EP30. 二人でいざ、城下町へ!
サラサラの深い紺色のスカートに、トップスは細かい刺繍が入った白いブラウス。
胸元には、雫の形をした赤いルビーの石が付いた金色のネックレス。
鏡の前でヒラリと一回りした私は、小さく呟いた。
「よし。これくらいでいいでしょう」
「いいえ、マスター。足りません」
影武者の声に振り向くと、両手にはフリフリのドレスと豪華なティアラを持っていた。
「いや、城下町でそれ着けたら狙われちゃうから! 」
私は首と手を左右に大きく振った。
「ならば! こちらを! 」
片手をそっと引き上げられると、大きな一粒ダイヤの指輪をはめられた。
「店の者にマスターがなめられたら、後で私が駆逐します」
目がすわった影武者のオーラは熱かった。
―うーん。燃えてるねぇ―
「口を閉じてください」
素直に私がそっと口を閉じると、唇の上を何かが塗られた。
スッス――
「女の闘いは、リップからです」
―どこでそういう言葉を覚えたんだろう―
私は苦笑いを浮かべながら、感謝の言葉を告げた。
「普通に買い物するだけだからね。あ、そろそろ行ってくるよ」
そっとダイヤの指輪を外し、机に置くと急いで転移をした。
今日は、クレールと一緒に城下町へ初めて行く日。
「楽しみだわ」
いつもの家に到着すると、もう玄関前にクレールが立っている。
「お待たせ」
「ああ。お前、今日気合入っているな」
「お化粧も少ししたからね。さぁ! 私の手を取って」
クレールはそっと手を私の手のひらに置くと、フワッと光が二人を包み森から消えた。
「早く!早く!」
その場で駆け足をしながら、私に満面の笑みを向けてくれるクレールが
まるで子犬のように見えて思わず私は微笑む。
二人で手をつなぎながら中央広場まで歩いていく。
青空には白い鳥が王都へ向かって飛んでいった。
「晴れて良かったね」
「ああ。本当に」
クレールは城下町が見え始めると、辺りをもの珍しそうに見ていた。
「あら、サーシャ! 今日はお化粧してるのね。そちらの子は? 」
「親戚の子なんです。ほら、挨拶して? 」
「こん、にちは……」
笑顔で見つめられるのが慣れていないクレールは、
一言だけ発するとサーシャの後ろに隠れた。
「人見知りだね。私の子供もそうだったわ~」
店主の女性は微笑みながら、クレールへ温かい眼差しを向けていた。
―クレールの手が震えているわ―
自分の洋服から伝わってくる微かな揺れに私は気づいた。
そっと、自分の手をクレールの揺れている手に優しく重ねた。
「また買いに来るよ。では……」
「あいよ! またね! 」
店の女性に別れを告げ、私達は最初に服屋へ向かう。
2人の革靴の音が、街の石畳とぶつかる音がカツカツッと小さく響いていく。
クレールは手をつなぎながら、空へと目線を向け物思いに更けていた。
―明るい空の下で街を歩いたのは、何年ぶりだろうか? ―
「今日はこの野菜が安いよ!」
「これ、新作の総菜だよ。持って行って」
商店通りを通る度、色んな人達がサーシャに話しかけている。
その間、俺はサーシャと手をつないでいる場所をジッと見ていた。
いつもなら、自ら振りほどくのに……。
まるで守られているかのような安心感に包まれている気がした。
―こいつの手は温かくて、落ち着く―
そう思いながら、フッと口元が緩んだ。
カランカランッ
目的である一軒の服屋に入った俺達は、扉の向こうの豪華な店の作りに驚いていた。
ガラスの鳥や天井には、キラキラ輝く宝石が付いているシャンデリア。
床には、ふかふかな赤い生地に金の刺繍が入った絨毯が広がっている。
―まるで、小さい城の中みたいだ―
「いら、いらっしゃいませ……」
平民の恰好を見た店員は、服を畳む手を止め俺らを下から上へ視線を運ばせていく。
―俺、こいつ嫌いだ―
思わず繋いだ手に力が入ったが、サーシャが軽く握り返してきた。
まるで『大丈夫よ』と言っているかのように……。
店員は、サーシャの胸元に光るアクセサリーを見た途端。
態度をガラッと変えてきた。
「お客様、どうぞこちらへ」
「子供用の服をいくつか見せてほしいのだけど」
シャッ
「どうだ? 」
「似合う!」
シャッ
「買います。買わせてください! 」
シャッ
「か、可愛い! 」
クレールがカーテンを開け新しい服を見せる度に、
テーブルに積みあがっていく子供服と靴。
そして、店員のテンションも積みあがっていった。
「あと秋冬の物があれば、いくつか見させてほしいわ」
「はい! よろこんで! 」
店員は二階へと走り出した。
―あきらかに買い過ぎた。金は大丈夫なのか? にしても、疲れたぜ―
ぐったりしたまま座り込んだ俺の隣に、サーシャも腰を掛けた。
「なんで今、夏前なのに先の季節に使う服も買うんだ? 」
「時期がずれているのを今買うとね、値切りやすいの」
それから俺は、今度は秋冬用の服をまるで着せ替え人形のように
沢山洋服を着ていく。
秋冬用は、なぜか結構大きめのサイズを買ってくれた。
「王子様みたいだわ」
途中、服屋の店主がほめてくれたが何も響くものはなかった。
会計になった時、サーシャは小袋から金貨を数枚出した。
「残りはチップで。この子に菓子や飲み物を出してくれてありがとう」
「いいんですか!? ありがとうございます!! 」
数歩歩いたサーシャは振り返り、目を細め店員に告げた。
「一つだけ。身なりで判断するのは店員としては失格よ」
「……も、申し訳ございません」
―サーシャ良く言った! スカッとしたぜ! ―
俺はニヤリと口角が上がってサーシャを見上げた。
何度も頭を下げる店員を背に、俺らは次の場所へと向かう。
「沢山クレールの服が買えてよかった! 」
「買いすぎだぞ、全部俺の服ばっかりじゃねぇか……」
「いいの! 言ったでしょ? クレールの服を買うって」
両手に紙袋を沢山持ったサーシャと俺は、視界に入った
噴水近くのベンチに荷物をドサッと置いた。
「このお金で、向こうの飲み物を買って待っててくれる?
