吐き気と潮風、あと光の謎
「ほいじゃ、今日もやってこーか」
「よろしくお願いしまーす」
次の日の土曜の午前。
気の抜けた挨拶と共に、小天さんと私は魔力素材集めをしに歩き始めた。
本日お邪魔しているのは広島市西区の最南端に位置する海浜公園。観音マリーナ海浜公園というところだそうな。
例によって小天さんに訊ねると、例の如く『広島マリーナホップをご存知でない?』と驚いた顔をされたのでそれ以上の説明はほぼ聞き流すことにした。
なんでも、元は中四国最大級のアウトレット施設兼遊園地だったとか、二年ほど前に閉館して今は別の施設の建設中だとかなんとか言っていた。
……この間のクレポー? といい、広島ってなんかそういう短期間の栄枯盛衰的な施設が多かったりするのか?
「広島の人って飽き……熱しやすく冷めやすい県民性だったりする?」
「今めっちゃ言葉選んだね。まあ飽き性じゃったらカープ応援し続けたりせんじゃろー」
「あー、それはたしかにそうかも」
テレビで『カープ速報』とかそのための特集とかあるもんね。
そういう地元球団への愛が深いところを考えると、飽き性ってことはないのか。だとすると、施設が潰れたりするのは単に運が悪かったり、立地とかの問題なのかな?
「まあたしかに新しい店ができたら初動だけめっちゃ盛り上がって1、2か月経ったら客足ほぼ途絶えるとか多いのは事実じゃけどね。実際呉ポーも福山のビッグ・ホイールもそんな感じで長続きせんかったみたいじゃし」
「飽き性じゃねえか」
「熱しやすくて冷めやすいと言ってくださーい」
とまあ、広島県民の性分に関わる疑問はさておき、話しているうちに収集は完了。海岸に流れ着いていた木片や落ちていた葉っぱなんかをなるべく多く集めてきた……と思ったのだが、
「んー……ちょっと少ないかもしれんね」
素材を並べたところで、小天さんが悩まし気にそう呟いた。
「じゃあ、もっと集める?」
「いや、足りんのは数じゃのおて中に詰まっとる魔力。それに……これ以上集めようと思うても、あんまし見つからんじゃろうし」
小天さんの言うことに『そうだろうな』と胸中で頷く。
この辺りは今までの場所と違い、周辺に利用者も多いせいかそれなりに手入れされている。そもそも周囲に人工物が多くて、自然物は少ない。こういった条件では落ちている素材を拾い集めるのも一苦労だった。
「……どうして今回ここを選んだの? 人が多い場所が近いとNGみたいな話じゃなかったっけ?」
「そうなんじゃけど……ちいと事情が変わってね。頑張ることにした!」
事情が変わった? 頑張る? ……どういうことだろう。
私が続けて訊ねようすると、小天さんが魔女帽の中からビニール袋を取り出した。
「それは?」
「食べもんとか飲みもん。いつもは店の方で腹ん中入れてから来とったけど、やる直前に食べとけば魔術に使う魔力がもっと増えると思うてね。いやぁ我ながら天才的閃き!」
得意げな顔でそう言うと、小天さんはビニール袋から菓子パンやエナジー飲料を取り出して食べ始めた。
たしかに、いつも貧血と空腹で倒れていることを考えれば良い案だと思う。けど……
(なんで今回に限って、そこまでするんだろう)
さっき言っていた『事情』とやらが関わっているのだろうが……どうにも分からない。
それに、他にも奇妙な点がある。
今回、ハルがいない……いや、彼女が来ないようにしてくれと小天さんに言われたのだ。
一応言われた通り、ハルに今日のことは連絡していない。
だけど、妙だ。あんなに仲が良さそうだったのに、こんな遠ざけるような真似をするなんて。
昨日、二人で話した時にハルが何かしたのか? でも、あの子は空回りはするとしても人に無礼を働くとは思えない。でも、昨日何かがあったのは明白だろう。
小天さんにその辺りを訊ねてもはぐらかされてしまい、理由は分からなかった。
ただ、二人の問題だとすれば私が介入するのは少し違う気がする。だからあまり追及はしなかったけど……うーん……。
「大丈夫」
モヤモヤを抱えて腕組みをしていると、小天さんが呟いた。
