いつもの炊き出しの場所へ人々が、ぞくぞくと集まって来た。
今日は森で狩ってきた鹿肉と野菜炒め。とろみがあるシチューとパン。
「熱いのでお気をつけて」
「ありがとう!」
「ありがとうございます。」
並んでいる民達へ、よそっては渡していく兵士達。
―皆、早く帰りたいのに留まり手伝ってくれてありがとう―
私は二個目の鍋を持ち上げ、兵士の元へ移動させた。
空の鍋を見つめ、並んでいる民達を見渡していると子供の声が耳に入った。
「あの、僕のパンは妹にあげてください」
一人2個のパンを妹に全部乗っけろという少年がいた。
ボロボロの服でやせ細っているが、目は力強かった。
「お兄ちゃん。私は別にいいから」
炊き出しのルールは、小さい子は1個。
それ以外はパン2個というルールになっていた。
私は、空になった鍋を置いて少年に近づき口を開く。
「少年よ、あとで隠れてあげれば良いではないか? 」
「知らない大人に奪われる時があるんです」
「今、何と言った」
「へ、ロッドさん! 顔が怖いですって! 」
兵士に言われた一言で、ハッと我に返った私は
険しい顔から穏やかな表情に戻す。
「後で話を聞こう、後ろの施設に入り食べなさい。
今後も子供だけの場合、敷地内で食べれるように共有する」
少年達は頭を下げ、配膳トレイを受け取ると施設へ歩いて行った。
それから、部下達に子供のみ敷地内の建物を開放して
そこで食べてもらう事にした。
―なぜ、奪い合いが起きる。毎日炊き出しは行っているのに―
もう一度、炊き出しに並んでいる大人達を見ていった。
頬がこけている者。歩き方がふらついている者。
貰った料理を一心不乱に食べている者。
―皆、今を生きるのに必死で余裕なんて無いのは当たり前か―
「こんな状況なのに、この国の王族達は何している」
小さく呟いたが、周りは私の声は聞こえる事はなかった。
近くにいる部下へ話しかけ、鍋担当を変わってもらった私は
ゆっくりとした足取りで施設へと歩き出した。
ガヤガヤと子供達の賑やかな声がはっきり聞こえてきた。
「お兄ちゃん!美味しいね!」
「あぁ、ゆっくり食べろ」
兄は妹の頭を優しく撫で、自身もパンを一口ずつ、ゆっくり食べている。
孤児院の子供達も、同じ広場の隅で昼食をとっていた。
この中に、同じ目に遭った子供が、まだいるのではないかと思った私は
少年達を見つけ、深く深呼吸をする。
―怖がらせないように、話を聞かなければ―




