EP.29 幼き怪盗はハムが好き
コロンッ
「あ……」
サイコロの小ささになってしまったジャガイモが転がる。
―何度やってもこの小ささになってしまう―
「陛下。皮むきは終わりましたか? 」
「それがな……この通りだ」
後ろからやって来た騎士団長に私は苦笑いを浮かべ、
銀のボウルの中に沢山の小さいジャガイモの粒を見せた。
「陛下にも苦手なことがあったんですね」
微笑む騎士団長を見て、私は頭の後ろへそっと片手を当てた。
ガタッ
「我は外で獣狩りにいってくる」
「私もご一緒しますよ」
「よい。他の作業もあるのだろう? 」
それから結局、心配症な団長と一緒に獣狩りをすることになった。
「フハハハッ! やはり体を動かした方が我は良いみたいだ! 」
「無茶しないでください! 病み上がりなのですから! 」
ダッ――
森の中で2つの影が、すごいスピードで駆け抜けていく。
キィィーインッ
一筋の光が空気を斬ると……。
ドサッ! ドサドサ……
見えない速度で通り過ぎた道に獣が倒れていく。
「魔法を使わずとも、この剣術でいけるな」
剣を空へと高く掲げた。
「待ってください……ハァハァ……」
「フハハハッ! 我より若いのに息が上がりおって」
豪快に笑う陛下に、団長はついてきたのを少し後悔した。
「陛下には敵いません」
「幼い頃を思い出すな」
「フッ。そうですね」
団長は元々孤児だった。道で倒れていたのを見つけた陛下は
城で看病し、少しの間一緒に同じ屋根の下で暮らしていたのだ。
「よく怪盗ごっこで、厨房のハムを狙っていた頃が懐かしいです」
バッ!
「よいか! 今宵の標的は、高貴なハム! パンもあれば大成功だ!
準備はぬかりないか! 」
麻の小袋を高く掲げ、子供用の青いマントを身に纏わせた幼い陛下は
自室のベッドへ仁王立ちをして今日もハムを攫う号令をかける。
「はい! 本日は、チーズも視野に入れて動きます」
膝を着き、頭を下げる幼い団長。
「うむ! いざ、行くぞ! 隠密! 」
シュルッ――
地面から二人を薄黒い光が包む。
ガチャッ。キィー……
透明になった二人は、扉を静かに開けて厨房へ向かったが
廊下の角でルーカスとすれ違った。
―フンッ! ルーカスよ、これなら我らを見抜けまい! ―
「……フッ。ゴホンッ! ああ、書類を忘れたようだ。戻らねば」
フワフワと麻袋だけ、腰の位置に浮いている光景が目に入ったルーカスは、
咄嗟に出た笑いを咳でごまかし別の道へと歩き出した。
隠密下では、そんな状況だとは知らない二人は楽しげに小声で話していた。
「陛下。流石です! 」
「だろ? 我の魔法技術はすごいのだ」
不思議とそれから、廊下でも厨房でもメイドや騎士達の姿が無かった。
ガチャッ……パタンッ
厨房の扉を静かに閉じると、二人は普通の声の大きさで話始めた。
「任務成功だ! 」
「はい! やり遂げましたね! 」
目の前にある、美味しそうな分厚く切られたハムに手を伸ばそうとした時
「何をそんなに、楽しそうなことをしているのです?」
後ろから冷たい女性の声が厨房に響き、
二人の肩はビクッと飛び跳ねるとハムに伸ばしていた手を引っ込めた。
その時。
ガタガタッ!
