EP.28 暴れ馬vs第一皇女
パラッ
「うぅ……。終わらないわ」
私は自室で、第二回目お茶会リストの確認と参加者の絞り込みをしていた。
朝食の時に、ルーカスから言われた言葉を思い出す。
『皇女様。リストは、ご覧頂きましたでしょうか?
二回目のお茶会は、いつなのか問い合わせが多く――』
そして、追加のリストの束を笑顔で渡された。
「お茶会が好評だったのは、ありがたい話だけどさ」
チラリと減らない書類の束を見て、私は溜息をついた。
「この100人以上から絞るの大変だよ……」
―もうこの際、今回は女子限定にしちゃおうかな? ―
私は、デイジーと仲違いしたエリーナに印をつけ
その他は取り巻きではなさそうな令嬢を何人かに印をつける。
それからメイド長を呼ぶと、印をつけたリストの束を渡した。
「皇女様。かなり今回小規模ですね。」
「えぇ。人数が多すぎても、お話できないからね」
―参加者が今回12人だから大丈夫でしょう―
部屋の入口から見えたのであろう、机の上にある残りの書類を見た
メイド長は目を大きく見開いた。
「いつもながら、すごい量ですね」
「だよね」
「陛下には、この書類の3倍を渡していました」
「え! 3倍?! 」
メイド長は何度か頷いた。
「そりゃあもう、ルーカスは元――ッ! 」
笑顔から一気にハッと、『やらかした! 』という表情に変わった。
「元、何? 教えて」
「い、いえ。私は別の仕事がまだありますので、失礼いたします」
「あ、ちょっと――!! 」
パタンッ
メイド長は、逃げるように消えてしまった。
「気になるじゃないの!! 」
私は、静かに閉じられた扉に向かって叫んだ。
「はぁ…これ以上考えても無駄ね。今日のガチャ回そうかな」
モヤモヤを抱えたまま、タブレットの画面に触れると
【本日のガチャはありません】
「え? 」
ポチッポチ……
何度も別の所から切り替えて押しても、変わらなかった。
―とうとう、引けなくなってきたのね―
「分かってたことだけど、思ったより早かったわ」
残念な気持ちになりながら、そっとタブレットを机の引き出しへしまい
次の授業の支度をして部屋から野外へ歩き出した。
「皇女様。ごきげんよう」
今日は、乗馬の授業。本来、王族で女性の場合は必要ない。
でも、いざという時。この世界には車もバイクもない。
魔法以外の移動手段として、乗馬を習いたいと前からパパに話していた。
サクッサクッ
芝生の上を歩きながら、先生と馬小屋へ向かいっていると
振り返った先生は不安そうな声で口を開いた。
「皇女様。本当によろしいのですか? 」
「ええ」
「無理だと思ったら、すぐ仰ってくださいね」
「ヒヒーンッ」
徐々に馬の鳴き声と、乾いた草の香りが強くなってきた。
「この中から、皇女様が気に入った馬をお選びください」
馬小屋に到着した私が中に入ると、
軍事用の馬を除いた10頭の馬が両側の柵にそれぞれ立っていた。
どの馬も、毛並みや目が綺麗で大人しい印象を受ける。
―うーん。ピンとこない―
それにしても気になることが、1つある。
奥から、ガタガタッとバケツが転がる音が何度も聞こえてくる事だ。
「……」
「皇女様! そちらは――!」
コツッコツッ……
革靴が馬小屋の中で、小さく響く。
私は、騒がしい音の方へ歩き出していた。
一頭の馬が、バケツを蹴り飛ばし。
寝床に使われている草を、まき散らしながら暴れている。
「おやめなさい」
―どうしたのよ。この馬―
ブルルルルッ!! ガタッ!ガタガタッ!
さっきよりも大きく暴れ始めた馬に、私は首を傾げた。
「皇女様!そんな近くにいては危険です!! 」
私は先生を静止させるように、手を斜め後ろへ下げた。
先生の叫び声を背に、私は更に先へと歩みを止めずに進む。
ついに目の前まで移動して話しかけた。
「あなた。いい度胸してるわね」
馬は私を見下ろし、明らかに馬鹿にしたような目と
フンッと言わんばかりの表情で勢いよくそっぽを向いた。
カッチーンッ!
私の中で、久しぶりに導火線に火が付いたようなゴングが鳴った。
―へ、へぇ。そっちがその気なら……―
ダンッ!!
私は、片足を思いっきり地面に踏みしめた。
周りの馬が、一斉に耳をピクピクさせて静かになる。
両手で柵をガシッと掴むと、馬がビクッっと体が動いた。
「おい。今すぐお前を、調理してやろうか?
