EP23. 震える小さな手
サァーー
転移した私は、すぐ家に入らず『あまゆいの木』へ水やりをしていた。
「女神に聞いたら、この木から取れる実だったとはね……」
転移する数時間前、女神へ聞いたらすぐ返答が来ていたのだ。
「それにしても、すくすく育ってくれて嬉しいな」
そっと木の幹に触れ、見上げると風に吹かれた葉が黄金に輝きだした。
「え……? 」
―♪
【膨大な魔力を感知しました注意して下さい】
ジッジジッ――
通知音の後、ノイズが入り混じった。
ブワッ――!
強い風が吹き荒れた後、一人の人物が現る。
紫色に一部だけ銀色の長い髪を風になびかせた男だった。
「あんた、何者なの? 」
低い声で言われたその人物に、ギロリと黄金の瞳に睨まれた私は
体が固定されたように動けなくなった。
一歩ずつ近づきながら、男は言葉を続けた。
「この木は絶滅したはずよ、なぜここで育っているの」
―あれ……? この声って―
「妖精王……? 」
男は足を止めると驚いた表情でジッと私を見つめた。
「あら、この匂いは……あの時の人間? 」
パッ!
……ドサッ
急に体の力が抜けた私は、地面へ転んだ。
「痛たた……」
「やっだ~っ、もう! 早く言いなさいよね! 」
「姿が全然違うから、分からなくて」
苦笑いする私に、妖精王が近づいてきた。
「この姿は、夜限定よ! あなたこそ、何故その姿なのよ」
私の髪を片手で掴むと、妖精王は顔を下に向けて呟いた。
「ゆ……。許せない」
「え?」
「何このゴワゴワの髪! そしてお肌!!ボロボロじゃないのぉ~! 」
両手で頬を挟まれ、ギュムギュム押したり引いたりし始めた。
「あれほど、お手入れは大事って言ったじゃない!
ちゃんと眠れているの? ご飯食べてるの? ねぇ! 」
頬を膨らませ、怒っている妖精王に私は苦笑いをした。
「ご、ごめんなしゃい」
―頬を挟まれ上手く言葉が出ないわ―
そう思ったその時、突然、妖精王は胸に手を当て苦しみだした。
「くっ……」
「だ、大丈夫ですか?! 」
「問題ないわ……。前に言ったでしょ、全盛期の力は今無いって」
以前、私の闇煙を一部取ってくれた時を思い出した。
「……少し時間が経てば平気になるから」
荒い呼吸の妖精王はその場に座り込んだ。
―どうしよう。家に連れて行く? でも少年に何て説明したら……―
「王様~」
「見つけた! 」
紫色の服に銀色の羽をしている妖精が飛んで来た。
―あの夜、種をくれた妖精に似ているわ―
「大丈夫? 」
「これ早く飲んで! 」
「蕾ちゃん達、私は大丈夫よ」
妖精が持ってきた、花びらを飲み込んだ妖精王は落ち着きを取り戻し
私に話し始めた。
「本題に入るわ。この木はあなたが育てたの?」
「はい。私が育てました」
私は夜の妖精から種を貰ったこと。魔法で水やりをした経緯を話した。
「事情は分かったわ。育てたのがあなたで良かった」
妖精王は立ち上がると夜の妖精を帰し、再び私に体を向けた。
「この実、私に1つ譲ってくれないかしら? 」
「はい! 1つと言わず、いくつか持って行って下さい」
「ありがとう。助かるわ」
目を細めた妖精王は、首を傾げた。
「……あなたは、事情を聞かないのね」
「言いたくないこともあるでしょうから」
私は微笑んだ後、風魔法で実を採ると妖精王に差し出した。
「あなたみたいな人間が多ければ良かったのに」
「え? 」
「何でもないわ。今度、私が使ってる美容液を渡すわ! またね! 」
シュッ!
妖精王は目の前から消えてしまった。
「皆、それぞれ何かしら抱えてるものよ」
―でも、具合が悪そうだった。あの実を食べて元気になって欲しいわ―
いつの間にか木の葉は輝きが止まり、いつも通りに戻っていた。
ガチャッ
「ただいま~」
「おかえり」
私は家に入ると、少年の表情や声がいつもと違うように感じた。
前世の親も、私が何かあるとすぐ察して聞いてきたと思い出し
少し懐かしくなった。
―今日は、何だか元気がない気がする―
「坊や、何かあった?」
「な、何もない! 剣の練習で疲れてただけだ!」
少年は私に背を向け大声で叫んだ。
「てか、その坊や呼びもうやめろよ」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
少年の目線に合わせて姿勢を低くして聞くと
「お前がつけろ」
グッグゥウウウ~~
少年のお腹の音が、私の料理を待っている気がした。
「分かった。とりあえずご飯作っちゃうね」
私は微笑むとキッチンへ向かい、少年は別の部屋に向かった。
ザクッ!
トントントン……
野菜を刻む音がキッチンに響いていく。
私は、少年の名前をずっと考えながら料理を始めた。
―少年の本当の名前を知ってるけど、違う方がいいよね―
頭の中で、様々な単語が駆け巡る。
―光のように透き通った感じで、綺麗な名前が良いな―
名前を閃いた私は、少年が居る部屋へ駆け足で向かった。
「あなたの名前は クレール ! どうかな? 」
「まあ、いいんじゃねぇの?」
私から顔をそらした少年の横顔は、まんざらでもなさそうだ。
「ふふっ。クレール! 」
「んだよっ」
ムスッとして顔をこちらに向ける少年。
「呼んでみただけ~」
「はぁ? なんだよ、それ! 」
後ろから少年の叫び声を聞きながら、再びキッチンへ戻った。
―これから呼び合えるようになるのは嬉しい! ―
~♪
鼻歌を歌いながら料理を作ったのは、ハンバーグ。サラダ。
ポテトフライ。ご飯。野菜のスープ。
「ご飯できたよー!」
私の声を聞いた少年は、自らカトラリーを並べてくれるようになった。
「手伝ってくれてありがとね、クレール」
私はハンバーグを盛り付ける。
「あ、あぁ……」
少しモジモジした少年は椅子に座った。
「いただきます! 」
「これ!うまいぞ! 肉が柔らかい」
「クレール。サラダもちゃんと食べてね? 」
「草……サラダ嫌いなんだよ。草は子供の頃、散々色々食べてきたから」
頬を膨らませながらも、フォークでサラダを刺しモグモグ食べ始めた。
―この間出した胡麻和えは何も言わずに食べてたけど……
今度から野菜は工夫して食べさそう―
ここ何日か見ない間に、少年の顔が少し引き締まったように見えた。
きっと、毎日欠かさずに鍛錬をしているのだろう。
「ごちそうさまでした」
私は先に食べ終わると、明日の朝食を作っていた。
ゆで卵と一緒に、細かく刻んだ野菜を入れて混ぜていく。
「よし! 終わり!」
作り終わったサンドウィッチを冷蔵庫にしまい、椅子に腰を掛けた。
「明日、もしかしたら来れないかも――」
クレールの部屋へ顔を出すと、少年は床で寝ていた。
「あらあら、ベッドで寝ましょうね」
私はクレールを両手でそっと抱えてベッドに移動させた。
布団をかけると、手がかすかに震えているのが目に入る。
私はそっとその手を包むと、少年の体がビクッと跳ね
強く手を握り返してきた。
「大丈夫だよ」
小さく呟くと、クレールはスヤスヤとした寝息に戻る。
―のびのび育ってね―
私はクレールの頭を撫でると、家を静かに出た。




