神社と電車、あと視線
「そうじゃ帆風。次どこ行くんか決めんとね」
諸々の話と食事を終えて、デザートがテーブルに並んだ頃。小天さんは思い出したようにそう言ってきた。
「何の話?」
「左手治すやつ。次の場所決めんと」
小天さんはプリンを食べながら、テーブルの上に置いていた私の左手を行儀悪くスプーンで指し示す。
ああ、その話だったか。
「場所決めって……小天さんが決めるんじゃないの? 私、魔術とか魔力集めとかよく分からないんだけど」
「そうなんじゃけど、どっか希望とかないか思うて。観光地とか行きたいところがあるんならその近くで魔力集めして、ついでに寄るとかもできるしさ」
「なるほど。でも、広島の観光地とかよく知らないしなぁ」
広島に来たの、つい最近だし……パッと思いつくのは有名どころくらいしかないな。
原爆ドームや平和記念公園の辺りは引っ越してきてからすぐに行ったし、広島城は閉まってるし、他には……。
「厳島神社とかどうです?」
「人が多すぎるけえダメ」
「大和ミュージアムは」
「あっこも最近人が多いんよね。こないだ改装したけえ」
「……広島東照宮」
「めっちゃ多い。やめよう」
まさかの全却下。意見聞く気ある?
「……あの、どういうとこならいいの?」
「それなりに人が来る時期があるけど、基本的にはほとんど人がおらんところ。うちの魔術って結構繊細じゃけえ、近くに人の気配が多すぎると魔力が変に分散することがあるんよ。あぁそれと今朝言うたように、山とか内陸側の方がええね」
「その条件だと観光地近辺ほぼ全滅じゃん……」
「あ、それもそうじゃね。失敬失敬」
そうじゃね、じゃないが。希望訊いたのアンタでしょうが。
「てか、それならその辺の公園とかでもいいんじゃないの? 人がいる時といない時の差は結構あるでしょ」
「それはそうなんじゃけど、ただ人波が激しいだけじゃダメなんよね。説明が難しいんじゃけどこう、魔力にも質とかあって……人よりも自然の方が多いところとかがええかも。多すぎてもダメじゃけど」
「難しくない!?」
思ったより条件が厳しい。そんなとこ分かるかい。
「あ、でも自然以外の魔力とかが混在しとるところもアリじゃね。人死んどる系のホラースポットとか」
「そういうところに行くのは不謹慎だし、危なそうだから却下で。他には?」
「うーん……あっ、山の方にある川とかいいかもしれん。キャンプ場とか併設しとるところもあるし」
「……却下で」
「なぜに」
「色々あんの。……ていうか今更なんだけど、瀬戸内海に近い方がいいって話なら山口とか岡山とか、四国の方に行くのも手じゃない?」
「遠いとお金と時間かかるじゃん」
なるほど、それはその通りだ。
そんな言い合いをして目的地を決められずにいると、ケーキを食べていたハルが小さく挙手をした。
「あのー……魔力がありそうなところなら、少し心当たりが……」
◆◆◆
「いやぁ、黄晴もええ所に目ぇ付けたもんよ」
地面に落ちている萎れた桜の花びらを拾いながら、魔女帽を被っている小天さんが呟いた。
ファミレスでの話から二日後の昼下がり。私たちは広島市内中心部から外れた場所にある、公園と小さな神社が隣接している場所に訪れていた。
今はその近辺で前回の海岸と同様、その辺に落ちている魔力の素材を集めているところだ。
「神社なら人がいる時といない時の差が割とあるもんね」
「色んなとこにあるけえ行きやすい。回収できる魔力の量も質も良い……なーんで気付かんかったんじゃろ。流石はオカルト好きの黄晴さん」
「へへ……お褒めにあずかり光栄です」
褒められたハルは照れくさそうに口元を緩めている。
その手の知識を蓄えているお陰か、効率的に魔力集めができそうなところは察しが付きやすいらしい。今後は行先にハルの意見を取り入れていくのもいいかもしれないな。
そんな話をしている間に収集作業は順調に進み、あっという間に十分な数の素材が集まった。それから公園の端へと身を寄せ、以前と同じように小天さんは集めた素材を積んでいった。
今回も目の前には既に枯れて変色した桜の花弁や木の枝、雑草に落ち葉……と、どこでも拾えるレベルのものばかりが並んでいる。
「海岸の時も思ったけど、魔力の素材って実は落ちてるものならなんでもよかったりしない……?」
「なんでもっちゅうわけじゃないよー。適当に持ってきとるように見えるかもしれんけど、これでも魔力の質とか内包量とか色々見て選んどるけえね。他にも自然からできた物とか人工物でもよぉけ時間が経っとるものとか、条件があるんよ」
あ、選定基準あるのね。これは失敬しました。
「そ、それより魔術を! 紅常盤家の魔術を見せてくださいっ!」
「おぉぅ慌てんさんなって。今準備しよるけえ」
ハルの方は解説よりも実演に興味があるらしく、輝いた瞳で息を荒くしている。まるでご飯を前にした大型犬である。
ファミレスでもそうだったけど、ハルがここまで興奮しているのは結構珍しいことだ。それだけ楽しいんだろうなぁ……。
