友人と晩餐、あと羞恥心
あれから試作品をいくつか作ったり、メニュー表の見直しをしたり、食材の買い出しに行ったり……と色んな作業を行った結果、気が付けば日が落ちそうな時間帯となっていた。
なんだか楽しくなって、つい時間を忘れて没頭してしまった。何かする度に隣で小天さんが表情をころころと変えていたからだろうか。
ともかく、そんなカフェでの業務を終えてから約10分後。
私と小天さんは広島市内中心部に位置するアーケード、本通りを並んで歩いていた。
「わしもついてきてよかったん?」
「向こうが乗り気ですから問題ありませんよ」
小天さんの確認に対して首を縦に振る。
ハルから来た夕食の誘いを了承した時、ついでに今何をしているのか訊かれたので『魔術師さんと一緒にいる』と返したところ、『都合が良ければ連れてきてくださいませんか?』という返信と土下座スタンプが連打されてきたのだ。というわけで、小天さんも連れて来た次第である。
まあ、それはともかくとして……。
「小天さん」
「なんでしょうか」
「近くないですか? 歩き辛いです」
そう、距離が近い。近いというか、密着している。
もう少し詳しく言うと、私の左腕に小天さんが抱き着いている状態なのだ。
本通りについてからずっとこの調子だし、ハルと会うのに緊張してるのか? いや、この人そういうタイプじゃない気がするけど……。
ちょっとした疑問を残しつつ、待ち合わせのファミレスへ到着。
テーブル席へ着席して、友人との顔合わせとなったわけだが……。
「はっ、はは、はじ、はじめまっ、して! か、傘百合黄晴と申しっ、ます!」
「ハル、緊張し過ぎ……小天さん、この子が私の友達のハルです。で、こちらが私の左手を治してくれてる魔術師の紅常盤小天さん……小天さん?」
二人の間を取り持つように紹介した……のだが、なぜか小天さんは口をあんぐりと開けてハルの顔を見上げていた。
一体どうしたんだろう。やっぱり緊張してるのかな。
心配になって顔を覗き込むと──
「でっっっか!!」
突然叫びながら、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
心配して損した……じゃなくて!
「ちょ、ちょっと小天さん」
「あ、ご、ごめん大声出してしもぉて。いやでも、ほんまに身長高い……え、何cmあんの!?」
「え、あ、ええっと……182cm、です」
「ええすっご……美人さんじゃし、モデルさんみたいじゃね!」
「そそそんな……ぃへへ」
唐突に褒め倒され、ハルは困惑しながらも嬉しそうに口元をだらしなく歪めた。
よ、よかった。小天さん、基本的に遠慮がないからいきなり変なこと言ったらどうしようかと……。
「謙遜せんでよー本心で言っとるんじゃけえ! おっぱいもでっかいし……あ、触ってもいいかね嘘です帆風さん怖ぁい」
「うちの子に変なことしないでくれますか紅常盤さん」
「あ、名字呼びやめて? なんかすっごい心に来る」
釘を刺すように一睨みして牽制する。おっさんみたいなのはその喋り方だけにしてくださいよマジで。
「な、仲がよろしいんですね」
「そりゃぁもう。わしら親友よ親友」
「勝手に親友判定しないでください」
「おぶふぅ」
肩を組もうとしてきた腕を払い除け、小天さんの顔を引っ掴んだ。肌がモチモチしていて触り心地が良い。
まだ会って一週間でしょうに、親友って……悪い気はしないけどさ。
それはそれとしてこっちの親友に妙なことをしたら許さん。たとえ助けてくれている身だとしてもね。
「はぁ……とりあえず何か頼みますか。はいメニュー」
「あ、ええと……じゃあ、これを。あとはお二人にお任せします」
「じゃあ適当にピザとか頼むね。小天さんはどうします?」
「わしはピザをちいと貰えりゃぁええよ。あとデカンタの小さいの。白!」
「はいはい……ん? デカンタってたしかお酒……小天さん飲めるんですか?」
「うん。小天さん今月で20歳。でも畏まったり遠慮せんでええけんね。呼び捨てでもええし」
「分かった。よろしく紅常盤」
「心に来るゥ……」
言われた通り敬語を取り払いって呼び捨てにすると、項垂れてしまった。どうした紅常盤。そっちが遠慮するなって言ったんだろ紅常盤。
とまあ、冗談はさておき……この人、私たちの一つ上なの? お店を一人で任せられていたりとか話し方とか魔術師だったりとか、諸々の要素のせいで容姿とは裏腹にもっと年上なのかと思ってた。
あ、でも行動は時々子どもっぽいな。なら年相応……いや精神的にはそれ以下か。
「今なんか失礼なこと考えんかった?」
「いえ別に。もっと年上か年下くらいかと思ってただけで」
「えっ……そんなに大人っぽくて若々しく見える? へへへ」
なんてポジティブシンキングだ。ちょっと羨ましくなるレベルである。
そんなやりとりをしていると、ハルがクスッと笑いを溢した。
「二人とも、本当に仲が良いんですね。……羨ましいなぁ」
にっこりと上品に笑っている……が、その表情に少しだけ違和感を覚えた。
なんだろう。可愛らしく微笑んではいるが、目があまり笑っていないような気がする。ていうか、視線の先が私たちというより小天さんにだけ集中しているような……あ、もしかして。
「ごめん、私ばっかり話して。小天さん、ハルとも話してあげて。魔術の話とか興味ありまくりなので」
「おっと、失礼。そういうことなら任せんちゃい!」
「えっ!? あ、いや、わたしそういうつもりじゃ……いえ、嬉しいですけど!」
気を利かせて小天さんの方に話を振ると、頼もしいサムズアップが返された。流石です。
……ん? ハルが今一瞬、ちょっと不服そうな目をこっちに向けたような……気のせいかな?
