EP31. 皇女vs現役暗殺者
シュッ
男が視界から消えた。
風の感触と殺気で、私はすぐ体勢を変えた。
―右から来る! ―
キイィン!
ミシッ……
一撃で結界の表面にひび割れが出来たのが見えて目を見開いた。
結界を盾のように使ってしのいでいく。
「やるねぇ。おばさん」
―こいつ……強い―
「おいおい! 守りばっかじゃねぇか! ほら、ほら! 」
それから、私は男から次々と攻撃をしてくるのを防ぐのに必死だった。
焦点が合いにくい。魔法を放ってもすぐかわされてしまう
―動きが読めないわ―
まともに戦ったことが無い私は、経験不足を痛感していた。
「へぇ。じゃあこれはどうかな? 」
男は手のひらから強い光を放つ
パァア――
―こいつ、魔法が使えたのか―
「――ッ」
発光した光の眩しさから、私は目をギュッとつぶってしまった。
次に目を開けた時、男は懐に入り込んでニヤリと笑っているのが見えた。
グサッ!
……ドサッ
お腹に鋭い痛みが走った。
ナイフを引き抜かれ、同時に崩れ落ちた私は地面に倒れた。
「所詮、素人のあんたが俺に勝てるとでも? ハハッ!」
「サーシャ!! 」
少年の声と結界を叩く音が遠くに聞こえる。
「……クッ」
刺された所が熱い。うずくまった私の呼吸は荒くなった。
―少年もこの痛みを感じてたのか―
「アハハッ、一撃入れただけで喜んじゃってさ」
私は痛みを堪え、笑いながら立ち上がる。
少年が笑っている姿や、いじらしい姿の瞬間が脳裏を過っていく。
―この子を守ると決めたじゃないか。笑え。そしてこいつを叩き潰せ―
握りしめた拳を胸にトントン叩くと、体の奥から魔力が溢れ出てきた。
まるで、縛られていた魔力が解放されたみたいに……。
ビュゥウウ――
私から突風が吹き荒れ、体は熱いのに心がどんどん冷たくなっていくのが分かる。
まっすぐ男を見つめた私は、手をスッとかざした。
ザザッ――
「面白れぇ」
突風に、ふらついた男の足が数歩後ろに下がったが笑っている。
「お前を消す」
私が低い声で呟くと同時に、魔法陣をババッと複数同時展開させていく。
「ガハッ! ゲホッゲホッ」
口から赤いものが流れるが、不思議と痛みも感じなかった。
【危険! 体が耐え切れません】
【維持結界解除を推奨します。行いますか】
―しないわ。ふざけないで―
ドドドドドッ!!
魔法陣から放たれた光は男を捕えようと連続で発射される
男の頬と腕にかすり傷しかつけれなかった。
「ガキ一人居なくなるくらいで、本気になるなよ」
男の一言を聞いた私は、『プチッ』と何かが頭の中で弾ける音がした。
ブワッ――
ズッズズ……
私を包んでいた光の魔力から、漆黒と紫色の魔力に変わる。
「サーシャ!! 」
「な、なぜお前がこの力を――! 」
―私にも分からないわ―
『消えろ』
『悲しい』
『許さない』
黒く紫色の光は、か細い声を発しながら帯状に形成し
クモの糸のように男を囲んでいく。
「やめろ! お前……何者だ」
黒い光が男をまとわりつき、徐々に包み込んでいく。
ガハッと男が血を口から吐いた。
「ロキ、お前を探してる奴は他にもいる。楽しかったぜ……相棒――」
ズズッと完全に男は黒い球体に飲み込まれた。
私は最後の力を振り絞り、
グッと力を込めると開いた手をギュッと握りつぶし拳を作った。
「散れ」
黒い球体は外側から、ピキピキッと割れていき
パァァァアン!!
