EP26. 働く喜びと、あたたかいご褒美
「……ハッ! ハァハァ……またこの夢かよ」
髪をぐしゃっと掴みながら、眉間にしわを寄せた。
たまに酷い夢を見ては、目覚め悪い朝を迎える。
「もう……朝か」
重いまぶたをこすりながら、ゆっくり窓へ目を向ける。
外は、朝の陽ざしが木々の隙間へと静かに差し込んでいた。
俺は頭がボーっとしたままベッドから起きだす。
顔を洗い、他国の文字が刺繍で刻まれているフカフカのタオルで拭く。
鏡を見ながら、サーシャに言われた一言を思い出す。
『あなたの名前は、クレール』
「クレールか……これが最後の名前だといいな」
フッと口元が緩み、俺はキッチンへ向かった。
朝食を作り、テーブルに並べて手を合わせる。
「いただきます」
今日は温めたパンと牛乳、ベーコンと野菜を炒めた物。
『野菜も食べなきゃダメよ』
そう言われてから、何となく一人の時も野菜を口にするようになった。
部屋にフォークが皿に当たる音が小さく響く。
―サーシャが居ない家は、とても静かだ―
「それにしてもあいつ、ちゃんと眠れてんのか? 」
夜来る時は、笑ってるけど疲れていそうな顔をしてるし……。
俺が寝てから帰ってる。
皿を片付け、着替え終わると家を飛び出た。
ガチャ
ダッ――
それから俺は鍛錬時間を短くして、午後はウサギを追いかけていた。
パーンッ!
ズサー……。
「……ッ! 痛ってぇ」
透明な壁に弾かれ地面に転がる。
コンコンッ
「この透明な壁って結界なのか? 」
両手で確かめた後、蹴っても魔法を打っても全て弾かれてしまう。
首を傾げていると、さっき追いかけていたウサギは
その壁をすり抜けて、透明な壁の向こう側へ走って行った。
「いけねぇ! 取り逃がした」
空がオレンジに染まり始めた時、やっと捕まえたウサギと
近くで見つけた野草と木の実を家に持ち帰った。
ザ――
トントンッ
「野営した時に、良く作ってたな」
出来上がっていく鍋を見ながら小さく呟いた。
―たまには俺が料理したっていいだろ。その分あいつが休みをとれ……―
「いや。これは俺が久々に食べたいと思ったからで、
あいつの為とかじゃねぇ! 」
首を大きく振り、鍋をかき回す速度がどんどん上がっていく。
「ッチ! ……骨は一応取っておくか」
鍋からせっせと小骨を取り始め、森で採った木の実をすり潰して入れる。
「出来たぜ」
キノコと肉を塩で焼いたもの。骨と一緒に煮込んだスープ。
フライパンで焼いた簡易的な薄いパン。
鍋に蓋をしたクレールの顔は、満足気に微笑んでいた。
◇
今日の授業を全て終わらせていた私は、自分の部屋で準備をしていた。
「マスター。いってらっしゃいませ」
「いってきます! 」
シュッ
「よっし! 頑張るぞ! 」
―今日は、田島食堂で初勤務日! ―
カランカランッ
「あら! サーシャ」
「今日からよろしくお願いします!」
「ああ。今日から、よろしく頼むよ! 清掃と皿洗いを頼む」
「はい!」
与えられたエプロンを着て、奥さんから一通り説明を受けた。
厨房では、店主と奥さんが一緒に協力しながら手際よく仕込みをしていた。
トントン
ジューッ――
包丁の音とフライパンで焼いている音が店内に響き渡る。
―お腹空いて来ちゃったわ―
「さて、開店前に綺麗にしないとね!」
腕まくりをする私は、店内を見渡した。
片手を前に出し、目を閉じると温かい魔力が自分を包んでいく。
―室内だから集中しないと―
一呼吸した後、目を開くと、足元からドア前へ向かって汚れが
高圧洗浄をかけたように綺麗になっていく。
―よく見ると、椅子の高さも違うしテーブルが欠けているわね―
「修復」
私が小さく呟くと、店内のテーブルと椅子がカタカタッと揺れ始めた。
揺れが収まると、白い光に包まれて新品のようになった。
部屋を見渡すと、すべての家具が新品になってしまっていることに気づく。
「あ……。やりすぎたわ」
ゆっくり厨房の方へ視線を向けると、田島ご夫婦が騒ぎ出した。
「あなた! 鍋が!! 」
「見てみろ! フライパンが! 」
ガタガタッ……
厨房から店内へ、田島夫婦がやって来た。
「サーシャ! あなたの魔法なの?! 」
「そうみたいです……張り切りすぎちゃいました」
私が苦笑いすると、夫婦はお互いの顔を見つめてキョトンとしていた。
―どうしよう。何も言わないから気まずい……。―
「フッ、フハハハ!! こりゃすごい! 助かったよ。ありがとうな」
店主は大声を上げて豪快に笑った。それをみた奥さんも笑顔に変わる。
「まさか、これほど魔法が上手だったとはね。ありがとう」
「い、いえ! 喜んでもらえたなら良かったです」
ポッポーポッポーッ♪
鳩時計が開店の時間を知らせた。
「あなた! そろそろ開店よ!