私、大好きなのよ馬刺し。お酒にも合うし」
馬の目をまっすぐ見つめ。真顔のまま首を傾げた私は低い声で囁いた。
「……ヒィン」
馬が、か細い悲鳴を上げたかと思えば、急にバケツを足で蹴るのを止め。
トコトコと静かに部屋の隅っこへと移動していく。
コトッ
乗馬の先生は驚きのあまり、手に持っていた乗馬用の帽子を地面に落とし立ち尽くしている。
「う、嘘だろ……5人掛かりでも大変だった馬を……。
皇女様が近づいたら、大人しくなるなんて」
「私、この馬にしますわ!」
私は、笑顔で振り返って伝えると乗馬の先生は駆け足で近づいてきた。
「な、なぜです!? 」
「一番、元気だから! 」
――少し時を巻き戻そう。
私は、この馬の声が途中から全て聞こえていた。
「おい、おい!へなちょこ馬野郎共!なんで大人しい振りしてんだ!
馬なのに猫かぶりかよ! 」
「外で走れる時間なのになんで俺を閉じ込めてるんだ!!クソが!! 」
「今日の餌もクソまずかった! もっとうまいもんよこせ! 」
「なんだ、このチビ。偉そうに!
気に食わねぇから威嚇して、さっさとこの時間終わらせてやる! 」
「やべえ……このチビ。只者じゃねぇぞ、こわっ」
―女神様。馬の声って聞こえるんですね―
飼育員兼、乗馬の先生が近くにいたから、会話は出来なかったのだ。
「こちらの馬がいいかと思ったのですが」
一番きれいな馬をお勧めしてきたが、私は首を横に振った。
「いいえ。この馬でお願いしますわ」
「外に出しますので、少々お待ち下さい」
何度も振り返って、チラチラと止めるなら今だよ?と言わんばかりに見てくる。
「やったぜー! 俺だけ外ー! はいーお前ら残念!! 」
しっぽをブンブン振りながら、リズムに乗るように登場してきた。
―この馬……煽るねぇ―
「先生。乗る前に一回近くに行きたいわ。」
「少し離れてなら……危険だと思ったら、すぐ離れてくださいね? 」
私はゆっくり馬に近づく。
「んだ?! チビ! お前まだいんのかよ!
子守りは別の馬にしてもらいな! 」
少し暴れ始める馬。 先生が手綱を握り直す。
「やはり止めましょう! この馬は危険です! 」
「こんにちは、お馬さん」
次の言葉から私は囁き声に変えた。
「私と友達になってくれるなら、
美味しい食べ物を沢山あげれるんだけど。どう? 」
馬の耳がピクピク反応している。
「本当か? 嬢ちゃん。嘘じぇねえだろうな? 」
ブルルルッ 低く鳴いているが、もちろん私にしか聞こえていない。
「先生に怪しまれたくないから、撫でながら話すわよ?」
「チビお前! 俺の声分かって……いいだろう」
私は小さな手で馬の顔をゆっくり撫で始める。
「なぜだ……奇跡が起きている」
その光景が信じられない先生は、それ以上何も言葉が出てこなかった。
「餌の件は本当よ、不味かったってあなたから聞いたし。
餌はずっと不味いの?」
「あぁ。軍事用の馬の食べ残ったやつとか混ぜられてよぉ。
クソ不味いぜ」
「そう。私はアイビー、この国の第一皇女よ。あなたは?」
「俺は番号で呼ばれていたから名前はねぇ。あるとしたら3番だ」
「次会う時、名前を私が決めて良いかな? 」
「勝手にしろ! それにまだお前を信じてないからな!
餌まともなのよこせよ! 」
それから先生と一緒に、大人しくなった3番の背中に乗り何周か走った。
途中、途中で馬の鳴き声が草原に響いた。
「おい! 嬢ちゃん! 聞こえてんだろ? 無視すんな! 」
「餌! 赤い甘い奴とか入れてくれ! 後、紫のあまいやつとか!
後な……」
餌のリクエストをひたすら語りかけてくる姿に、私は笑いを必死に堪えていた。
授業が終わると、私は厨房へと向かった。
―馬の餌は、軍事用と普通使い。どの位大差があるのかしら―
「こちらです」
ずらっと並んだカゴの中を一つ一つ覗き込んだ。
―どういう事? 全部、均等に入っているわ―
「ねぇ、この餌は間違いないの? 」
「はい。何かありましたか? 」
「私の専用馬が、普段使いから決まったの。
餌を運ぶ時は、普段使いからにして欲しいと運ぶ人に伝えて頂戴」
「後、リンゴとブドウをおやつに与えてほしいわ。1週間に数回で良いから」
「分かりました。そのように伝えておきます」
―これでとり合えず、様子を見ましょう―
その後、軍事用の係員が交代させられたという話が
私の耳に入るまで時間はかからなかった。
「食事が美味かった! 嬢ちゃん怖かったけど、話せて良かったぜ! 」
3番は翌日から太陽の下、元気に走り回っていた。




