オムライスと撮影、あと変な本
「ねえぇぇ帆風ぇぇ! 一緒におってやぁぁ!」
「大学終わったら帰ってくるから! いいから離せぇぇ!」
次の日の朝。私はすっかり元気を取り戻して腕に絡んでくる小天さんと言い合いをしていた。
というのも、朝食の最中に小天さんが『今日は学校を休んでこのまま一緒に過ごそう』と言ってきたのが原因だ。
今日は金曜。つまりは平日であり、大学で授業がある日。
当然私もその学生の一人として授業を受ける権利を持っている。その権利をむざむざ捨てるような真似はしたくないのだ。
しかし、彼女にとってはそんなこと知ったこっちゃないらしい。
「大学の授業って何回か休んでも問題ないんじゃろ!? 少しぐらいいいじゃんかぁ!」
「私は基本的にサボるつもりないから! 真面目に授業受けに行ってんだよぉ!」
「くっ、このクソ真面目! 料理上手! えーっと……美人! すっごい美人!!」
「なんで褒めてんの!?」
普通こういうのって貶したりするものじゃないの? ていうか声が大きくて恥ずかしいからやめてほしい。他に誰もいないけども。
そんな感じで文句(?)を言い続ける小天さんをどうにか押し込めて、店外へと脱出。
一度自宅に帰って授業に必要なものを鞄に詰めてから、大学へと急いだ。
◆◆◆
「ほかちゃん。お疲れ様です」
大学の授業が終わってからカフェに向かう前に家の日用品が少なくなっていることを思い出した。
というわけで近所のスーパーで買い出しをして帰っていると、マンションの近くの道端でビニール袋を持っているハルと居合わせた。
「あ、お疲れ。そっちも買い物帰り?」
「え? あーええっと……そんな感じです、はい」
? なんか言い方が曖昧なような……まあいいか。
「この後小天さんの店行くけど、よかったら一緒に行く? 一旦荷物置いてからになるけど……」
「えっ!? 行きます行きます! 待っててください!」
私が提案した途端、ハルは全力で首を縦に振ってから自分の住むマンションの方へと駆け出していった。超速い。
「ぃらっしゃぁせーぃ……あ、帆風おかえりー。おっ? 黄晴も来てくれたんじゃね!」
ハルを連れて紅常盤のカフェへ入店すると、小天さんが奥のキッチンから出迎えてくれた。
初めて来た時もそうだったけど、そのやる気のない挨拶はやめた方がいいと思う。今度注意しとこう。
「はいただいま。ハル、テーブル席でいい?」
「あ、はい。ところで、おかえり……というのは?」
「ああ、ちょっと昨日色々あってここに泊まったんだよね」
席に案内しながら簡潔に説明すると、突然ハルの動きが止まった。
どうしたんだろう。座らないのかな。
「お泊まり……ですか。それは、ご家族とご一緒に……?」
「いや、小天さんと二人だったけど」
「隣合って寝た関係になりました」
「誤解を生む言い方しないで小天さん」
なんでちょっと意味深な言い回ししてんの?
そんなミニコントを見せられたハルは苦しみながら「脳破壊……」とかなんとか言いながら頭を抱え始めた。なんなんだこいつら。
「はぁ……とりあえずハルは座って、小天さんはお冷持ってきて。はいメニュー」
「うぐぉぁ……ありがとうございます。ほかちゃん、店員さんみたいですね……」
「みたいっていうか、店員なんだよね一応」
「こないだ調理担当として雇ったんよ」
「まだちゃんと勤務したことないけどね。お客さんもいないし」
「……」
軽い説明の後、ハルはテーブルに突っ伏した。この子は一体どうしてしまったんだ。
さておき、メニュー表を持ってきてハルに注文を促すと、消え入りそうな声で「大盛りオムライス……」と呟いた。落ち込んでる割に結構がっつり食うのね。
「了解。……本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ほかちゃんの料理、すごく楽しみ……へへへ……」
「……無理はしないでよ? ま、ご期待に沿えるよう頑張って作りましょうかねー」
「おっと帆風、ちょい待ち!」
キッチンに向かおうと踵を返したところで、小天さんに腕を取られて別の方向へと連れ去られた。
ええっと、こっちには二階への階段しかないけど……?
それから約30分後。
注文のオムライスをテーブルに置くと、ハルはさっきまでの暗い顔が嘘のように瞳を輝かせた。
そう、瞳を輝かせて……私の方を見ている。
「ほ、ほかちゃん……」
「うんうん、見込んだ通りじゃね」
「「似合ってます!」」
小天さんとハルが声をハモらせ、料理ではなく私への感想を口にした。
「そりゃどうも。……いや、これ着る必要あった?」
「「ある!!」」
自分が着ている服を摘みながら疑問を口にすると、また二人の声が力強く重なった。
私が今着用しているのはさっきまでの私服ではなく、執事服。いわゆる燕尾服というやつである。
さっき小天さんに二階へ連れられた時に「これ、制服ね!」と笑顔で渡されたのだ。最初は戸惑ったけど、すぐに昨日着ると約束していたことを思い出した。
正直恥ずかしいが、約束を反故にするような真似はしたくない。というわけで、半ばやけくそで袖を通した。してその恰好のまま(エプロン着用の上で)調理を行い、今に至るというわけだ。
ちなみに小天さんの服装も昨日のメイド服に変わっている。調理中にでも着替えたんだろうか。
「接客する小天さんはともかく、私は着ても意味ない……てか、そもそも需要もないでしょ」
「二人とも需要はありますよ何言ってんですか!!!!」
「ご、ごめんなさい?」
ハルが突然大きい声を響かせたので思わず謝ってしまった。この子がここまで大きい声出すの初めて聞いたかもしれない。
「しゃ、写真は? 写真は撮ってもいいんですか!?」
「ええよ。撮影一回につき1000円、チェキなら一枚3000円ね」
「よくないだろ。アイドルの撮影とかじゃないんだから……ちょ、ハル! 連写やめて!」
「後でATM行ってきてもいいですか?」(パシャシャシャシャシャ)
「許可します。よっしゃ太客ゲットォ!!」
ええい、スマホのシャッター音を出すな! 喜び勇むな! つーか本人の意思を無視するな! あと冷めるからオムライス食え! ……小天さんも撮影に参加し始めるな!!