◆◆◆
「へー、じゃあ黄晴は私の家のことは前から知っとったんじゃね?」
「はい! オカルト好きの中で広島の紅常盤家といえば有名ですから! 正直、実在するのかどうか疑っていたところもあったんですが……」
「実在しとるよーはい握手ー」
「ひぇぇファンサが凄い……!」
「わしアイドル扱い?」
「……」
ハルと小天さんの会話を聞きつつ、パスタを口に含む。
あれから二人の会話は途切れることなく、注文した料理が届いてからも盛り上がりっぱなしで和気藹々と話したり手を握り合ったりしていた。ハルが緊張しているのはあまり変わっていないが……さっきよりかはマシになってるな。恐るべし現代魔術師のコミュ力。
(とりあえず、二人が仲良くなってくれてよかった)
二人の様子を見ながら、少しだけ安心した。
正直言うと、二人を引き合わせるのは少し心配だったのだ。ハルは人見知りだし、小天さんはちょっとズレてるところがあるし。けど、杞憂でよかったよかった。
……でも、そろそろ一度止めないとな。
「二人とも仲良くなるのはいいけど、料理冷めるよ?」
「あ、ごめんごめん。つい熱が入ってしもうて」
「すみません、頂きます」
声を掛けると素直に話を中断して、各々が食事を摂り始めた。
小天さんはマルゲリータピザ、ハルはボンゴレビアンコ。どちらも美味しそうだ。ただ……
(パキッ、ゴリッゴギッ……)
ただ一つ問題があるとすれば、美味しそうな料理にそぐわない猟奇的な咀嚼音が聞こえるくらいだろうか。
「……あの、黄晴? 貝殻ごと食っとるけど、大丈夫なん?」
「あ、はい。わたし、好き嫌いがないのが取り柄なので!」
小天さんの問いかけに笑顔で答えるハルはとても嬉しそうな表情をしている。
ちなみに私は高校時代から見慣れてしまっているので今更驚いたりはしない。むしろいつもの光景に安心感を覚えるくらいだ。
「健啖家なんじゃねえ」
「雑食とか悪食って表現の方が正しい気がするけどね」
「へへ……」
嬉しそうにしてるけど別に褒めてないからね。良い子は絶対に真似をしちゃいけませんよ。
「にしても、黄晴はほんまにオカルト系が好きなんじゃね。なんか理由とかあるん?」
「えっと、小さい頃から本を読むのが好きだったんですけど……家にあったファンタジー図鑑を読んだのがきっかけですね。そこに載ってた魔法のお話とかが面白くて、実際に存在するかどうか気になって噂なんかを調べるようになって……た、大した理由じゃなくてごめんなさい!」
「謝る必要ありゃせんって! 好きになる理由に大小関係ないじゃろー」
なぜか頭を下げるハルに対し、小天さんは笑顔を浮かべている。
こういう落ち着いた返答なんかを見ていると、年上の落ち着きを感じる気がするなぁ。口元がピザソースとかですっごい汚れてるのは子どもっぽいけど。
「……ほかちゃんと似てるなぁ」
「ん? なんか言うた?」
「いえ、なんでも……あ、そうだ。理由はまだありまして、占いとかするとほかちゃんが喜んでくれるっていうのがありました!」
「ぶふっ」
とんでもないことを口走ってきたので、思わず吹き出してしまった。
ちょっと待って何言い出してんのこの子?
「へえ。帆風、占い好きなん?」
「そうなんですよ! あんまり顔には出ないんですけど、良い占いが出たらちょっとだけ上機嫌になってたりして、それがまた可愛くて!」
「ハルさん? ちょっと黙ってもらっていいですか?」
「そう、ほかちゃんって凄く可愛くてですね……あ、もちろん顔もスタイルもいいのは当然なんですが、ふ油断した時に見せる笑顔とか特に良くて」
くっ、珍しくハルの喋りが止まらない。楽しそうで何より……だけど、私のことも考えてもらえないだろうか。色々と恥ずかしくて堪らない。
オカルト好きの理由を訊いていたはずなのに、いつの間にか私が辱めを受けているような気分だ。なんなんだよこの状況。
「オカルトもじゃけど、帆風のことがぶち好きなんじゃねぇ」
「はい!」
はいじゃないが。
ああもう、顔が熱い……。
「あ、帆風嬉しそー。えかったね!」
「……はいはい」
ぶっきらぼうに返事をしながら、視線を逸らして水を飲む。
ああもう、二人とも無邪気な笑顔しやがって。……悪い気はしないけどさぁ!
シレッと飲んでる小天。実は結構酒に強いです。