爆発音と共に爆風が辺りを大きく降らし、
パラパラと宙へと舞う黒いチリに変わった。
「ハァハァ……お、終わった」
私は全身の力が抜け、膝から崩れ落ちその場に倒れた。
ダダダッ――
「サーシャ !! お前、血が――」
「大丈夫よ。帰ろう」
「大丈夫な訳ねぇだろ!! 喋んな、血がやべぇんだから! 」
―守れてよかったわ―
震える手で転移ボタンに触れ、いつもの部屋に戻ると
家に帰れたという安心から、私の記憶はそこで途切れた。
◆
「サーシャ! 起きろ! 嫌だ、死ぬな!」
いくら揺さぶっても、目を開かない。
青白い顔になっていくサーシャの手にそっと触れるがとても冷たい。
―ベッドに移動させてやりたいが、力が足りねぇ―
「俺なんかを助けなくてよかったのに……何でお前は――
外に出るんじゃなかった。お、俺が全部悪いんだ……ごめん」
呼吸はかすかに聞こえるが、弱くなっている気がする。
ボワッ……
サーシャの全身が柔らかい光に包まれ、光の小さい粒子が上へ昇っていく。
「え、なんだ? いやだ! 」
俺はサーシャへ覆い被さるように抱きついた。
撫でてくれた優しい手、声
今まで過ごしてきた思い出が駆け巡る。
―この人だけは、失いたくない―
抱きしめていた体が、徐々に小さくなっていくのを感じた俺は
サーシャの顔をゆっくり見つめようと体勢を変える。
サラサラと 髪が銀髪になっていく姿を見て目を大きく見開いた。
「え……」
上から下へ光が強く光ると、徐々に大人から知らない女の子の姿になっていた。
ガタッ
驚きと動揺で俺は、サーシャから離れた。
「誰だ? どういうことなんだ」
暫く呆然としていたクレールは、大きく首を振り静かに少女を抱えた。
ベッドに寝かせ、近くにあった布で口元の血を拭いた後、
刺された腹の傷を確認したが傷口はなくなっていた。
「お前……俺をずっと騙してたのかよ――」
白い布をグッと強く握りしめ、自分の頬を噛んだ。
綺麗な髪、目を閉じてもわかる整った顔。貴族みたいな子供。
―でもこいつは命をかけて俺を助けてくれた。それは事実だ。―
「あぁぁぁ! もう! どうなってんだ! 」
混乱が止まらず、頭を両手で抱え込む。
「うぅ……。ハァハァ――」
苦しそうな呼吸と表情が視界に入る。
「俺は、なんて無力なんだ……」
小さく呟やた俺は、汗を拭いてやろうと思いキッチンで水を桶に入れた。
ザーー
「何も出来ないクズじゃねぇか」
両手を付き溜息をつくと、視界に森で採っていたハーブが目に入った。
―そうだ、薬草を―――
「少し出てくる。すぐ戻るからな!」
俺は飛び出すように家を出て、森へ向かって走り出した。
◆
「あら、起きたわね。おはよう、お嬢ちゃん」
綺麗な紫色と赤いメッシュが入った長い髪。
紫と黒い細身のドレスに身を包み、漆黒色の長い棒を持っている。
―私は死んだの? ―
見渡すと黒く長い絨毯と上には、黄金色のシャンデリアが輝いていた。
意識がはっきりしだした私は、女性へ話しかけた。
「あの、少年は?!」
「無事だから安心して」
コツコツッと地面に音を響かせた女性は、微笑みながら一歩ずつ私へと近づいて来た。
「改めて、初めまして。私は闇の女神よ。あなた、無茶したわね」
「闇の女神様……?」
「上から見てて、少し助けちゃったのよ。あのままなら街が消えてたから」
「え?! 」
「あなたのお節介な性格。私、嫌いじゃないわ」
私は小さく首を傾げて、自分の両手と目の前の女神を交互に見た。
―あの黒い光は、一体なんだったの―
「最後、男を包んだ黒い光は……。女神様が? 」
「いいえ。あれは、あなたに残っていた闇煙。
何かと反応して暴れたのね」
長い髪を片手の指で遊びながら女神は言った。
「あの少年の呪いはもしかして」
「そうよ。あなたが予測してる事は当たってるわ。2種類かけられてた」
―呪いの一つは暗殺ギルド、もう一つは……。―
私は俯き、溜息をついた。
女神は目を細め、杖で地面を数回カンカンッと叩く。
「この先、あの少年を一生守ると誓えるかしら? 」
私はまっすぐ女神を見つめ、口を開いた。
「一生は分からない。でも決めたの、守るって」
「そう」
少しの沈黙の後、闇の女神は杖を小さく振るった。
「とりあえず、あなたに少し加護を与えとくわ。あとこの子と契約なさい」
ポンッ!
「また会えた! 歌のお姉さん !」
「あの時の妖精さん!」
あまゆいの種を渡してくれた妖精が目の前に現れ、フワフワと宙に浮いている。
「私、妖精ではないの」
「え? 」
パァア――
トスッ
宙に浮かんでいた妖精は、光に包まれると
地面に降り立った猫の姿に変わった。
トコトコと私の足元に来て、膝にピョンッと飛び乗ってきた。
「我、色々変えれるのだ! 」
―口調も声も変わるのね―
「この子は一体……? 」
私は子猫を撫でながら、女神を見上げる。
「とある監視と私の手伝いをしていた子よ。あなたに授けるわ。
優秀だから、今後はサポートしてくれるでしょう」
「ありがとうございます。大切にします」
「主! よろしくな! 」
ゴロゴロと子猫の声を聞きながら、女神を見つめたままの私は頭を数回下げた。
「またね。お嬢ちゃん」
闇の女神が目を細め、杖を大きく地面を叩く音が響くと
私は瞼を閉じた。




