EP27. 温かいスープ
ガチャッ
「ただいま~。あれ、良い匂いがする」
家のドアを開けたら、香ばしいパンの香りがした。
私は暫く立って居たが、いつも走ってくる少年が居ない。
そのままキッチンへ向かうと、少年はテーブルで眠っていた。
その横にはお皿に薄いパンと野菜炒めみたいな料理が置かれている。
―料理が出来るなんて、すごいわ―
私は、冷蔵庫に入れようと皿へ手を伸ばした。
ガシッ!
「あ、悪い。来てたのか」
クレールは、私の腕を掴んだ手をそっと静かに離した。
―びっくりした―
「ただいま。これ作ったの?」
「ああ」
目をこすりながら、椅子から降りたクレールは大きなあくびをして
鍋の前へ歩いて行った。
「今日の晩飯は俺が作ったんだ。食うか? 」
「うん! 」
「分かった。お前は座ってろ! 今日も仕事して来たんだろ」
―もしかして、私の為に……? そんな訳ないよね―
カチッ……ボワッ!
鍋を加熱する音が小さく響いた。
クレールは棚から皿やスプーンを取っていく。
「じゃあ。お言葉に甘えるよ」
椅子に深く腰掛け、小さな少年の背中を見つめていた。
「おい! ずっと見てんなよ! やりにくいだろ」
―え? 視線だけで分かったの? さすが元暗殺者だわ ―
私は大きく目を開いて驚いた。
「ごめん、ごめん。嬉しくてさ」
暫く待っていると、美味しそうな匂いが近づいてきた。
コトッ
テーブルには、スープの他にさっき作り置きされていた料理が
再度温められて湯気がたっている。
「スープに入ってる小骨は一応取ったつもりだけど、
ゆっくり飲めよ? 」
「これ全部作ったの? すごいね! 」
「フンッ! 俺だってこれくらい出来るんだぜ! 」
パンッ
「いただきます! 」
手を合わせた後、スプーンを手に取った。
ジッと私の姿を見ている少年に、
前世で、両親へ初めて料理を出した私が重なって見えた。
「どうだ? うまいか? 」
「うん!美味しい! これ何のお肉なの? 鶏肉? 」
「違う! ウサギだ!今日、捕まえてきた! 」
私が、薄いパンに手を伸ばすと小さい声でクレールが呟いた。
「パンは、焦がしちまった……」
「香ばしくて美味しいよ? 大丈夫」
―少し苦いけど、その気持ち全てが嬉しいんだ―
私は微笑み、料理を一口一口大切に噛みしめた。
「ごちそうさまでした」
「片付け、俺やるから座ってろ」
「ありがとう」
ザー
カシャカシャッ
食器の洗う音を聞きながら、
お茶を一口飲んだ私は心がポカポカと温かくなった。
―前世の両親も、私が最初に作った料理を食べた時
こんなに温かく、嬉しい気持ちになったのだろうか? ―
戻って来たクレールに、私は紙袋を渡した。
「一緒にクッキー食べよー! 」
「まだ食うのかよ」
フッと笑ったクレールは、皿を取り出してクッキーを盛り付けた。
暫く食べていると、クレールが椅子から降りて近くに寄って来た。
「サーシャ」
「何?」
「ありがとな。俺の世話してくれて」
裾を両手でギュッと握りしめながら、クレールは視線を落としている。
ガタッ
私はその瞬間、自然と体が動いた。
ギュッ――
少年を、強く抱きしめる。
「ッ――。離せ!! 」
「クレールは優しい子ね。これから、気にしないくらい楽しく過ごそう」
小さな体。細い肩。ジタバタしていた動きは、途中で静かになった。
―こんな子が。どんな思いで、ここまで生きてきたのか。―
想像するだけで、胸が締めつけられる。
―過去は全部知らない。でも、私がこの子を出来る限り守っていくわ―
抱きしめた私の手の力は、自然と強くなっていく。
「お前、今日は何か辛いことあったのか?」
心配そうな目で見上げたクレールに、私は首を横に振った。
「ううん。クレールの気持ちが嬉しかっただけだよ」
「ならいいけど。そろそろ離せ」
頬を膨らませ、ジト目になったクレールを見て、私はそっと離れた。
「はい! 感謝のハグでした! 」
ちゃかすようにいつもの笑顔で振るまった。
「お、俺もう寝るから! 早く帰ってお前も休めよ!」
私は、ベッドへ向かうクレールの背中を扉が閉まるまで見つめていた。
「クレールおやすみ」
小さく呟いた私の声は、扉を閉めた音に搔き消された。
パタンッ
「あいつ、何だよ……いきなり」
自室に戻ったクレールは動揺しながら、ドアに背をもたれ掛かり座り込む。
ドクドクと脈打つ胸に手をそっと当てる。
バフッ!
勢いよく布団を頭まで被る。自分の心臓の音が煩く響いた。
「んだよ。調子狂うじゃねぇか……でも、悪くねぇ」
クレールの奥深い心に、じんわりと柔らかい温かさが差し込む。
―この感情は、久しぶりだ―
少年は布団の中で、瞼をゆっくり閉じていった。
◆
「マスター。おかえりなさいませ」
「ただいま」
「何か良いことがありましたか?」
「うん!」
影武者と少し話した後、自然と鼻歌をしながら振り返ると
机に積みあがった書類が視界に入った。
「これは? 」
「ルーカスから、2回目のお茶会リストらしいです」
「多いわね」
パラパラッ――
―最後の107という数字は……ページってことだよねー
そっと、元の位置に戻して苦笑いを浮かべた。
「明日の午前中に追加で同じ量を渡すと言われました」
私はそれを聞いて、そっと目を閉じた。
―うん。ルーカス、その半分でもいいよ? ―
「教えてくれてありがとう。頑張るわ」
「はい。もう遅いので、早めにお休みください」
頭を軽く下げた影武者に感謝を告げ、アイテムBOXへ帰した。
ゴクッゴク
コトッ
「ふぅ」
水を流し込み、深く息を吐いた。
―今日もいい日だった。書類は明日見よう。―
私は、嬉しい余韻に浸りながらランプの灯を消した。