……その後、怒りと羞恥心が混ぜこぜになった私が怒声を飛ばすまで撮影会は続いた。
◆◆◆
「「大変申し訳ございませんでした」」
木製のフローリングに揃って正座する二人を椅子に座ったまま見下ろし……いや、見下しながら肘掛けに体重を寄せる。
今私の手元には二台のスマホがある。当然ながら没収した小天さんとハルのものだ。
「紅常盤さん。着るとは言いましたが、撮影も写真販売も許可した覚えはありません」
「おっしゃるとおりです」
「傘百合さん。お金の使い方はもう少し考えなさい」
「わかりました。へへ……」
「なんで嬉しそうにしてんの……はい、スマホ返すから」
軽く説教をしてから、それぞれのスマホを返却する。
ハルが笑みを浮かべているのは奇妙だが、気にしないことにしよう。
「あ、ありがとうございます!」
「写真、消さんでいいん?」
「恥ずかしいけど、よく撮れてるからいいよ。……でも、悪用しないでね?」
頭を押さえながらそう言うと、二人は揃ってガッツポーズを決めた。仲良いなあんたら。
……我ながら甘い対応だろうか。まあ、二人のことは信用している。きっと変なことには使わないだろう。
「……っと、こんなことしとる場合じゃなかった。黄晴、ちょっといい?」
「え? あ、はい」
喜ぶ二人を半分呆れながら見つめていたところで、小天さんが立ち上がった。
そしてそのままハルを連れて出入口に……っておいおい。
「あの、小天さん勤務中……」
「すぐ戻るけえ安心して。あ、それとテーブル拭いて皿洗っといてくれん? その後は本読んどってもええし、厨房のテレビ点けて見とってもええよー」
小天さんは私の注意をさらりと流して仕事の指示を残すと、ハルと一緒に外に出ていってしまった。サボるつもりじゃないだろうな、あの魔術師……。
とはいえ、こちらは一店員という身分だ。雇用主に与えられた仕事は黙ってやるべきだろう。
というわけで、ハルが完食してくれた皿を洗ってから乾燥機に突っ込み、テーブルも拭き終えた。
うん、一瞬だったな。なんならハルが座っていた席以外のテーブルも拭いてしまった。
(本でも読むか……)
小天さんに言われた通り、店内に並んだ本棚に目を向けてみる。
考えてみると、ここに来てから一度も読んだことがなかったな。どんな本が置いてあるんだろう……。
『サイボーグ金太郎と銀河クロコダイル ~決めろ!友情のツープラトンスープレックス~』
手に取った本のタイトルを見て、そっと元の位置に戻した。
……なんだ今の面白くなさそうなSF映画タイトルみたいな小説は。
そういえば、初日に小天さんからおすすめされた本も変なやつだったな。もしかして特徴的な本しか置いてないのか?
完全に読書の気分を失った私はキッチンに戻り、テレビのリモコンを押した。
それから何度かチャンネルを変えて、番組表を表示してみる。……広島、チャンネル少ないな。
それから椅子に腰かけて夕方のニュース番組なんかを見ていると、入口の鈴音が聞こえてきた。
そちらに目を向けたところ、小天さんが立っている。どうやら話は終わったらしい……あれ、ハルがいない。
「おかえりなさい。ハルは?」
「ただいま。なんか用事があるの忘れとったって言って帰ったよ」
「そっか。なんの話してたの?」
「内緒ー」
小天さんは柔らかく微笑むと、本棚から一冊手に取ってキッチンへと向かっていった。
内緒……また内緒、ね。
勿論全部を曝け出せなんて言わないけれど、あまり隠し事が多いのも考えものですよ? まあ、不思議と不安はないけどさ。
昨日泊まった時といい、最近出会ったばかりの人間……それも魔術師という得体の知れない相手に対して、楽観的に構えすぎだろうか。でも、小天さんの人となりを知っていると、疑ったりするのも馬鹿らしいというか……。
疑念を軽く打ち切りつつ、彼女を追いかけてキッチンへと戻る。すると、既に椅子に座って本を開こうとしている小天さんの姿があった。
「小天さん、何読むんですか?」
「『サイボーグ金太郎と銀河クロコダイル ~決めろ!友情のツープラトンスープレックス~』。最近気になって買ったんよねー」
え、それマジで読むの? ていうかここの本、もしかして全部小天さんの私物?
そうして閑古鳥な店のキッチンで雑談をしながら過ごしているうちに18時となり、カフェの営業は終了。小天さんがまた泊まっていけと言い出す前に着替えを済ませ、さっさと帰ることにした。
この時、私は気が付いていなかった。
ハルと話を終えて帰ってきてから、小天さんの右手首が少し赤くなっていることに。
本編にあまり関係ない設定ですが、帆風と黄晴は法学部。それぞれ広島大学と広島修道大学に通っています。
そして修道大学の近くにはパの付くお店があったりなかったり。……黄晴はどうしてビニール袋を持っていたんでしょうね。