そんな日本固有犬種傘百合さん(18)の熱意を一身に受けつつ、魔法陣の描かれたA4用紙を素材の上にセットして準備は完了。それからまた前回と同じように小天さんは私の左手を掴み、そして──
「それじゃ、始めるね」
──その言葉と同時に、素材と魔法陣が光り始めた。
◆◆◆
「小天さーん。大丈夫ですかー?」
「大丈夫じゃないかもぉ」
私の膝の上に頭を載せて横たわる小天さんに声を掛けると、ヘロヘロの言葉が返ってきた。
左手を治す魔術を使った後、小天さんはまたしても貧血と空腹でぶっ倒れた。すぐに片付けを済ませてベンチで休憩を取ることになり、今はゼリー飲料を飲ませている。
ちなみに膝枕なのは小天さんの希望によるもので……なんかハルがめっちゃガン見してきてる。そりゃ見るわなこんなん。
「あの、ハル? さっき説明したとおり、小天さんは……」
「分かってます。魔力不足ですよね………………」
よかった、理解してくれているようだ。でも視線をまったく外さないのは少し怖いから加減してほしいかな。
ていうかベンチで膝枕って意外とバランスとるの難しいな。油断すると小天さんの頭を落としてしまいそうだ。
「小天さん、なるべく早く退いてもらえると助かるんですが……」
「あ、そういえばこないだ帆風が店に来た時、なんで黄晴は一緒に来んかったん?」
小天さんは私のお願いをスルーして、横たわったまま全く別の話題を振ってきた。人の話聞けよ。
「ええっと……実はあの日、わたしも行く予定だったんですけど、急用が入りまして。別の日に行こうって言ったんですが、ほかちゃんが一人で行っちゃったんですよ……」
「その件はごめんなさい。早く治したくてさ」
ハルが不服そうな表情を浮かべたのを見て、素直に頭を下げる。
うん、まあ……その件は全面的に私が悪かったと思っている。
向かう先に紅常盤家が本当にいるかどうかも分からず、情報源も限りなく怪しい。そんな場所へ向かおうとする私をハルは心配してついてきてくれようとしていた。しかし私はその善意を振り切って、一人で先走って突貫した……というのが小天さんと初めて会った日のあらましである。
結果的に小天さんが良い人だからよかったものの、あの時の私はすごく迂闊だった。本当にハルには悪いことをしてしまったと思っている。
「気持ちは分かりますけど……わたしだって協力したいんですよ。……だって、わたしのせいでこんなことになったんですから」
「それは言いっこなしだって」
ハルが眉根を下げて私の左手を取る。それを見て、気にしないように優しく言葉を掛けた。
たしかにこの左手がおかしくなったのはハルに渡されたお土産が原因だ。でも、意図的にこうなるよう仕向けたわけじゃないし、私も責めるつもりはない。
それに責任を感じるというのなら、私の方こそ……。
「……」
「っ……小天さん、どうかしましたか?」
視線を落とすと、こちらをジッと見つめている小天さんと目が合ってしまった。
一瞬驚きつつ平静を装って訊ねると、彼女は「なんでもないよー」と笑顔を見せてからハルの方へ顔を向けた。
「左手がああなっとるんは高校ん時に黄晴が渡したお土産が原因じゃったっけ……んん?」
「どうかした?」
「いや、帆風が進学先変えて広島に来たんはこないだ聞いたけどさ。……もしかして黄晴も?」
「あ、はい。ほかちゃんの左手の責任を取ろうと思ってついてきました」
「覚悟決まりすぎじゃろ。どういう行動力しとんの」
当然のように首を縦に振るハルに対して、小天さんは少しだけ引いた表情になった。
まあ、そういう反応にもなるよね。私も進路変更について聞いた時は驚いたし。
「この子、変なところでトバしてくるタイプなんだよね……」
「それについてはアンタもじゃと思う」
え、そう? 私は結構普通だと思うけど。
「ちゅうことは、今は二人とも同じ大学なん?」
「いえ、それが受験当日と追試の日、両方で体調を崩してしまったので別の大学に行くことに……」
「そりゃあまた気の毒な……」
「受けてれば合格してたと思うんだけどねぇ」
「それはどうか分かりませんが、試験を受けることすらできなかったのは流石にショックでしたね……」
「嫌なこと思い出さしてごめんね!?」
受験の時を思い出して項垂れるハルに対し、小天さんは即座に起き上がって謝罪を口にした。
うん、まあ……あの時はずっと泣いてたもんね。見てるこっちが辛くなるくらいに。
ただ、別の大学だとしてもハルがこうして同じ県内……それも近くに住んでいるのは心強いし嬉しく思う。私が思っている以上に責任を感じているのはなんだか申し訳なくなるくらいだけれど……それでも、だ。
「ま、その話はこの辺で。小天さんも元気になったみたいだし、さっさと帰ろうか」
「えー、もうちょっと帆風の膝を堪能してからでも……」
「帰るぞ紅常盤」
「あ、はい」
微笑みながら小天さんの頭を撫でると大人しく立ち上がってくれた。どうしてでしょうね?
