看病と暗闇、あと光
紅常盤の古民家カフェは二階が居住スペースになっている……というのは、以前料理を作った時に小天さんから聞かされていた。
半分以上が物置と化しているらしく、基本的に足の踏み場があるのは寝泊まりする一部屋のみとのことである。
そして今回、小天さんに肩を貸した状態で階段を上がり、噂の部屋へと立ち入ることとなった。
「失礼しまーす……」
小天さんに案内されるままに進み、部屋の扉を開けて入る。中は……薄暗いが、物が散乱しているのはすぐに分かった。
……足の踏み場、ほとんどないんだけど。他の部屋はどうなってんだ。
とりあえず電気をつけよう……と思ったが、スイッチを押してもつかなかった。壊れてるんだろうか。
ともかく、辺りの物を踏まないように気を付けつつ進んで奥に敷かれたままの布団に向かい……小天さんを寝かせた。
「ふぅ……小天さん、薬とかって置いてます?」
「ん……」
運び終えて一息ついたところで訊ねると、布団の中から手が伸びた。指をさしている方向には……木製の勉強机が一つ。
見るからに卓上に物が溢れているが……あの中から探せと?
「……」
振り向いて布団の方を見ると、苦しそうにしている小天さんの顔が見えた。
ああもう、探しますよ。探させていただきますともコンチクショー。
それからはもう色々やった。
本やら手袋やら変色した試験管やらが山のように積み上がっている中をかき分けたと思ったら、薬関係は引き出しの中にあったり。そうして探し出せたと思えば小天さんは眠っていて、起こすのも忍びないからせめて換気を……と窓を開けようとすると、なぜか近くに鎮座していた私の身長と同じくらいのプラスチック製モアイ像を倒してしまったり。その後は部屋の片付けをしたり、一階と二階を行ったり来たり……うん、本当に色々と大変だった。
そんなこんなで気が付けば時間は過ぎ、日が傾く頃になっていた。
なんか、忙しくしてたらあっという間だったな。私が勝手にやったことだけど。
ところで、一息ついてから気が付いたことがある。
この部屋、冷静になってから見ると……なんだかすごく不気味に思えるのだ。
照明は壊れていて薄暗いし、物は多くて動きづらい。小天さん、こんなところで普段過ごしているのか?
埃っぽさの残る空気の中で疑問を抱いていると、布団の方からモゾモゾと音が聞こえてきた。
「帆風ぇ、いろいろありがとー……」
窓から入る赤い日差しに照らされながら、冷却シートを額に貼った小天さんがへらっと笑う。
顔つきが良くなってるな。……よかった。
「どういたしまして。お粥作ったけど、食べる?」
「食べるっ」
少し寝たことで少し調子が良くなったのか、小天さんはガバッと起き上がった。まったく、この人は……。
あまり無理しないように言い含めつつ、一旦部屋を出てからお盆を運んで戻ってきた。
メニューはあんかけ卵粥。この前の出汁巻きが好評だったから、卵を使ってみたけど……少し安直だったかな。
「お店の食材、勝手に使っちゃった。ごめんなさい」
「気にせんでええよぉ。わしの方こそ、迷惑かけてごめんねぇ……いやこれうっま。これ店のメニューに入れようや」
「カフェメニューにお粥はないでしょ」
お褒めの言葉を貰い、少しだけ笑ってしまった。ホント、すぐメニューに追加しようとするんだから。
いつもと変わらない調子に安心していると、小天さんはどんどん食べ進め……早々に完食してしまった。それどころかおかわりまでして、そちらもしっかり食べ切った。
血色も良くなってきているし、もう心配いらないかな?