その間、私収納してくるわ」
「分かった」
―魔法で収納を見られる訳にはいかないよな―
屋台の飲み物を二人分買って、噴水が見えるベンチに座った。
「遅い! あいつどこまで行ってんだ? 」
俺はベンチに置いた飲み物を飲み始めた。
ズズーッ
「お! 冷たくて甘いぞ」
レモンとハチミツと、何か果物の角切りがいくつか入っている、
―……!! この気配。―
「なぁ、ここら辺で黒髪に赤目のガキ見かけなかったか?」
「さぁねぇ。見たことないわね~」
聞き慣れた声が後ろから聞こえてくる。
ドクッドクッ……
―嘘だ。嘘だと誰か言ってくれ―
飲み物を持っている手に、自然と力が入る。
「お待たせ! さ、美味しいご飯食べに――」
サーシャが走って来た。
「帰ろう」
「どうしたの? 」
「いいから! また、後で話すから。もう帰ろう」
サーシャの手をグイッと引っ張った俺は逃げるように走り出す。
―こいつだけは巻き込みたくない―
黒づくめの男は、走り出す少年と女の背中を横目で見ていた。
「どっどうしたのよ……!! 」
「うるさい!とにかく、今ヤバイんだよ! 」
ザッザッ――
転移場所までもう少しの時、男の低い声が後ろから聞こえた。
「みーつけたぁ」
ニヤッと笑みを浮かべた男は、私と少年の前に飛び出し立ちはだかる
「おばさんまた会ったね。あと、元相棒もな」
「あら。お兄さん久しぶり」
本能的にサーシャは、少年を自分の後ろへ庇う体勢を取った。
「そのガキが、俺が探してたガキだ」
顎をクレールの方へ向け終わると、ゆっくりこちらに近づいてくる。
「何言ってるんだい? 黒髪でも赤目でもないじゃないか」
「気配を消すような歩き方の癖。耳の形。
あと俺は微量だが魔力の色が分かる」
「間違いない。お前、やっぱり生きてたんだな。ロキ」
「ロキ……?」
「あぁ。話してなかったのか?
こいつ、自分の母親を殺すようなヤバイ暗殺者なんだぜ?」
大きい声で笑いながら言う男。
「やめろ!! こいつには関係ないだろ!」
俺が叫ぶと、サーシャは手を広げて前に出るのを阻止してくる。
「だったらなんなのさ。何か事情があったんだろうよ」
「へぇ、動じねぇのか。悪いことは言わねぇ。そのガキを俺に渡しな。
そうすればあんたの命だけは保証するぜ」
「嫌だね! どうせ私もこの子も消すつもりだろ? 」
「や、やめろ……サーシャ。こいつに従え俺はどうなったっていい」
「……そんなに、そのおばさんが大事なのか」
トントントンッ
リズムよく、その場で軽く飛ぶ男は歪んだ笑みを浮かべた。
「じゃあ、おばさんから消そうか~ 」
飛ぶのを止めた男は笑いながら、光る鋭い刃を腰から引き抜いた。
「お前にかけた追跡の呪いが消えたって組織から聞いてよ。
ずっと会いたくて、毎日聞き込みしてたんだ。
会いたかったぜ…ロキィィイ」
ダッ――
―早い。これが実力のある動きなのね―
私は、男の刃物に魔力を放つが無効化できなかった。
「ハッ! 細工をしようとしたって無駄だ」
キィィィ――ン
パッパッ……
瞬時に何層も重ねたドーム型の結界が刃をはじき返す。
「硬いな。小賢しいことしないで、直接戦おうぜ」
笑みを浮かべながら、結界の周りをゆっくり回り始める男。
「俺を出せ。これは元々俺の問題だ」
「何を言ってるの? 一人で抱え込まないで。私が居るじゃない」
震えている手にサーシャは手を重ねた後、
ドンッとクレールの両肩を後ろへ押し出した。
「行ってくる」
「待て、行くな――!」
ブォンッ
サーシャは結界から出て、数歩前に進んだ。
「お兄さんと私だけで戦うのはどうだい?」
「ハッ! いいぜ? 遺言書く時間をあげようか? 」
ナイフで遊びながら、こちらを見つめ笑っている。
「暗殺者なのに、優しいじゃないか。でも必要ないよ」
ドンドン!!
「おい、サーシャ! やめろ! 俺だけで戦うから!!この壁消せ! 」
「聞いてるか?!そいつはお前じゃ無理だ!!」
力一杯叩いても、びくともしない結界の中でクレールの叫び声が響く。
「私を信じて大丈夫よ」
安心させようと少し振り返り、微笑んだ瞬間。
「―ッ!! 」
パラッ……
頬横の髪が数本切れて風に舞った。
男がその隙をついて襲ってきたのだ。
パンッ!
ザッ――
私が自身に張った結界に弾かれた男は、飛び上がり後ろに着地する。
「なんだい?随分、卑怯じゃないか」
「ただじゃれてみただけさ」
―私は、この男を絶対に許さない! ―
「さぁ、戦いを始めようじゃないか」
私は深く息を吐き、両手を静かに構えて男を睨みつけた。