そんなこんなで今日の魔術儀式は終了。
電車に乗って市内中心部へと帰ることにして、移動中しばらくは小天さんとハルが魔術の話で盛り上がっていたのだが……。
「黄晴、寝てしもうたね」
「本物の魔術が見られるってはしゃいでたからね」
電車に乗ってすぐにハルは眠ってしまい、私の肩に寄りかかる形で寝息を立てている。
約束を取り付けてからほとんど眠れなかったとか言ってたからね。色々助けになってくれている恩返しというわけではないけれど、今しばらくは枕として活躍させてもらうとしよう。
……ただ、浮かれていた割に意外と大人しくしていたような気もする。小天さんと会ってから日が浅いし、まだ少し緊張してたのかな。それでも楽しそうだったけどさ。
そこからしばらく、私と小天さんは何も話さずにただぼうっと電車に揺られた。
通勤・通学ラッシュには少し早い時間のせいか、周りにほとんど乗客はいない。そのお陰で車内は特に静かに感じられて、電車の音とハルの寝息が少し大きいように思える。……私もちょっと眠くなってきたな。
睡魔を呼び寄せる揺れと音にひっそり抗っていると、小天さんが思い出したように口を開いた。
「左手の調子はどう?」
「え? ああ、ええっと……」
唐突な確認にハッとしつつ、手袋の中を覗いてみる。
そういえば、魔術を使ってもらってから確認してなかったな。ちゃんと光は弱くなっているのだろうか……あれ?
「光量は抑えられてます……けど、この前ほどじゃないような?」
たしかに光は弱くなっている。だけど、海岸の時のように著しい変化ではないように思える。
そんな疑問を口にすると、小天さんは「やっぱしか」と予測していたような口ぶりで腕組みをして、少し考え込むような素振りをした。
一瞬疑問に思ったが、ふと昨日の話を思い出した。
「そういえば、だんだん効果が薄くなるって言ってたよね。これってそういうこと?」
「それもあるけど、これはなんかちょっと……うーむ……」
「? 他に何か理由が?」
「……内緒?」
訊ねてみると、あざとく小首を傾げられた。なまじ容姿が良いせいで可愛いと一瞬思えてしまうのが腹立たしい。
しかしそういった魅力に簡単に惑わされる私ではない。冷ややかな目で見つめると、彼女は慌てたように腕を解いた。
「いや、ふざけとるわけじゃのぉてね。まだ確証がないっちゅうか、言いにくいっちゅうか……ごめん! そのうち話すけえ、ちいと時間ちょうだい!」
手を合わせて懇願するポーズを取られ、脱力する。
どうやら本当にふざけているわけではなさそうだ。結局のところどういう理由かは分からないが……何か事情があるのだろう。
私はとりあえず「分かった」とだけ返し、電車の揺れに身を任せた。
◆◆◆
それから電車は広島駅に到着して、改札前の通路の端。
小天さんは他に用事があるようで、本日はここでお開きということになった……のだが。
「全然魔術の話を……聞けなかった……っっ!!」
絶望そのものを描いたような表情の長身女性が一人。そう、オカルト大好き人間のハルである。
電車の中でがっつり寝落ちしてしまったのが相当悔しかったようで、悔し涙を滲ませて下唇を噛みしめている。
その心中はお察しするが、180cm越えの美人がそうしていると迫力が凄まじい。通行人からめちゃくちゃ見られてますよ。
「そんな悔しがらんでも……」
「ていうか、この前も今日も散々話したでしょ」
「あんなんじゃ足りませんよぉ……」
「また会った時にでも話しゃええじゃろ。ほら、市電来とるけえはよ行きんさい」
そう言われて路面電車乗り場を見ると、たしかに『広島港』と行き先の書かれた車両が止まっているのが見えた。
「うわホントだ。小天さん、今日もありがとう!」
「あ、ありがとうございました! それでは、また!」
揃って頭を下げてから、早足で乗り込み列に並びに向かう。
すぐに他の電車が来るとはいえ、早く乗るに越したことはない。あと少ししたら通勤ラッシュに巻き込まれるもんね。
小天さんに感謝を伝えるべく、路面電車に乗り込む寸前で振り返っ──
「……え?」
──振り返った瞬間、信じられないものが見えて……思わず息を溢し、足を止めてしまう。
ほんの一瞬だったけど、今のは……。
「ほかちゃん? 何かありましたか?」
「あ、いや……ごめん、なんでもない」
ハルの声にハッとして、そそくさと電車に乗り込む。
そう、なんでもない。きっと気のせいだ。
……こちらを見ていた小天さんの視線が凄く冷たいもののようにみえてしまった、なんて──。