カランカランッ
驚いた幼い団長は、ぶつかったテーブルの調理器具を落としてしまう。
「分かっていますよ。ランクロッド、あとおチビちゃんもね」
「……」
パチンッ
指を鳴らすと、パリンッと音が鳴り隠密が解除されてしまった。
「は、母上……」
「そんなに二人は、お城の掃除がしたくてたまらないのですね~」
満面の笑みで、ジリジリとにじり寄る母親に震えあがる二人。
「これは、その……ごめんなさい」
それから1週間。二人は、城の一部を掃除している姿があった。
「そんなこともあったな」
「はい。楽しかった思い出の一つです」
「あの頃は、何をしてもすぐ腹が減ったのもあったからな」
「子供はそんなものです。さぁ、もう一狩り行きましょう」
二人は笑い合い、腰に掛けた水袋を一口飲むと狩りを再開した。
空が夕方を告げるオレンジ色になり、街の鐘が遠くで奏でているのを
聞いた二人は狩りを止めて家路に向かった。
「戻ったぞー! 獣を運ぶのを手伝ってくれないか」
家に帰った二人は、他の兵を集めて狩ってきた
さまざまな獣25体を捌き始める。
「これなら明日の炊き出しで民全員に食べさせられるだろう」
「ええ。皆喜びますよ」
翌日。
ガヤガヤッ……
広場の真ん中には、鉄の大きい鍋が5つ並べられ
後ろには木の箱の中にパンや果物が積まれている。
ジュ――!
昨日狩ったばかりの肉を大きな鉄板2つで焼く音と香ばしい匂いが
炊き出し会場へ広がっていく。
「三列になって並んでくださいー! 」
整列係の兵の大声が響く。
「お前! ずるしないで後ろに並べよ! 」
「なによ! 私には子供が居るのよ! 」
「ママ。お腹が空いたよ」
並んでいる場所から、どことなく聞こえてくる罵声と悲し気な声。
討伐後、復興支援の炊き出しを開催していた陛下含めた騎士達は
他の者達と忙しく動き回っていた。
ザッ――
数歩前に出た陛下は、大きな声で手を挙げた。
「十分な食料は逃げぬ! 信じて並んでくれ! 」
その一言で静かになった民は、また並び始めた。
「どうぞ。熱いのでお気をつけて」
「ありがとう」
カチャカチャと鍋から容器へスープを注ぎながら、配膳担当の兵が民へと渡していく。
「肉だ!」
「何カ月ぶりかしら」
「うまい! このソースもパンによく合う!」
「ふわふわのパンだ! 」
民は美味しそうに道端で座り食べ始めた。
「良かったですね」
「ああ。だが、これが毎日になるように考えないとな」
―この国の王族は討伐もしない。
炊き出しも支援もしないで、何をしている―
口に出さなかったが、幸せそうに笑みを浮かべ食べている民を見て
より一層怒りが奥深くで渦巻く。
ギュッと強く握りしめた拳に爪が食い込んでいた。
◆
パタンッ
授業が終わり部屋に戻った私は、ステータス確認しようと思いタブレットを開く。
「5万ポイント?! レベルは……120ってどういう事なのよ」
自分の目がおかしくはないか、何度も確認するが桁がおかしい数値だった。
―♪
【他人のステータスが、一部見れるようになりました】
通知音が頭の中で鳴った後、私はポイントを半分基礎ステータスへ振り分けた。
―前より体が軽くなった気がする―
両手をグーパー動かしながら、首を傾げていた。
「どれに振るのが正解なのか、分からないや」
私は溜息をつき、夕食を食べる為に扉を開け広い廊下を歩きだした。
その日の夜。
「じゃあ、よろしくね!」
「マスター。お気をつけて」
ガチャッ
「ただいま~」
「おかえり。こっち来て! 」
手をグイグイ引っ張られて、冷蔵庫の前に連れてこられた。
「見ろ! 」
ガラガラッと冷蔵庫の真ん中を開けると、沢山の魚が凍っていた。
「こんなに沢山! 全部採って来たの? 」
「ああ。すごいだろ! 」
クレールは誇らしげに斜め上へ顔を上げた。
「すごいわ! じゃあ、今日は魚料理を作ろうかな」
キッチンに立った私は、魚を軽く洗い切れ込みを入れ始めた。
サラサラと塩やパン粉を、それぞれに魚にまぶしていく。
ジュッ……パチパチッ
塩焼き、魚のフライ。混ぜご飯。魚の骨で出汁を取った野菜の味噌汁。
テーブルに、美味しそうな匂いと湯気が舞う。
「はい! いただきます」
サクッ!
