EP21. 酒場でパパと再会
グッ、グゥゥウ~~……
静かな森に、私のお腹の音が響いた。
微笑んでいる女神と目が合い、私は苦笑いをする。
―緊張が解けたら、お腹が空いちゃった―
「森の近くに食堂が数軒ありますから、一緒に――」
女神が言いかけたその時、片耳を抑えて表情が暗くなり始めた。
「無事、終わりました! ……はい。戻ります」
何処かと通信で会話しているように見えた。
時々、私の方を見ながら先程の報告をしている。
「一緒にご飯、行けなくなりましたぁ……」
力なく肩を落とした女神へ私は微笑んだ。
―追加の仕事でも頼まれたのかな? 忙しそう―
「残念ですが、また今度一緒にご飯行きましょ」
「はい! では、また!」
スッと目の前から女神が消えると、私は食堂を探して向かうことになった。
タブレットで検索すると、森から近い食堂は全て【閉業】と表示されていた。
ザッザッ――
砂利道を歩いていると、大きな建物らしきものが見えてきた。
―何よこれ……―
街の入口には兵士はおらず、木の看板はあったが
塗料で簡易的に街の名前が書かれたものが吊るされている。
歩を進めて行くと、複数建物が崩壊しているのが目に入った。
道端にはレンガや瓦礫が集められている。
街の人の声もしない、静かな場所を胸が締め付けられる気持ちで通って行った。
「……ここまで酷かったなんて」
新聞を見た時、勝手に普通の街を想像していた自分を恥じた。
―私はなんて愚かだったの。机の上だけで呑気に考えてたなんて―
夜の街灯が辛うじて辺りを照らす場所に変わると、
少しずつ飲食店から笑い声が聞こえてきた。
「着いたわ」
私は、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
カランカランッ
田島食堂とは違う、高音の鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませー!お好きな席へどうぞ!」
ガヤガヤとしている店内を見渡す。
周りの飲食店が殆ど営業していないからなのか、
家族連れのお客も多かった。
私は入口付近の隅の席へ座ると、
店の奥から店員がメニューを持ってきてくれた。
「ごめんなさいね。メニューの半分は品切れでね。
ここから下は注文できるよ」
店員が指を置いた先を見ると、魚料理が多かった。
―魚介類は城であまり出ないから嬉しい! ―
「魚介トマトソース煮込みと、バケット、グラタン、赤ワイン……」
いつもと同じように沢山注文していくと、
店員は不安そうな表情で私を見つめ首を傾げた。
「量が結構ありますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 」
「途中でお腹いっぱいになったら言ってくださいね!
残りの注文を止めることも出来ますので」
そう言うと、伝票を持った店員は厨房へ戻って行った。
待っている間、私はタブレットを確認しようと画面に触れた瞬間。
ふと、聞きなれた声がして辺りを見回した。
「皆、無事でよかったな! 乾杯! 」
―気のせいか―
「きっと、疲れているんだわ」
私は小さく首を振り、乾いた喉を潤わすように水を一気に飲み干す。
暫くすると、店員が料理を運んで来た。
「お待たせしましたー!」
「うわぁ~! 美味しそう! いい香りね~」
新鮮な魚介類の味と食感、そしてトマトスープの温かさ。
バケットに沁み込ませ一口、また一口と食べ進めて行く。
夜風で冷えた体が、少しずつ温まっていった。
「ん~~! ワインと合うし最高! 」
目を閉じて旨味を噛みしめていた時、斜め前の席から大きい声が聞こえてきた。
「飲み過ぎですよ! 」
「なーに、祝い酒だからいいのだ! 乾杯ーー! 」
カーンッとガラスの音が小さく響いた。
―酔うと何度でも乾杯する人、前世でも居たな~―
「へっ、いや、ロッドさん!あと一杯飲んだら帰りましょう?」
「えーやだやだー!」
私は前世での飲み会を思い出して、そのやり取りを聞いていた。
―あぁ、連れの人可哀そうに……―
「分かったよ。一杯な? すみませーーん! 注文いいですか? 」
大柄の男性が後ろを向いた瞬間、持っていたフォークを落としそうになった。
「……! 」
―パパ! なんで?! ―
私は目を大きく見開き、咄嗟に言葉が出そうになるのを必死に飲み込んだ。
髪や瞳の色は変わっていたが、顔はそのまま……。
城の皆が心配しているのに、酒を飲んで笑っている事に心がモヤモヤした。
「ハァ……複雑ね」
私は視線を皿に落とし、苦笑いをした。
―でも、思ったより元気そうで良かった―
再び食べ始めていると、近くの席に居る親子の会話が耳に入って来た。
「ママ、このデザート食べたい! 」
「ごめんね。また今度ね」
「えー。美味しそうなのに」
そういうと、女性は苦笑いをしながら子供の頭を優しく撫でた。
―この街の状況だと、好きな物が食べられない人も居るよね。ー
そっと目を閉じ、森からここに来るまでの街の状況を思い出す。
「これから来るデザート、あの子にあげ――」
小さく言いかけたその時、パパが勢いよく立ち上がった。
ガタッ
「皆の者ー!ここにいる全員の料金は俺が払うぞー!