サーシャさん。外の小さい看板をひっくり返してきてくれる?」
「はい! 」
私は、外にかかっていた看板をOPEN! に変えた。
「いらっしゃいませー! 」
開店してから、お客さんがどんどん入ってきて忙しくなる店内。
私は皿洗いの他に、飲み物を作る役割も与えられ注文をこなしていた。
―忙しいけど、働くのって楽しい! ―
時間があっという間に過ぎ、飲み物を作っていた私へ店主がやって来た。
「一段落ついたから、少し休みな! 賄い何がいい? 」
「ポテトサラダと親子丼と焼肉定食のご飯を――」
「大盛ね? あいよ!」
もう私が大盛キャラだというのが、この夫婦には定着している。
―少し恥ずかしいな。でも待ってました! 賄いタイム! ―
「はい! お願いします! 」
カウンターに座り、ワクワクしながら待っていると、
美味しそうな匂いが近づいてきた。
コトッ
「はい! ご飯はおかわり自由だから沢山お食べ」
「ありがとうございます! 」
目の前に置かれた初の賄い。料理がより一層、輝いて見えた。
親子丼にスプーンを入れ、口に運ぶ。
「ん~! 美味しい」
思わず、そっと目を閉じ静かに頷いた。
半熟玉子と鶏肉の旨味、そしてお店のお米は甘くねっとりしていて
美味しい。焼肉の味付けも最高だった。
―米、米が進むわ~! 幸せ―
私は目を細め、あっという間に食べてしまった。
「ふぅ~ 美味しかった! ごちそうさまでした! 」
私は食べ終わった食器を片付け、仕事に戻った。
店内では、追加注文が増えていた。
「俺も、あの店員が食べたやつを追加で! 」
「私も! 親子丼追加で! 」
「あいよ! 」
「サーシャが美味しそうに食べてくれるから、沢山注文が入ったよ」
嬉しそうに話しかけてくれた店主。
「えへへ。良かったです」
ジュゥ――
―今日は唐揚げが大人気ね! ―
店主がフライヤーに沢山の鶏肉を入れて揚げている。
皿を洗っていると。暫くして、店主が近づいてきた。
「お疲れ!上がっていいよ!」
「はい。これ今日の分。」
小ぶりの紙袋を私の前に差し出す店主に私は首を傾げた。
―あれ、給与は要らないって言ったのにな―
「開けてもいいですか? 」
「あぁ」
入っていたのはお金ではなく、さまざまな色をしたクッキーだった。
「妻が作ったんだ。良かったら食べてくれ」
「はい! 嬉しいです! 」
「お疲れさん! またな! 」
奥さんへお礼を言おうと店内を探すと、注文を取っている最中だった。
―ありがとうございます―
私は心の中でお礼を告げ、店の外へ出た。
心地よい夜の風が、動いて温まった体を冷ましていく。
サクッ!
「これは、抹茶味ね! 優しい味で美味しい~」
―城のクッキーは、高級店みたいな濃厚な味だけど
家庭で作ったような、素朴な味も大好き―
「今度このクッキーのレシピ聞こうかな! 」
私は転移場所までクッキーの音を響かせながら歩いて行った。