衣の軽い音が小さく響く。
「中がフワフワしてて、うまい! 」
「口に合って良かったわ。 」
相変わらず、勢いよく豪快に食べるクレールの頬には
今日もお米の粒がくっついている。
「今日は、なにしてたんだ?」
「ん~。馬に乗ったりしてたな」
ふと、あの暴れ馬を思い出した。
―3番。美味しいご飯食べれただろうか? ―
「ごちそうさまでした」
私達は手を合わせて食事を終えると、一緒に片付けを始める。
「この森ってどこにあるんだ? 」
「王都から少し離れたところとだけ答えるよ。外に出たい?」
「うーん」
キュッキュッ……
皿を拭いた手を止めたクレールの目線は、下へと落ちていく。
―城下町で会った、あの黒い服を着た男が今も探しているかもしれない―
心がざわついていた私は、クレールが口を開くのを待っていた。
「街に出てみたいなとは思うぜ」
「一生、別人のように姿を変えれるなら。クレールはどうする? 」
「かまわない。寧ろ変えたいくらいだ」
皿拭きを再開したクレールは淡々と返答していた。
「分かった。10歳になったら、別人になれる魔法をかけてあげる」
「出来るのか?」
「うん。でも、その間は制限がある限定的な魔法しか使えないよ」
「姿を変えれるなら何でもいい」
それから、お試しで魔法をやる流れになった。
片づけを急いで終わらせたクレールは
私の後ろで、ぴょんぴょん跳ねていた。
「早く! 早く! 」
「この髪色とか目の色になりたいとかある?」
「んー。髪は黒髪以外なら何でもいい。目は、黄緑色がいいな」
「じゃあ、目をつぶって。私が開けていいよと言うまでそのまま動かないでね」
目を軽く閉じたクレールに向かって手をかざす。
温かい穏やかな風と金色の光が少年を包んだ。
「あったけぇ」
スゥ――
上から下へ光の輪が下がっていくと、髪色は黒から薄い金髪になり
顔の輪郭。体が少し大きくなった。
「目を開いて。違和感ない? 」
「うん。鏡見てくる」
ダダダッ――
鏡がある部屋まで走り出し、何か叫んだかと思えば柱から顔を出す。
「本当に変身出来てる!!サーシャすげぇ!!」
金髪に黄緑色の瞳に変身したクレールは、王子様のようだった。
「この姿は長くても1日持つかどうか。先に毛先が元の色に戻っていくからね」
私は、目の前に現れているシステム画面の説明を読み聞かせた。
「覚えておく。 今日は、このまま魔法を解かないでほしい。」
髪の毛を珍しそうに触っている。
「分かった」
私は微笑むと、お茶をテーブルへ置いた。
「ねぇ。明日一緒に街へ出かけない? 」
「え! 行く!! 」
「クレールの服と、美味しいお店でご飯を食べよう」
「やったー!! 約束だからな!」
少年は両手を上げて、嬉しそうにはしゃいでいる。
「明日の昼前には、ここに来るからね!」
「分かった!寝坊すんなよ!」
少年はそのあとも落ち着きなく、部屋の中を歩き回っていた。
「うまい飯屋って、なんの料理が出てくるんだ? 」
「秘密! 行ってからのお楽しみ」
―明日は、沢山喜んでくれたらいいな―
フッと微笑むと、クレールは大きな欠伸をして自室に歩いて行った。
私は洗濯物を畳み隣の部屋へ片付けていると、
モゾモゾと寝返りを打っている音が聞こえる。
ガチャッ
「……クレール?」
「なんだ?」
「子守歌、歌ってあげようか?」
「は?! いらない! 」
ガバッと布団をかぶるクレールに、
苦笑いを浮かべながら私は机の灯りを消した。
「おやすみ」
少年の寝息を暫く聞いた私は、城へ静かに転移した。
―この夜、私はこれから起きる事を想像していなかった。
きっと楽しく城下町で過ごせるとばかり思っていたのだから―