「ご馳走さまでした! 帆風、ほんまにありがとう!」
「お粗末さまでした。それじゃ、私はそろそろ帰るけど……ちゃんと薬飲んで寝なよ?」
役目は果たした、ということで帰ろうと立ち上がろうとした……が、そうはいかなかった。
小天さんが私の左手を掴んでいて、動けない。他に何かあったかな、なんて思いながら彼女の顔を見ると、
「……寂しい」
眉根を下げた表情で、そう呟かれた。
◆◆◆
「それじゃ、電気消すよー」
部屋で布団の中に入っている小天さんに向け、廊下から声をかける。
あの後、小天さんの懇願に負けた私は今夜この部屋に泊まることになった。だって、あんな顔されたら……じゃない、風邪で弱ってる人を放って帰れないから。それ以上の理由はない。
ちなみに部屋の電気は単純に壊れているだけらしく、普段から部屋の扉を開けた状態で廊下の電気をつけているらしい。照明のスイッチを切り替えるには廊下に出てスイッチを押す必要がある。なんて面倒な……。
ともかく、電気を消して完全消灯。夕方から夜にかけて空が雲に覆われたせいで、ただでさえ薄暗かった部屋の中は完全な暗闇に包まれた。
「帆風……ほんまにありがとうね。それと……さっきはごめん」
周りの物に当たらないように注意しながら自分の寝床へ入ったところで、小天さんが呟いた。
「何の話?」
「左手のせいでなんかあったんかって訊いたやつ」
「ああ、その話か。別にいいよ」
左手が原因で起こったトラブル云々ね。
たしかに、あまり聞かれたくない部分ではある。
「……前にさ、この光のせいでハルに怪我させちゃったんだよね」
しかし、私は暗闇を見つめたまま、隣で寝ている小天さんに語り始めた。
昼間はあれだけ渋っていたのに、私の口は思いの外気分屋らしい。疲れのせいか、それとも暗闇で何も見えないお陰かは分からない。
そのまま、私の口は言葉を紡いでいく。
「夏に入る前くらいにね、受験とか左手のこととかで余裕がなくなってた私を見かねて、気分転換にって渓流釣りに連れ出してくれたの。そこで釣りをしてる時に左手が濡れて……手袋を取ったんだ」
あの時はまだ左手を封じたままの生活に慣れていなかった。だから強い光が手に宿っていることを一瞬忘れて、普通に手袋を取ってしまったのだ。
当然、輝く自分の手を見てすぐに手袋を嵌め直そうとした。だけど……
突然光が強くなり、私の視界を塞いだ。
そしてそれは私の隣にいたハルも同様で……。
「ハルは驚いて、岩場で足を踏み外した。その時に頭や身体をあちこち打ったり切ったりして……酷い怪我をしたの。出血がすごくて、本当に死んじゃうんじゃないかってくらいに」
幸い少し離れたところに他の人がいたから救助が間に合ったけれど、もし誰もいなかったらと思うと……今でもゾッとする。
「ハルはなんとか助かった。だけどあれ以来、私は近くで人が倒れたりすると記憶がフラッシュバックして、上手く動けなくなって……」
小天さんが倒れた時、酷く狼狽えてしまったのもそれが原因だ。
ハルの身体が水に晒されながら血を流す姿は未だに鮮明に頭に残っているし、思い出すだけで胸の奥が痛んで苦しくなる。
「帆風が左手を治したがっとったのは、そのことが理由?」
「いいや、それはちょっと違う。あれは私の不注意のせいであって、責任は私自身にあるのは分かってる。だけど、原因の一つはたしかにこの左手。だから……ハルのためにも、この手は治さないといけない。それだけだよ」
手袋を取り、左手を見つめた。
暗闇の中に浮かぶ光は日中よりも眩しく見える。まるで手元に恒星を持っているかのようだ。
……私はあの光景を忘れない。忘れちゃいけない。
『わたしは、大丈夫ですから』
血みどろのまま、そう言って私に微笑んでいたハル。
自分の痛みも苦しみも呑み込んで、私のことを気にかけていた彼女に何か返せるとするのなら……彼女が気にしているこの左手をどうにかすることだ。
勿論、それだけで贖罪が済むとは思っていないけど……それでも、やり遂げなければ。
そうして見つめていると、その星に陰りが加わった。
小天さんの手が、私の左手に添えられている。
「ごめんね。辛いこと訊いて」
光に照らされた小天さんの顔は泣きそうになっていて、話をした私よりも辛そうだった。
どうして貴女がそんな顔をするんだ。所詮、知り合って間もない女のくだらない失敗談でしかないというのに。
……なんて、話をした私が言うことじゃないよな。
私は小天さんの手を握り返した。
魔術以外でつないだその手はほんのりと暖かくて、柔らかくて……意識が沈んでいきそうになる。
そのまま眠気に身を任せていると、小天さんの顔が目に入った。
何か考え込んでいるかのような表情だ。
ああ、そういえば……駅での表情の意味、訊くタイミングが、なかった……な……。