お腹いっぱい好きな物を頼んでくれ! 」
店内に居た客は、手を止めて一斉にパパを見つめた。
一瞬静かになった空間にパパは首を傾げたが、明るい声で言葉を続けた。
「魔物はいなくなった!これから皆でまた楽しく生きてこうじゃないかー!」
「うぉぉぉぉおお!! 」
店内から歓声が上がり、店員も驚いた表情をしていたが
拳を天井へと高く上げた。
「ありがとー!」
「すげー!!」
「あの人誰なんだ?」
ざわざわしていく店内。
―偶然? それとも、パパもこの親子が話していたのを聞いてた? ―
私が小さく首をかしげてさっきの子供を見ると、
パパを見ていた顔を女性に向き直した。
「ママ! デザート頼んでもいい? 」
「……そうね、いいわよ。でも今日だけよ? あの人に感謝しないとね」
「うん! 」
子供は笑顔で注文をした後、パパの方を見つめ呟いた。
「おじちゃん、ありがとう 」
その後、どのテーブルにも沢山の料理と飲み物が並べられた。
「乾杯ーーー!!」
「うぉぉぉぉ!!乾杯ーー!」
盛り上がる店内と、料理を運ぶ店員が忙しなく動き回っていた。
「美味しいね」
「お腹いっぱいになるなんて久し振りだ」
「うまい! 夢じゃないよな? 」
色んなテーブルから聞こえてくる声が耳に入ってくる。
―パパ、気づいていたのね―
客のテーブルには、殆ど料理は1品しか頼んでいなかったこと、
子供の分だけ料理を注文し、大人が残った料理を食べていたこと。
―皆……苦しいのに、ここでは笑って過ごしてるんだ―
私はワインを一気に飲み干し、深く息を吸った。
「さ、私も出来る事をしなくちゃね」
お会計の時、店員に3枚の金貨をそっと出した。
「え、多すぎます! 」
「私のお願いを聞いてほしいの――」
その金貨が尽きるまで子供は無料、大人は半額にしてもらう事になった。
街が復興する間、皆が少しでも多く食べれるようにと――。
―偽善者と言われてもかまわないわ。これが今の私に出来る事だから―
「ごちそうさまでした! また来ます! 」
笑顔で軽く頭を下げ、店の扉を出た。
夜風に吹かれながら、転移場所まで歩き出す。
「ご飯をお腹いっぱい食べれるって、幸せなことなのよね」
お腹をさすりながら、暫く歩いていると後ろから声を掛けられた。
「待ってくれ! そこのお姉さん!」
「……」
―気配がなかった。誰なの―
私は足を止めてゆっくり振り向くと、パパと連れの男(おそらく兵士)が立って居た。
「追いついてよかった。忘れ物だよ!」
ノートと小袋を差し出された。
―びっくりした……バレたかと思った―
「ありがとうございます。」
私は二人へ頭を下げ、小銭袋と今後の事を書いたノートを
少し震えながら両手で受け取る。
「何やら異国の言語が書いてあったが、あんた別の国から来たのか?」
「旅をしていて、最近この町に来たんです」
変身しているからバレ無いと思っているはずなのに、
まっすぐ見て話されると悪いことしている感覚になっていた。
―いや、城を抜け出してるから悪いことか……―
「最近、ここら辺は魔物討伐が終わったのだ。
安心して滞在するといい。」
ザッ
パパが数歩前に出て、首を傾げた。
「んー? いや、俺の勘違いか?
そなた、どこかで俺と会ったことはないか?」
―あります……娘です! って言えないけどね―
「い、いえっ!似た顔の人なんて、きっと沢山いますわ! 」
動揺が隠し切れずに、声が上ずってしまった。
苦笑いをした私を見て、別の男がパパの肩に手を置いた。
「お待ちください。言い寄られたと思って、怖がってるじゃないですか! 」
―ナイス!勘違いフォローありがとう!―
「ああ、そんなつもりじゃ……気分を悪くしたなら済まない。
俺の勘違いだったようだ」
パパは焦った声で両手を左右に振っている。
「いえいえ! 皆さんもお気をつけてお帰り下さい」
「あぁ。またどこかで! 」
「だから、そういう所ですってば! 連れがすみませんでした」
互いに頭を下げ、それぞれ別の道へ歩き出した。
「ハァ……まだ心臓がうるさいわ」
―でも、いい部下の人が側に居るなら安心したわ―
私は焦ったパパの姿を思い出し、フッと笑みを浮かべた。
「早く帰って来てね。パパ……」
小さく呟くと、転移場所まで歩く速度を上げていった。