彼女はこちらを見つめていて……その目は私の考えを見透かしているような、優しさをにじませていた。
「今日の分が終わったら、ちゃんと説明するけえ」
パンを完食して缶に口を付ける小天さんを見て、私は「そっか」とだけ返した。
なんとなく……なんとなくだけど、嘘は言っていない気がする。それなら、私は彼女の言葉を信じて待つだけだ。
「ご馳走さまでした。じゃあ始めよっか」
「うん、よろしく……ん?」
エナドリを飲み干した後、早速魔法陣の描かれた紙を取り出して私の手を取る小天さん。
私も慣れた気分で身を任せていたが……いつもと違う部分に目を取られた。
「小天さん、なんか右手赤くない?」
「え? ……ああ、どっかで打ったんかね。痛みはないけえ大丈夫よ」
私の指摘を笑って流すと、小天さんは魔術を発動させた。
◆◆◆
数分後。
左手を治すために魔術を行使した小天さんは例によって倒れる……ことはなく、今は海沿いの道の横にある段差に隣り合って座っているところだ。
ただ……倒れはしなかったが、予想外のことが起きていた。
「小天さん、大丈夫?」
「だいじょばな……いや! だいじょうぶ……うっ……」
青い顔で口元を抑える小天さんの背中を軽く擦る。
魔術を使った彼女はいつもと違い、顔色を悪くして体調を崩してしまったのだ。直前にお腹を満たしたせいなのか病み上がりから日が浅いからなのか、理由は分からないが……これでは話を聞くどころではない。
なのに、小天さんはそれでも話そうと必死に虚勢を張ろうとしている。どう見ても大丈夫ではない。
「無理はしなくていいから、一旦休もう? 話はちゃんと聞くからさ」
「わ、わかった……うぶ、ちょっとトイレ行ってくる。待っといて……」
「……一人で大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ、すぐ戻る……ぅぅ」
小天さんはなんとか立ち上がると、ふらふらとした足取りで歩いていった。
……本当に大丈夫かな。倒れたりとかしないといいけど……。
そんな心配をしつつも、とりあえず待ってみることにする。しばらく経って戻ってこなかったら後を追いかけることにしよう。
「……」
無言でただ、海を見つめる。それから手袋を少しだけずらして、左手の様子を確認した。
日差しがあるせいか、光が弱くなっているのかはほとんど分からない。だけど多分、ちゃんと治ってきている。そんな気がした。
(この光って、なんなんだろうな)
ふと、頭の中で呟いた。
よく考えてみれば、この左手の変化について私は何も知らない。ただ治したい一心でここまで来たけれど、この光が一体どういうものなのかを理解していないのだ。
瀬戸内海の塩が原因で、ただ光る。痛みも温度変化も感じられず、本当にただ光っているだけ。分かっているのはそれだけだ。
光自体に害があるかといえばそんなことはないのだろう。ハルに怪我を負わせたのは私の不注意だったし、他には……寝る時に鬱陶しいくらい? 多分それはちょっと違うな。
それに……害とかそういうことの前に、どうしてこんな変化が起きているんだろう。
オカルト的な要因も疑問だが、特に気になるのは光ることの理由だ。
仮に誰かが……例の塩を作った人だとか、海の神様だとかが意図的に光るように仕込んだものだとしても、その理由が読めない。
善意か悪意か。それとも別の狙いがあるのか……。
本当に今更ながら、謎が多い左手になってしまったものだ。
(……考えても、分からないな)
潮風に身体を吹かれながら、溜息を吐く。
小天さんの話を聞いてから、この辺のことも訊いてみようかな。イメージでしかないが、魔術師である彼女の方が答えに近い気がするし……案外既に分かっていたりして。
また内緒とか言われるかもしれないけど、そうなったら少しゴネてみよう。いつも押されてるわけだし、偶にはこっちから押さないとね。
この後の予定が決定したところで、横から足音がした。
小天さんが帰ってきたのかと思い、そちらに目を向けると──
「──ほかちゃん。こんにちは」
──にっこりと微笑んでいる、ハルが立っていた。




